「ミッシング・フラワー・リメインズ・オブ・オールド・フレグランス」中編――『ニンジャスレイヤー』二次創作小説

サイバーパンクニンジャ活劇『ニンジャスレイヤー』(@NJSLYR )の二次創作小説です。 前編(https://togetter.com/li/1066131) 中編(このまとめ) 後編(https://togetter.com/li/1067829 )
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ヤラカシタ・エンターテインメント @yarakashita_ent

「気にすんな。名前なんか好きにつけろ」「どうして」トウジは言葉を探したが、思いついた言葉はガスマスクの外に出なかった。「脱がないのか」「……うん」少女はシートから立ち上がり、トウジを振り返った。「私、カワイイ?」「カワイイな服なんだろ」トウジは言った。「うん」 24

2017-01-02 23:06:16
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少女はオーガニック黒テンのコートを脱ぎ、トウジはそれを受け取った。レーザーの交差するダンスフロアの闇に、青い闘魚の縫い目はほとんど見えなかった。「私、カワイイ?」もう一度問うた。「いちいち聞くなよ、そんなこと」トウジは言ってから、自分の声に含まれたいらだちに驚いた。 25

2017-01-02 23:08:15
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「トウジ=サンは、踊らないの」少女が言った。「俺はここにいる」「うん」少女は背を向け、ダンスフロアにひしめく影の中に消えた。……トウジはガスマスクを外し、ビールを口に含んだ。ビールは苦かった。 26

2017-01-02 23:10:27
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トウジはそれから一時間ほど、何人かの客と取り引きしてから、ブースを出て、吹き抜けを取り巻く上階桟敷席に向かった。サイバーゴスユニット「電気信号」のヴォーカル兼オコティスト、ヘイトディスチャージャーに、注文されていた音源と、自作の拡声器内臓小型ガスマスクを渡した。 27

2017-01-02 23:12:46
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このオコティストは「ツァレーヴィチ」と呼ばれていた。「ウゴノシュ」内での称号で、桟敷席の更に上層、クラブ天井から鎖で吊るされたプライベート室を占拠する、「月蝕」のボーカル「ダークロード」テクノワール=サンに次ぐ地位を表す。彼の地位が、トウジにクラブ内での商売を許可していた。 28

2017-01-02 23:14:41
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ツァレーヴィチの桟敷席を離れると、吹き抜けから「ウゴノシュ」のフロアが見下ろせた。トウジは青い闘魚を探した。そして見つけた。舞い飛ぶレーザーの中にポッカリと空いたスペースに、ぎごちなく体を揺らす青い光があった。彼はその輝きに見入った。その時だった。 29

2017-01-02 23:17:31
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少女の頭を縁取る青い光がぶっつりと断ち切るように消えた。テクノワール=サンの特徴的なオコトはミニマルなパターンを繰り返している。なのに、少女の光は消えたままだった。トウジは目を凝らし、影の中に少女を探そうとした。聞き覚えのある声が笑った。別の笑いがかぶさった。 30

2017-01-02 23:18:25
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よくあることだった。サイバーゴスのみならず、あらゆる人間の集団は、外に対しては一様に同じ顔をするのに、内側ではお互い足を踏み合い、手をつねり合い、陰口を叩き合う。その中に少女が取り込まれたということは、距離を置く彼と違い、少女もクラブの一員として認められたということだ。 31

2017-01-02 23:20:38
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そう、よくあることだった。だがトウジは階段を駆け下りた。予感があった。そしてそのとおり、ブースに戻った彼は、シートにオーガニック黒テンのコートを見つけられなかった。 32

2017-01-02 23:22:36
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「落とし物だよ」振り返ると、あの助教授が、片手で口元をぬぐいながら、もう片手で光の消えたコイフを差し出していた。「あのカワイソウな子に返してやってよ」彼の背後にひかえる取り巻きのサイバーゴスどもが、小狡いカネモチ下層民の顔で、トウジを、トウジに結びつく者を見下していた。 33

2017-01-02 23:24:25
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トウジは、この男を殴ろうかと思った。だが怒りを収めた。確証はなかったし、助教授の口元には、彼女が自分の怒りを怒った痕跡があったから。ひったくるようにしてコイフを受け取り、ブースに戻った。グラスに火をつけた。すぐにもみ消した。……そうして憮然としたまま、朝を迎えた。 34

