亜里沙のことが大好きな雪穂 短編(8)「一年」
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「げんき、げんきー」 向かいから、亜里沙が頭を撫でてくれる。いつもならこれがとても心地よく感じるはずなのに、今ばかりはそんな余裕もないのか、もやもやしたものはなにも晴れてくれなかった。 通い慣れた絢瀬家の居間の空気が、ちょっと重い。
2017-06-17 19:14:32大会が終わってから三日。これまでに何度か、どうして負けたのか、どうやったら勝てるのか、そんな話を繰り返してきた。でも、私たちのストーリーはもう出し尽くしているし、真姫さんが言っていたとおり、無理に追加してもきっとうまくいかない。結局、答えは単純なところに行き着く。
2017-06-17 19:14:40もっとレベルを上げる。圧倒的なパフォーマンスで文句を言わせないほどの差をつける。やれるかはわからないけど、やってみようよと亜里沙は言った。きっと私たちならもっと遠くまで行けるから――と。 そして、まだ開き直りきれていない私が、取り残されている。
2017-06-17 19:14:52「どうぞ、二人とも。温かいお茶よ」 「わ、すみません、ありがとうございます」 亜里沙に撫でてもらうままぼーっとしていたら、絵里さんがお茶を入れてくれた。亜里沙が離れたのを見て、カップを手にとって口に近づける。いちごの甘い香りがした。 「おいしい」 「よかった。気に入ってもらえて」
2017-06-17 19:15:12「絵里さん」 去っていこうとする絵里さんの背中に声をかけた。ん、と振り向いた絵里さんに、少し言葉に迷ってから、尋ねた。 「私に一番足りないものは、なんだと思いますか?」 絵里さんは眉をひそめて、手を口に当てて、十秒ほど考えてから答えた。 「亜里沙、ちょっと雪穂ちゃん借りるわよ」
2017-06-17 19:15:27絵里さんの部屋に案内された。久しぶりに入ったけど、相変わらず亜里沙の部屋よりずっとすっきりしてて、なんだか性格が出ている。 「お邪魔します……」 「うん。まあ、亜里沙がいないほうが本音話しやすいでしょ。私もあんまり亜里沙に聞かせたくないし……そんな話になりそうだったから」
2017-06-18 19:32:10絵里さんは少し固い表情で、そんなことを言った。 言葉の意図がつかめなくて困っていると、まあとりあえず座ってと誘われたので、絵里さんの椅子に座る。絵里さんはベッドに腰掛けて、私に正対した。 「ねえ雪穂ちゃん、負けたのは自分のせいだとか思ってる?」
2017-06-18 19:32:18直球で、来た。私は、息を呑んだ。 はっきり言って――何度となく私たちが負けた理由、これから勝つためにどうしたらいいのかと考えていると、どうしても、その考えに行き着いてしまう。決して亜里沙に言ったことはないけど。確かにこれは、亜里沙には聞かせられない話だ。
2017-06-18 19:32:32「さっき雪穂ちゃん言ったでしょ。二人ともいるあの状況で、『私』に足りないものはなにかって。無意識かもしれないけど」 「……あー」 失言だった。私の迷いを、その一言からあっさりと見抜かれてしまった。 「……はい。私は、亜里沙に比べて、いろいろと足りていないと、思っています」
2017-06-18 19:32:44「亜里沙は可愛くて、こう、守ってあげたくなるような、保護したくなるようなオーラがあって、キラキラ輝いてて……本当にアイドルって感じなんです。プロのスカウトも何回も受けてるし、亜里沙の力は間違いなく本物です。世界一可愛い亜里沙に問題なんてあるはずがなくて――でも、私は」
2017-06-22 20:31:22「……私も、いっぱい練習して、いっぱい可愛くなる方法も教えてもらって、少しはアイドルらしくなれたかなって思うけど、でも、どこまでいっても地味で、普通で。どう考えても問題があるとしたら私のほうで」 絵里さんと二人になって、溜めていた言葉がすらすらと出てきた。
2017-06-22 20:31:30「もし……もしかして、って思ってしまうんです。亜里沙のパートナーが、私じゃなくて――」 「ストップ。その先は言わないで」 絵里さんは言うと、両手を私の頬の側に伸ばしてくる。叩かれるのかと思ってびくっとしていると、その手で頭と頬をそっと撫でられた。 くすぐったくて、温かい。
