「…俺、気づいたんです。貴方に彼女を託さずとも、貴方に彼女を守ってもらわずとも良い…方法を」 ゆっくりと、金獅子の防具に身を包んだイースは言葉を紡ぐ。光も闇もない白き無の世界で、互いの纏う相棒達が煌めく。25
2017-01-28 00:37:50ベルゼへと向けられた彼の瞳は、澱んだ湖のように暗く濁りを浮かべていた。生前に灯っていた光は、そこには無い。それが意識が眠っているからという簡単な理由でない事は、命を分かつベルゼ自身が一番よく理解していた。だからこそ、速くなる鼓動はうるさく彼の胸を叩いて止まない。26
2017-01-28 00:38:20場の空気すら、チリッと彼の肌を刺す。 「回りくどいのは避けたいので、単刀直入に言います」 迷いの無い声は、鋭い矢のようにベルゼを射る。言葉ひとつひとつに宿る想いは、しかし底知れぬ闇をも抱えているようで。微かに身構えたベルゼの手前、イースの唇が次の言葉を言い放つ。27
2017-01-28 00:38:35「……ハイドと、共に生きます。彼女を殺して、永遠に」 言いながら微笑むイースは、やはり不気味な程穏やかだった。紡ぎ出される言葉を、まるで美しいものだと言わんばかりの。彼の表情は、その言葉の真意を見失わせる。彼の抱く、歪曲した感情の核心を隠すように。28
2017-01-28 00:39:03「……なるほど、な」 しばしの沈黙。無の世界と化した地で、その静寂を破ったのは。 「…ある程度、予想はついていた」 ベルゼの低い声が、静かに響く。言い知れぬ負の感情が沸々と浮かび上がる感覚は、イースと共に生きる彼であるからこそ感じ取れるもので。29
2017-01-28 00:39:25心の奥、己とは違う感情が暴走を起こしかけている事に、薄々気付いていた。 「……阻止する、と言ったら」 どうする?そう問い掛ける。ハイド自身、己の愛した者との永遠は、死を超える程に求めるものだろう事はわかっていた。しかし、彼女は今――中途半端に強くなってしまった。30
2017-01-28 00:39:49その感情を、生と死の狭間に放り投げるわけには。愛と死を再び天秤にかける過去の絶望を繰り返させるわけには、いかない。その果てにあるのは、逃げ場のない絶望だけ。彼女は、もう二度と―――戻れなくなる。そんな未来を、歩ませるわけにはいかない。31
2017-01-28 00:40:09そしてそれは、彼女を想う優しき男の残した、最初で最後の心からの願いなのだから。 「……お前がそれを破ろうとしてどうする。血迷ったか、イース」 答えを待つ間も無く、更にベルゼの声が飛ぶ。少し強くなる語調は、イースの心にどう届いているのだろうか。32
2017-01-28 00:40:28光を失った瞳は、焦点を失う事なく真紅を見据える。鋭く尖る視線と共に、僅かな殺気を乗せて。 「……そう言われると思っていました。…でも、俺が間違っていたんです」 イースの手が、ゆっくりとその背へと動いた。金色に煌めく鉄槌を、軽々とその片腕で振るう。33
2017-01-28 00:40:41彼のその行動が意味する事は、言葉が無くとも理解できた。身を刺し貫くような殺気も、灯を失ってなお鋭い眼光も。この意識世界とも呼べる場所で、彼は己と魂を分かつ存在へと牙を剥く。イースの心にある願いは、今はもう。34
2017-01-28 00:41:01"此処は、貴方と俺の意識空間。此処で貴方が死ぬと、現実世界の貴方諸共お互いが消滅してしまう。俺が貴方を呼んだのは、《貴方》を借りるため。たとえ阻止されようと、俺は貴方を殺しはしない。 だから、その意識を、少しだけ俺にください。俺がハイドを殺す、その数刻だけ―――"。36
