「フラグメンツ・オブ・エピック：ディープ・オーダー」「コールドレインの章：アブソリュード・ゼロ」前編

Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「フラグメンツ・オブ・エピック：ディープ・オーダー」

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「コールドレインの章：アブソリュード・ゼロ」前編

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「ア…エエエエエエエエエエエエエーッ！！？」 1

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鹿屋基地、ブリーフィングルーム。技術顧問艦娘の夕張は顔を蒼褪めて慄いていた。その手には呪符めいたメモ用紙。視線の先には、赤くかぶれた額を痛そうに触る鹿屋基地中将・葛葵冷士の姿。「ちょっと、それ剥がさないでよ…」既に中年をも眼前としたその男は、悪童めいて不平を溢す。 2

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「いや、あの…？」葛葵の愚痴を、夕張の混乱したニューロンは聞き取ることは無かった。どうしてこうなってしまったのか。夕張は珍しく葛葵から直接ブリーフィングに招集され、作戦会議が始まる前に、いつものように彼を人体実験に誘おうとした。 3

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軽やかな足取りで葛葵にすり寄ったその時、ワックスか何かで足を滑らせ、夕張の手が葛葵の呪符を引き剥がしてしまったのだ。夕張は知っている。葛葵はキョンシーである。海技研本部時代に本人からそう聞いた。キョンシーとは大陸に伝わる死体を基にしたオバケであり、ズンビーの一種であると聞く。 4

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そして何よりも恐るべき特徴は、キョンシーは基本的に人間に対する捕食本能を持っており、その食欲を抑えるために額に呪符を貼り付け、邪悪な魔術師に使役されるのだという。夕張は襲い掛かる悲劇を予感し、情けなく悲鳴を上げた。「アイエエエエエエ！食べないでくださぁい！？」 5

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「いや食わねぇよ！？」凄惨なまでの夕張の悲鳴に対し、葛葵は呆れながら返した。司令…遂に浮気をしないという唯一の取り柄を…」「誤解だゴリラ！」葛葵は暴言を吐き出した霧島を―――ちなみに、霧島の上官は葛葵である―――睨み付け、何事も無かったかのように額を撫でている。 6

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何故葛葵はキョンシーの本能を発揮しない？夕張の中で、大きな前提が崩れ去ろうとしていた。夕張は震える声をどうにか抑え、葛葵に問うた。「あ、あの……中将……？」「何？どうしたの？そんな青い顔して」「ちゅ、中将って、本当に、キョンシーなんですよね…？人間じゃないですよね…？」「えっ」7

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葛葵は呆けた声を溢した。夕張のニューロンはガタガタと音を立てて崩れ落ちかける。そして、葛葵はカイシャクに等しい一言をコトダマとした。「もしかしてあの嘘まだ信じてたのキミ！？」「アバーッ！」夕張は真実を前にしてニューロンがオーバーフロー！卒倒！崩れ落ちる！ナミアミダブツ！ 8

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「えっ、ちょ、おま、お前！？」「司令…何してるんですか…」動揺し、慌しく夕張を助け起こそうとする葛葵の背後で霧島は呆れたように溜息を吐く。「乙女の純情を踏み躙るとは、それでも艦娘を指揮する提督ですか」「いやいやいやいや！私悪くないから！」 9

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「あんな大昔に冗談で言ったこと信じてるとか思わないじゃん！」「それだけ司令は人間離れしている…あるいは人でなしという事では？」「グワーッ！」部下からのコトダマ・カラテの痛烈な一撃を受け、葛葵は胸を押さえて呻いた。 10

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ブリーフィングルームに突如として誕生した傷つき身もだえする二匹の芋虫を見下ろし、霧島は更に深く溜息を吐いた。そしてツカツカと芋虫と化した同僚と上官の元へと歩み寄り、事も無げに二人の首根を掴んで引っ張り上げた。「ほら、まだブリーフィングの最中ですよ。起きてください」 11

