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「北条泰時」を考える~”日本唯一の革命家”はさすがに大げさ?では実像は?

http://www.asahi.com/articles/ASJCJ5THCJCJUCVL013.htmlより。  ……日本には西洋のような「革命」はないとされてきた。しかし、織田信長でさえ正面から対決しなかった朝廷との戦争を制し、我が国固有の法を定めた男がいた。彼こそが「日本史上唯一、成功した革命家」とする論考が、注目を集めている。  発表したのは社会学者の大澤真幸(まさち)さん(58)。 続きを読む
歴史 山本七平 承久の乱 鎌倉時代 日本史 大澤真幸 中世史 皇室 権門体制論 革命 北条泰時
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リンク 朝日新聞デジタル 日本史上唯一の革命家とは… 大澤真幸さんの論考に注目:朝日新聞デジタル 日本には西洋のような「革命」はないとされてきた。しかし、織田信長でさえ正面から対決しなかった朝廷との戦争を制し、我が国固有の法を定めた男がいた。彼こそが「日本史上唯一、成功した革命家」とする論考が、…
香織ちゃん💦晋太郎頑張れ! @DDnagaoka
日本唯一の革命家 北条泰時とな、、、 おはようございます ift.tt/2f3FqiN pic.twitter.com/65oQgF3T0f
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http://www.asahi.com/articles/ASJCJ5THCJCJUCVL013.html

 :…日本には西洋のような「革命」はないとされてきた。しかし、織田信長でさえ正面から対決しなかった朝廷との戦争を制し、我が国固有の法を定めた男がいた。彼こそが「日本史上唯一、成功した革命家」とする論考が、注目を集めている。

 発表したのは社会学者の大澤真幸(まさち)さん(58)。

 大澤さんは「革命」の定義を、「社会の根本的な変革が、当の社会のメンバーによって意図的に引き起こされること」と規定。大化改新や明治維新、戦後の民主化は外部からの衝撃や外圧に対する反応であり、「内発的な変動とは見なしえない」として除外…

この定義↑が「俺ルール」なんじゃないか?という気はしますな…

gryphon(まとめ用RT多) @gryphonjapan
成功し過ぎて、かえって目立たないという英雄や革命家もいるのではないか、という北条泰時話。かつてゆうきまさみは「北条泰時を漫画化したい」といってたな / 「正当性」が正統性を超えた例…が北条泰時の「御成敗式目」だった - 見えない道場本舗 htn.to/rJ6txV
リンク はてなダイアリー 「正当性」が正統性を超えた例…が北条泰時の「御成敗式目」だった - 見えない道場本舗 ■【修斗】日本修斗協会問題が収束へ!全理事・役員を罷免、理事会は解散 http://gbring.com/sokuho/news/2..
お金の格言から学ぶ @money_wisdom_jp
内的規範がそのまま外的規範のようになるのが「あるべきようは」。「心の実法に実ある」振舞いが、自然的な秩序となって、戎法に一致すること。それも固定的ではなく「時に臨みて、あるべきように」あればよい。泰時にとっては「法」もこういったもの『日本人を動かす原理・日本的革命の哲学』山本七平
すんすけ @tyuusyo
象徴天皇制っぽい日本の伝統は相当多くて、院政とか治天の君とか大御所政治とか、「象徴としての社長」と「実権を握る会長」とに分離している体制は日本人大好きなんだよね。会長とか名誉会長とか相談役とか顧問とか会社に多いし>RT
原田 実 @gishigaku
会長や名誉会長が実質的な采配を振るう組織・企業のことはよく「院政」と呼ばれますな @tyuusyo
すんすけ @tyuusyo
徳川幕府や諸藩も、江戸中期ぐらいになると将軍や藩主が象徴天皇みたいになってしまい、実権は老中や家老、下手をすると下級武士上がりの側用人や勘定方が権力を持っていたりするからな。だから、江戸中期の大名で個性がある人は少なくなります。江戸初期の藩祖の頃とは全然違う。
gryphon(まとめ用RT多) @gryphonjapan
天皇が将軍に実権を握られ、将軍が執権に実権を以下(略)なんて、もはやギャグのたぐい。 でも逆に言うと「実権を握った実力者が、なぜ名目上の旧支配者を完全に打倒しないのか?」という謎でもある。 @gishigaku @tyuusyo
アール・ケイ @arukeiarukei
下剋上だと後で非難されますし、形式的に奉っているほうが便利なんですよね。「神輿を担ぐ」(実権は担いでる わしらが握ってる)というのは日本独特なのかな。 twitter.com/gryphonjapan/s…
Kan Kimura @kankimura
しかし、メディアもなぜ素人談義を有り難げに取り上げるのだろうか。 twitter.com/asahi/status/8…
Kan Kimura @kankimura
この大澤さんの議論、「「革命」の定義を、「社会の根本的な変革が、当の社会のメンバーによって意図的に引き起こされること」として、明治維新等を撥ねているけど、そんなこと言ったらロシア革命だって、フランス革命だって、諸外国からの影響はありまくりな訳で、近代史に革命はなくなってしまう。
Kan Kimura @kankimura
自分で、恣意的な定義を作って、何かがその定義に当てはまることをもって何かを言ったかのように言うのは、一番やってはいけない事の様な気がする。 twitter.com/kankimura/stat…
Kan Kimura @kankimura
大澤さんの議論。こういう「思いつきだけの議論」は80年代まではたくさんあったのだけど、人文学や社会科学の実証の度合いが大きく上がった現在では通用しない。一言で言えば、緊張感がなさ過ぎ。
田中俊英 @tanakatosihide
御成敗式目と北条泰時の関連は時々聞き、読んでみたいけれども、少し冷めた目で見ると、「マルクスとは別の革命像を提示」することに共感すること自体、左翼の劣化(サヨク)を感じてしまう。... fb.me/6nDyxoUM4
朝日新聞東京編集局コブク郎 @asahi_tokyo
日本でただ1人革命に成功したのは鎌倉幕府3代執権の北条泰時だと、社会学者の大澤真幸さんは言います。どういうことでしょうか。 asahi.com/articles/ASJCJ…
S.Iwata @realismo_1978
このおじさんの言うことはほっとくとして、このおじさんに北条泰時のことをレクチャーした奴がいたらいますぐ出てこい!【日本史上唯一の革命家とは… 大澤真幸さんの論考に注目:朝日新聞デジタル asahi.com/articles/ASJCJ…
斉諧生 @seikaisei
@realismo_1978 はじめまして。横から失礼します。大澤某の論考なるものは有料記事で読めないのですが、泰時を革命云々で持ち上げるのは、山本七平氏からの受け売りかパクリではないでしょうか? (もし、そうしたことは御承知でいらっしゃいましたら、失礼の段、お許しください。)
S.Iwata @realismo_1978
@seikaisei ご親切に早々のご教示をいただきましてありがとうございます。山本七平氏からの受け売りとの由でしたか。山本氏にしてもご専門ではありませんのでなんとも…。私も当該記事の後半部分は読んでおりませんが、読める範囲のみだけでも充分、ということで挙げた次第です。
S.Iwata @realismo_1978
@seikaisei 北条泰時についての基礎的な事実は、古典ともいえる上横手雅敬氏の『北条泰時』(人物叢書、吉川弘文館、1958年)に示されておりますが、主な事跡を脚色に満ちている『吾妻鏡』に依拠せざるをえないため、実像が掴みづらいという問題がございます。
お金の格言から学ぶ @money_wisdom_jp
内的規範がそのまま外的規範のようになるのが「あるべきようは」。「心の実法に実ある」振舞いが、自然的な秩序となって、戎法に一致すること。それも固定的ではなく「時に臨みて、あるべきように」あればよい。泰時にとっては「法」もこういったもの『日本人を動かす原理・日本的革命の哲学』山本七平
S.Iwata @realismo_1978
@seikaisei 正確な事跡の検証すら実は困難な人物でありますので、ましてや革命云々の評価などできるわけがない…というのが私の感想でございます。なお、当該記事には少し読める範囲にだけでも、泰時の事跡に関する誤った評価が挙げられていたのですが。
斉諧生 @seikaisei
@realismo_1978 なるほど、そういうご主旨だったのですね。>泰時の評価   山本七平氏の泰時評は、いま手元に著作がないのでうろ覚えですが、御成敗式目の内容を高く評価したものだったと思います。で、それをもとに確か「無血革命」とか何とか書いておられたように記憶しています。
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コメント

