見知らぬ恩返し「あの時助けていただいた蛇です、禽(とり)です、象です」

でも僕…誰ひとり助けた記憶がない…
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帽子男 @alkali_acid

「はい…」 「我等もなりふりかまっていられぬのだ」 「もういいですか?」 「うむ…貧相な小僧と思えばずいぶん胆力があるな。英雄の資質がある」 「そういうんじゃないです…」

2017-06-10 10:59:14
帽子男 @alkali_acid

裘を抱えて先を急ぐ少年。そこに美しい若者が立ちふさがる。 「やあ君。ちょっといいかな」 「いえ」 「たのむよ。少しだけだ。君の家に象の姫がいるだろう」 「はい」 「謝りたいんだ」

2017-06-10 11:00:53
帽子男 @alkali_acid

「どうぞ」 「それがさ。僕はもう死んでいて」 「そうでしたね」 「聖仙のあやつり人形になっている」 「はい」 「彼女に謝ろうと思っても、近づくと勝手に足が回れ右をして逃げだしてしまうんだ」 「なるほど」 「もしかして急いでる?」 「かなり」

2017-06-10 11:02:32
帽子男 @alkali_acid

サンディプが速足になるのに合わせて、若者もついてくる。 「僕のかわりに、心から済まなく思っていると伝えてくれないか」 「いやそれは」 「たのむよ。愛しているんだ。あの人を」 「かんがえておきます」 「ありがとう!そうだ、君を目的地まで送ろう」

2017-06-10 11:04:34
帽子男 @alkali_acid

若者は麒麟に姿を変えてサンディプを背中に乗せ、風のように駆ける。 「そもそもは、僕に自信がなかったのがいけないんだ。とある聖仙にどうやったら許嫁を喜ばせられるかを聞いてね。尻を讃える詩を作ればいいといって、色々指南までしてくれrた。あの人の尻は本当におおきくて美しいんだけど」

2017-06-10 11:06:07
帽子男 @alkali_acid

「ふみつぶされてもしかたないですね」 「そうかい?そうだよなあ…僕は今じゃ聖仙の言うことはなんでも聞かなくちゃいけない召し使いだ…ひどい話だよ」 「でもしかたないと思います」 「そうかなあ」

2017-06-10 11:07:52
帽子男 @alkali_acid

「さあここまでだ。あまり動き回ると、山にこもっている聖仙にしられてしまうからね。象の姫へのことづてをたのむ」 「はい」

2017-06-10 11:08:41
帽子男 @alkali_acid

猿の国では、少年を迎え入れて狂喜乱舞 王のもとへ連れていく。黄金の毛並みをした大きな体を木の玉座に預けているが、ところどころくすんだ色に変わっている。 「おお、救い主よ」 「そのよびかたはちょっと…」 「裘をこれへ」 サンディプが裘を押し当てると、猿の王はみるみる輝きを取り戻す

2017-06-10 11:10:28
帽子男 @alkali_acid

両手をたたき、とびあがり、枝や蔦につかまって、歌い吠える。 「おお、呪いの病が解けたぞ。聖仙めのたくらみが破れた。褒美をやろう。何がいい」 「いそいで帰ってもいいですか?」 「どうして?」 「このままだと蛇の毒で二日いないに死んでしまうので」

2017-06-10 11:12:00
帽子男 @alkali_acid

猿の王は胸を叩いて吠える。 「なんとひどいことだ。病におかされていたわしだから、そなたの怯えはよく分かる。よし、蟠桃を持っていけ。ひとつ食べれば命と若さを伸ばし、二つ食べれば死すらはねのける、三つ食べれば偉大な神通にめざめる」

2017-06-10 11:13:23
帽子男 @alkali_acid

「へー、ほんとは裘とか、いらなかった?」 「いや、確かに少しずつかじって、わしは永らえていた。だがこれは病や毒そのものを消す力はない。とはいえ、そなたが死ぬのを遅らせる。あるいは死んでも生き返る」 「ありがとう」

2017-06-10 11:16:27
帽子男 @alkali_acid

蟠桃を三つもってかえる途中、道に麒麟が倒れているのに気づく。 「やあ」 「こんにちわ」 「どうも、派手に動きすぎたみたい。それとも聖仙は忙しくて、召使にした僕を忘れてしまったのか。もう死ぬよ。というより、もとの屍に戻るというのかな」 「ぺしゃんこの」 「ぺしゃんこのね」