2017-06-22 20:32:12「……雪穂ちゃんも、思い詰めていたのね。その気持ちを抱えたまま過ごすのは、辛かったでしょう」 「あ……ま、まあ、まだあれから三日ですけど」 「でも長かったでしょ。早めに聞けてよかった」 絵里さんはあくまで落ち着いた優しい声で言うと、私を引き寄せ、頭を抱え込むように抱きしめた。
2017-06-22 20:32:20優しくて、柔らかくて、温かい。 絵里さんの穏やかな声が、上から降ってくる。 「伝えたい言葉はたくさんあるけど、最初に一番大切なことを言っておくわ。私は、あなたたちの歌が一番好きだったし、一番綺麗で輝いてたと思ってる。本当よ。贔屓目なし――かどうか、保証はできないけど」
2017-06-24 21:52:24「ありがとう……ございます」 それはとてもうれしい言葉で。それでも――私は、素直に受け取ることができなかった。 「でも、やっぱり、彼女たちのほうがいいって人が多かったってことですよね」 「結果はまあ、そう出たわね。今回はね」 「だから、やっぱり私に足りないものが――」
2017-06-24 21:52:59「ねえ雪穂ちゃん、厳しい言い方になるけど、それは思い上がりよ」 「……え?」 「あなたたちは一年で見事なくらい仕上げてきた。ねえ、あなたたちが一番だと思ったのは本当。負けたのは、流れみたいなものよ。急な逆風に押し戻されてしまっただけ。でも――」
2017-06-24 21:54:02「逆風を押し戻せるほど圧倒的な差があれば、それでも勝てた。その猶予はまだあるの。それは――決して、今の二人のスタイルを変えなくても。だって、ねえ、あとでしっかり見返してほしいの、全参加者のパフォーマンスを。あなたたちほど楽しそうに歌っている子は、いないわよ」
2017-06-24 21:54:15あくまでも優しい声で。なだめるように言ってくれた。 「それこそμ'sの想いをあなたたちが一番受け取ってくれている証よ。亜里沙が輝いてる? 私もそう思うわよ。ちょっと悔しさを込めてね。だって、亜里沙をあんなに きらきらさせることができるのは、雪穂ちゃんだけなんだから」
2017-06-24 21:54:34絵里さんの長い言葉を、何度も頭の中でリフレインさせる。どの言葉も、心からそう思って言ってくれていると確信を持てた。 「私たちは……このまま、まだ、やれますか?」 「当然よ」 「私で……亜里沙の隣にいるのは、私で、いいですか……?」 声が震えてしまう。もっと自信持って言いたいのに。
2017-06-25 19:58:43絵里さんは、ただ、抱きしめながら頭を撫でてくれた。 「雪穂ちゃんじゃなきゃ、ダメよ。亜里沙も、私も」 「……っ」 ダメだ。もう、堪えきれなかった。 目頭がツンと熱くなって、堰を切ったように涙が溢れ出す。私は、絵里さんの胸を借りて、身を預けて、止まらない涙を受け止めてもらった。
2017-06-25 19:59:07「……ごめんなさい。服、汚しちゃいました」 何分かたって落ち着いたところで、我に返る。 「雪穂ちゃんのなら汚くなんてないわよ。なーんてね、ふふ」 「言い方っ」 「……じー……」 「亜里沙ー!? わ、こ、これはあのあのっ」 いつの間にか部屋の入口から、亜里沙が私たちを覗いていた。
2017-06-25 19:59:16半目で睨みつけているのを見て、慌てて絵里さんから離れる。 「私を待たせて浮気……信じてたのに、雪穂……しかもお姉ちゃん……」 「わー! 待たせてごめんだけど誤解だよー! 慰めてもらってただけで」 「NTR……」 「どこで覚えたのそれ!?」 絵里さんはくすくすと楽しそうに笑うだけ。
2017-06-25 19:59:28「ちょうどよかったわ。亜里沙、今回の大会で一番可愛かった子、誰だと思う?」 「雪穂に決まってるよっ」 「即答どうも。……ほら、ね、雪穂ちゃん。なにか不足があるかしら?」 「……はは」 少し苦笑気味の笑いが浮かんでくる。敵わないなあ。 「ありがとうございます、絵里さん」
2017-06-25 19:59:45「雪穂、悩み解決した?」 「……うん。もう大丈夫だよ」 「そっか。うん、とってもすっきりした顔してるから。よかった! お姉ちゃんとは、どんなお話してたの? 聞かないほうがいい?」 「私が本当にすべきことについて、だよ」 また居間に戻って、二人で話し合いを続ける。空気はもう、軽い。
2017-06-30 20:29:58「雪穂が本当にすべきことって?」 「うん。これからも、今まで以上に――」 亜里沙の手を両手で握って。顔を近づけて、頬ずりをする。柔らかくて、気持ちいい。ん、と亜里沙がくすぐったそうな声を上げた。 「亜里沙を愛することだよ」
2017-06-30 20:30:07