2017-01-02 23:26:17
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明け方、来た時と違い、独りバスに揺られながら、トウジは窓外の空を眺めていた。ネオサイタマの朝の空は、死んだチャンネルの色だった。今夜は雪になるなとトウジは予想した。そして、もう彼女は来ないかもなとも思った。その思いは、昼過ぎから雪になったことで深まった。 36

2017-01-02 23:30:10
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だから、雪がやんだ翌日の昼ごろ、ぶらぶらと「コアキナイ」を出たのは、確信があったからではなかった。マーケットを散策するつもりの足が自然と東側搬入口へむかったのも、予感などではなかった。……ただ、少しだけ、寂しかったのだ。 37

2017-01-02 23:32:06
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トウジの気持ちがいずれにしても、結果は同じだった。昨夜の降雪が白く塗り込めた「冬の庭」を背景に、少女は独りで立っていた。乾燥した冬の午後の大気に、醜い赤毛はばさばさとほつれた縫い目を思わせた。 38

2017-01-02 23:34:33
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「トウジ=サン」少女の魚を思わせる白い顔に、怒りと屈辱が渦巻いていた。「踊りを練習したいの。場所を貸してくれない」トウジは面食らった。昨日はごめんなさい、とかなんとか、まず謝罪を口にするものと思っていたからだ。 39

2017-01-02 23:36:40
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だが、すぐにそれは勝手な思い違いだと思った。最初に出会った時から、彼女はこうだった。「いいぜ」トウジは言った。「入れよ、寒いだろ」 40

2017-01-02 23:38:13
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「ファックオフよ、あのスノッブ野郎」スキャナーの中からの罵声を背中に聞きながら、トウジはホロ装置をUNIXに接続した。「始めるぞ」プログラムを走らせ、かつて店内BGM再生に使われていた年代物のコンポをリモコン操作した。店内を重低音が満たした。「電気信号」のライブ音源だ。 42

2017-01-02 23:42:22
ヤラカシタ・エンターテインメント @yarakashita_ent

ヘイトディスチャージャーのオコトに合わせて、少女が体を揺すった。後頭部のLANケーブルが光とともに翻り、体を這うLED照明がスキャナー内に残像を残した。それをスキャナーはあまさず記録し、UNIXに流し込んだ。ガスマスクを外していたトウジは、焼けたプリント基板の匂いを嗅いだ。 43

2017-01-02 23:44:16
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一時間後、どうにかモデリングを終えた自主確認用のホロ映像を見て、少女は「全然ダメね」と言った。彼女の言葉は、トウジの予想に反して、彼の思いと同じだった。「なんでなんだろ、思ってるように動けない」「うまく合ってないんじゃないか」トウジは母の言葉を思い出しながら言った。 44

2017-01-02 23:46:14
ヤラカシタ・エンターテインメント @yarakashita_ent

「どういうこと」「オフクロが言ってたんだ。昔マイコスクールで、センセイから教わったって。『思うことと動くことは別』とか」「どうすればいいの?」「『思いを動きが追いかければ、乗りこなせるようになる』って」 45

2017-01-02 23:48:17
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「……そうだ」少女は、そこだけコガル風の名残を残すナイロンバッグを開け、中から擬験端末を取り出した。「これって、こいつで再生できる?」ホロ装置を指差す。トウジは端末をUNIXに繋いだ。端末が認識され、「JUNK−000」のファイルをエンコード再生した。 46

2017-01-02 23:51:01
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二人の前に、陽炎の中で踊るクローム人形が現れた。膝立ち姿勢から立ち上がる背のうねり、肩から指先までのクランクめく動き、シンメトリーとアシンメトリーを行き来する左右の膝の曲げ具合、交差する肘と組み合わされる指先、蹴りだされる足、腰のひねり、振られる頭、鎖のドレッドヘア。 47

2017-01-02 23:52:21
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ホロ映像のクローム人形はサイバー・ゴス・インダストリアル・ダンスを踊っていた。背景の曖昧さに比べて、驚くほど鮮明なクローム人形の踊りは、イメージの主がそちらに集中していたことを示していた。トウジは、クローム人形の顔いっぱいに見開かれた単眼に見覚えがあった。三白眼だったのだ。 48

2017-01-02 23:54:11