2017-06-10 11:17:52
帽子男 @alkali_acid

サンディプは考えてから、蟠桃を差し出す 「どうぞ」 「桃はあんまり好きじゃない」 「がんばってたべて」 「あんまり好きじゃない」 「がんばって」

2017-06-10 11:18:23
帽子男 @alkali_acid

麒麟が食べたがらないので、少年がかみ砕いて、その汁を口移しで流し込む。 「ひどいな君は。僕は桃はなんていうか、ちょっとこう香りが…あれ!?死にそうだったのが元気になってる」 「うん」 「そうか猿の宝の命の蟠桃だ。君はすごいものを持ってるんだね。でもあんまりおいしくなかった」

2017-06-10 11:20:06
帽子男 @alkali_acid

「じゃあもう帰るんで」 「まったまった家まで送ろう。すごく調子がいい」 麒麟がサンディプを乗せてまた風のように駆けると、目の前に黒い柱が立ちふさがる。 「約束は忘れておらぬな」 「羅刹だ。羅刹と友達なのかい?」 麒麟が聞く。サンディプはあいまいに首を振る。

2017-06-10 11:21:40
帽子男 @alkali_acid

「たのむぞ。そら偽の首飾りだ」 「すごいな。羅刹の命をすべて隠しているという伝説の瓔珞によく似てる」 「人間の細工師が本物をまねて作らせたのだ」 「よくできてる」

2017-06-10 11:23:15
帽子男 @alkali_acid

サンディプはだるくなってきたが、とりあえずだまって羅刹と麒麟のおしゃべりに耳を傾けた。 しばらくしてようやく、家に帰りつく。

2017-06-10 11:24:00
帽子男 @alkali_acid

「蛇の姫、蛇の姫」 「おお小僧もどったか。はやかったなあと半日ある」 「裘をお返しします」 「約束は忘れるな」 「救い主様の話ですね」

2017-06-10 11:24:56
帽子男 @alkali_acid

「救い主様はあとある聖仙で、今はとある霊山にこもりきりです」 「おお話ははやい」 「でも、その周囲は羅刹が囲んでいて、うかつに近づけません」 「なあに奴等とはつきあいがある…だめなら戦って抜けるまで」 「もっと簡単な方法があります」

2017-06-10 11:26:47
帽子男 @alkali_acid

「羅刹の宝の首飾りを禽の姫が持っています。それを偽物とすり替えて、本物を返してやれば、きっと羅刹は感謝して通してくれるはずです」 「ほほう。知恵の回る小僧よ」 「どうですか」 「いいだろう」

2017-06-10 11:28:03
帽子男 @alkali_acid

蛇の姫は裘をまとってもとの姿、長虫になるとするすると、首飾りを咥えてあばらやの軒下に入り込み、しばらくしてまた戻って来た。 行ったときと何も変わらないようだが、牙のあいだにはさんだ瓔珞は確かに輝きを増しているよう。 「これでよい。禽の姫の裏をかくのはいかにも痛快」 「ありがとう」

2017-06-10 11:30:05
帽子男 @alkali_acid

サンディプは瓔珞を持っていこうとする。 「まて。その首飾りは使い方によっては羅刹を自在に操れるぞ」 「たいへんだからいいです」 「そうか。たいへんだからの」

2017-06-10 11:30:52
帽子男 @alkali_acid

黒い柱に首飾りをわたすと、喜びのうなりが響き渡る。 「よくぞやった。毒消しを渡そう」 「どうも」 丸薬をもらい、いそいで飲むサンディプ。 「蛇の姫が聖仙のもとへ行きたいそうですが」 「待っておれ。それよりやつを霊山から追い出す方がてっとり早い」

2017-06-10 11:32:26
帽子男 @alkali_acid

サンディプはうなずいて蛇姫のもとへ戻る。 「羅刹が聖仙を山から出してくれるそうです。待っていればいいと」 「さようか。気がきくこと」 「じゃあもう帰ってもらえますか?」 「いやここでまつぞ。小僧。そなたはとても便利で役に立つことが分かった」 「えっ」

2017-06-10 11:33:42
帽子男 @alkali_acid

サンディプは首を傾げながら象の姫のところへ行く。 「あの」 「はい」 「あなたの元許嫁の麒麟さんが、あやまりたいと言ってました」 「直接言えないのですか?」 「合わせる顔がないみたいです」 「でしょうね」 「とても反省していました」 「気にしていません。私には救い主がいますから」

2017-06-10 11:35:58