gryphon(まとめ用RT多) @gryphonjapan 2016年11月24日
各氏に多謝「誰でも編集可能」です
時計じかけのミカン @mkn_inv 2016年11月24日
まぁ朝日新聞好みの戯言だね。民衆による革命と身分間の下剋上とは全く違うと思うよ。
gryphon(まとめ用RT多) @gryphonjapan 2016年11月24日
山本夏彦 『帝王の堕落は一人の堕落にすぎない。貴族の腐敗は何千何百人の腐敗にすぎない。 上流が堕落すれば、末流から身をおこした志士仁人が上流を倒せばいい。 革命して旧弊を一掃すればいい。そして今度はその末流が上流に居すわって腐敗する番である。そしたら再び有志が倒せばいい。 こうして、この世は健康をとりもどした。』
文里 @wenly_m 2016年11月24日
きっかけが朝日新聞の何だかなぁっていう記事だけど、良いまとめ
水野修平 @mizunosyuhei 2016年11月24日
むしろ、最近の日本法制史では、御成敗式目は朝廷の律令法や公家法とぶつかりそうな部分はそちらにすり合わせて衝突するのを出来るだけ回避しようとしていたというのが通説だったと記憶しているのですが……。
はみばさん@しらす丼喰いたい @hummingbirdtako 2016年11月24日
もっともイケイケだったのが北条政子と公家出身の大江広元だった説
水野修平 @mizunosyuhei 2016年11月24日
mizunosyuhei だからこそ、室町時代に入ると公家の実務官僚兼学者の清原氏が御成敗式目を解説して武士に講義すると言う展開になっていく訳で……。
水野修平 @mizunosyuhei 2016年11月24日
ついでに言えば、承久の乱の後鳥羽院は倒幕までは考えていなかったとされているし、幕府側も承久の乱後の後堀河天皇擁立から一貫して朝廷との対立を回避する方針を取り続けている。後鳥羽院も北条泰時も「公武協調を重視する政治路線」に関しては全く否定していない(後鳥羽院の場合、武力によって幕府に親朝廷体制を打ちたてようとする最初から最後まで間違った方法論を採用したのがアレだった)のだが。
kartis56 @kartis56 2016年11月24日
北条泰時って武家だし、階級ではわりと上位の方だよね。革命の定義が乱れる…
愚者@ エアコミケ1日目南ソ42a @fool_0 2016年11月24日
北条泰時が改革者というならまだ分かるけど、革命という解釈は明らかに逸脱し過ぎやろ……
gryphon(まとめ用RT多) @gryphonjapan 2016年11月25日
収録するつもりでふぁぼ付けていた @tyuusyo @realismo_1978 さんらのツイートが抜けていた…今更ながら追加
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