2017-01-28 00:41:35愛する者を、その手で亡き者にする為に。そうまでして愛を貫こうとする気持ちが、痛い程に悲しいと、寂しいと叫んでいる事に、イースは気付かない。その意識の奥深くで。孤独に怯え、寂しさに凍える彼の感情。最後に遺した心の声を思い出す事すらも、もう。37
2017-01-28 00:42:10「……ふざけやがって」 ベルゼが鋭く言い放つ。白い世界の中で、彼の瞳がゆらりと揺らめいた。その怒りとも呼べる感情は、無の中でその色を一層強く灯す。まるで燃ゆる炎のように煌めく二つの目に、凍てついた蒼を反射させて。38
2017-01-28 00:42:28「…気付かせてやる。…お前の本当の願いを…その記憶を、思い出させてやるよ…イースッ!」 心の叫びは慟哭にも似た怒号となり、彼の声を荒げさせた。名を呼ぶベルゼの烈しくもどこか切なさを帯びた声が、静寂の地に轟く。39
2017-01-28 00:42:48己と同じように相棒を手に取る様を見つめながら、イースの瞳は、唇は、柔らかく笑った。澱んだように濁った蒼い瞳は、虚ろさの中に確かな殺気を宿してベルセを射抜く。 「…わかっています。もとよりそう簡単にいくとは思っていませんから」。40
2017-01-28 00:44:14金属の擦れる音が、何度も白き世界の中に響き渡る。武器と武器のぶつかりあう衝撃は、幾度となく互いの手を痺れさせる。彼らの相棒は、ただ主の想いに応えるように。心の叫びを、願いを乗せて、戦場の中を舞い踊る。42
2017-01-28 00:44:43イースの攻撃の軌跡には、迷いがなかった。己の中で暴走する願いが、歪曲した望みが、彼を突き動かす根源なのだと改めて感じさせる。自分自身すら見失うほど洗練された殺気は、変わる事なくベルゼの肌を刺し続ける。43
2017-01-28 00:45:03一種の、覚悟とも呼べる彼の意思。感情は、彼女の死を以てその願いを成就させようと、理性を押し潰し暴れ狂う。頬のほんの数センチ先を横切る鉄槌を一瞥するベルゼの紅い瞳が、小さく揺れた。風を切る音が耳をくすぐる。 「……わかった」。44
2017-01-28 00:45:55一言、強く言い放ったベルゼの手は、盾斧を背へと戻す。更に一歩踏み出そうと方向転換したイースの脚が、止まった。 「……何の、つもりですか」 この状況下で武器を置く彼の考えが、読み取れない。魂を分かち合えど、その美しく煌く紅蓮の瞳は、その意思すらも隠す。45
2017-01-28 00:46:26イースは動かない―――否、動けないまま、次の言葉を待つ。手に持った鉄槌が、やけに重く感じられた。 「……この体、好きに使えばいい」 怒りに燃ゆる瞳は、落ち着いた色を取り戻していた。ベルゼの言葉の真意が未だ読み取れないイースは、目を細める。46
2017-01-28 00:46:44殺気も、戦意も、今は伝わってこない。己を見据えるもう一人の自分は、ただ静かに、その視線で彼を射抜く。イースの抱いていた願いは、希望と絶望の狭間で揺れる不安定なもの。故に感情を飲み込んだ深く暗い闇は、足掻く間も無く彼の心の脆く弱い部分に無慈悲につけ込んだ。47
2017-01-28 00:47:10それが今の彼だというのなら、優しき心を取り戻すためには―――きっと。 「……お前がどこまで足掻けるのか、見ていてやる」 ベルゼはゆっくりと、イースの前に片手を差し出す。光を失ったままの蒼い瞳が、動揺したように激しくゆらめいた。48
2017-01-28 00:47:37正解などありはしない。希望も、絶望も。己の中で辿り着いた答えによって、ある時は光を与え、またある時は闇へと誘う。そう。彼の、ハイドを愛する気持ちが悲しき選択肢を与えてしまったのなら。記憶が、魂が、彼女を狂おしいほど求めるなら。49
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