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「グワーッ…言葉の刃グワーッ…」「うう、嘘だ…キョンシー…バイオ工学の未来…」霧島は最早溜息を吐かなかった。彼女の手は恐るべき速さで動き、瞬時のうちに首根から手を離し、2人の頭頂部を鷲掴みにした。何たる非凡な艦娘反射神経と艦娘筋力か！ 12

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「イヤーッ！」「「グワーッ！」」マンリキめいた激痛を頭蓋に与えられ、葛葵と夕張は悲鳴を上げる！「もう一度言います。起きてください」霧島は淡々とそう告げた。ジゴクを思わせる痛みの中で、葛葵と夕張は遮二無二に首を縦に振った。それを目視し、霧島は手を離した。 13

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2人の哀れなカラテ犠牲者は片膝をつき、涙目になりながらどうにか立ち上がった。「うう…ものすごく痛い…」「霧島…お前今ので私が禿げたらどう責任を取るつもりだ…」「司令はその程度で禿げないでしょう……むしろ割れてしまえばよかったのでは？」「酷い！」 14

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葛葵の恨み節を、霧島はけんもほろろに切り捨てる。そしてパンパンと手を叩いた。葛葵は頭を大事そうに擦りながら、ブリーフィングテーブルに無造作に置かれた資料の束を手に取り、読み上げる。「ええっと…先日、南西海域で予てからこちらの製油地帯に攻撃を仕掛けていた特異な深海棲艦を捕捉」 15

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「南西海域艦隊がこれに当たり、撃沈寸前まで行くも…別の特異な深海棲艦の強襲を受け、“艤装をすべて凍結破壊され”、撤退を余儀なくされた…らしい」「凍結？」「砲撃みたいに液状の弾を撃ち込まれてカチコチになったらしい…聞いたことあるな」葛葵は左こめかみを指で叩いて思案した。 16

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やがて、彼は思い出した。「確かリカ＝サンから報告があった奴かな…？組織名を名乗った特異な深海棲艦がそんな攻撃をしてきたって話を聞いたな…」「ディープ・オーダーのコールドレイン…でしたか？」霧島は記憶の中から情報を引き出し、葛葵に言った。「礼号作戦で集積地棲姫を連れ去った」 17

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「ああ、ソイツだソイツ…どんな組織なのかは知らないけど、テロリストの保護もやってるとは嫌になるねぇ…」葛葵は嫌悪感を隠さず、悪態を吐いた。霧島は特段表情を動かさない。だが、内心では葛葵とほぼ似たような感慨であった。やがて、葛葵は渋い表情を作った。「で、問題はだ」 18

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「現在リカ＝サン率いる咆哮艦隊は次の大規模作戦に備えて、海外基地への弾丸輸送作戦中だ。ネームドだっけ？リカ＝サンの言葉を借りるなら」「そうですね。自ら個体名を名乗り、恐るべき格闘戦能力と魔術…専門的に言うならばジツに長けた特異な深海棲艦…」 19

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「南西の奴らにそこまでのイレギュラー対処能力は無い。こっちのイレギュラー対処部隊は殆どいない…そこで」葛葵は霧島を指差した。白羽の矢を立てたかのように。「残存メンバーでカラテ能力が一番高い私の出番、と言う訳ですか」「そうなるね」葛葵は所在なさげにしていた夕張に視線を移す。20

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「夕張君」「えっ、あっ、ハイ！なんでしょうか？」「霧島のAGP艤装ってもう完成してるんだよね？」「ハイ、してますよ。もう実戦投入も何回かやってもらってます」「あれって対凍結コーティングってできる？」「出来なくはないですけど…」夕張は顎に手をあてて考え込む。 21

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「艤装を凍結破砕するほどの極低温ですよね…ちょっと時間をください。海技研の装甲部門から部材を取り寄せます」「何日かかる？」「向こうの在庫次第ですけど……無いなら無いで別の手段を取ります。半日あれば結果を出せるかと」「了解、すぐ動いて」「了解しました、中将！」 22

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夕張は慌しくブリーフィングルームから退室した。霧島はその姿を見送り、葛葵へと視線を戻す。「海技研次第だけど、物が届き次第出撃してもらう。そっちも準備を進めておいて」「はい、司令」「何者かよく知らないが…」 23