亜里沙のことが大好きな雪穂 短編(8)「一年」

■あらすじ  全国大会終了後、この先の自分たちのあり方について悩む雪穂は、絵里との話し合いを受けて、決意に至る。 ■主な登場人物 雪穂、亜里沙、絵里
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亜里沙のことが大好きな雪穂 @yukiho_0_arisa

「こんにちはー」 「あ! いらっしゃい、雪穂ちゃん、亜里沙ちゃん。ファンレターいっぱい届いてるよ! 今までで一番多いかも」 部室に入ると、笑顔で花陽さんが迎えてくれた。テーブルの上には手紙がぎっしり詰まった箱。確かに、とても多い。 これが、全部、私たちへの応援なのだと思うと――

2017-09-10 18:38:18
亜里沙のことが大好きな雪穂 @yukiho_0_arisa

「本当にありがたいです、けど、こんなに応援してもらったのに優勝できなくて、申し訳ない、ですね」 偽らざる本心。確かに嬉しいけど、手紙を開くのは少し恐い。怯えた気持ちで手紙を眺めていると、「違うよ」と花陽さんは真剣な声で言った。 「優勝しなくても、これだけ応援してもらえてるんだよ」

2017-09-10 18:39:31
亜里沙のことが大好きな雪穂 @yukiho_0_arisa

その言葉に、顔を上げて花陽さんの顔を見つめる。隣の亜里沙も、そうだよ、と言った。 「だって、大会のあとに送られてきたお手紙なんだから、そういうことだよね! もしかしたらお叱りかもしれないけど……でも、お手紙書いてくれるくらい気にしてくれてるんだから、やっぱりそれも応援だよ!」

2017-09-10 18:39:44
亜里沙のことが大好きな雪穂 @yukiho_0_arisa

……ふう。と息を吐いて、ぱち、と自分の頬を軽く叩く。 ああ。そうだ。私も亜里沙と同じくらい、ちゃんと前向きにならないと。私たちは、見捨てられていない。それだけでも、ちゃんと感謝して力に変えなきゃ。いつからそんな贅沢を言える立場になった自分! まだこれから亜里沙と一緒にやれるんだ。

2017-09-10 18:41:33
亜里沙のことが大好きな雪穂 @yukiho_0_arisa

「それと、この前の大会の公式動画が上がってるんだけど、コメント欄見てみた?」 「いえ……やっぱり、μ'sの力を借りてるのに負けたーとかけっこう叩かれてるんじゃないかなーと思って、そんなの見たら凹んじゃうので見てません」 「確かに最初のほうのコメントは、そんな厳しいのがあるね」

2017-09-14 19:53:02
亜里沙のことが大好きな雪穂 @yukiho_0_arisa

やっぱりか。わかっててもなかなかつらい。 花陽さんは、それでも笑顔で続けた。 「でもね、面白いことに、だんだん空気が変わっていってるんだよ。あれ、見てみるとすごくいいよね、楽しい、むしろ一番好き、なんで優勝できなかったの? ――って。最近のコメントほどそんな感じだよ」

2017-09-14 19:53:08
亜里沙のことが大好きな雪穂 @yukiho_0_arisa

亜里沙と顔を見合わせて、同時に首を傾げる。 「きっとね、動画で好きなように再生できると、あの日の――ちょっと異様な空気は伝わらないからだと思うの。地方が東京のチャンピオンに挑む構図、二人に吹いていた明らかな逆風……あの場でみんなが飲まれてた雰囲気は、動画にはないから」

2017-09-14 19:53:30
亜里沙のことが大好きな雪穂 @yukiho_0_arisa

つまりね。花陽さんの声が一段弾む。 「だから、負けてなんかいないよ! 二人はまだまだ伸びるから、自信もってやっていけばいいよ! ……大会で勝てなかったのは、結果的には私たちが――μ'sが作った雰囲気が邪魔しちゃったって感じもあるんだけど……ごめんなさい」

2017-09-14 19:53:43
亜里沙のことが大好きな雪穂 @yukiho_0_arisa

「い、いえ、そんな」 「μ'sがいなければ私たちもいません!」 とっさに亜里沙が叫んだ。そのとおりだ。 ただ――私は、今の花陽さんの言葉に、なにか――なにか、こう、重要な啓示を受けた、そんな気がしていた。とても大きなヒントがきっとそこにあって――

2017-09-14 19:53:58
亜里沙のことが大好きな雪穂 @yukiho_0_arisa

その日は、2年生の先輩たちと一緒に、3年生に贈る歌についての打ち合わせをして、基礎練習だけして終わった。そういえば、先輩たちと一緒に歌うのも踊るのも、とても久しぶりになる。ずっと二人で走り続けてきたんだな、とあらためて思い出す。ちょっとわくわくしてきた。

2017-09-17 20:45:41
亜里沙のことが大好きな雪穂 @yukiho_0_arisa

平日は残り少ない1年生生活の放課後を練習に費やし、そして、土曜日。絵里さんが、うちにやってきた。 「すみません、わざわざ来てもらって」 「いいのよ。ウチじゃ、亜里沙に内緒にするのは難しいし。雪穂ちゃんと一緒にゆっくりお話できる機会だしね」 ぱちっとウィンクひとつの絵里さん。

2017-09-17 20:45:53
亜里沙のことが大好きな雪穂 @yukiho_0_arisa

上がってもらうと、途中でお姉ちゃんにばったり。 「あれ! 絵里ちゃん!? なんで雪穂といっしょに?」 「久しぶりね、穂乃果。ちょっと雪穂ちゃんと――秘密のレッスンを、ね。亜里沙には絶対に内緒よ?」 「言い方!! 絶対わざとですよねそれ!?」 このひとはほんとこういうの好きだな!

2017-09-17 20:46:49
亜里沙のことが大好きな雪穂 @yukiho_0_arisa

「えー、じゃあ雪穂の用事が終わったら私と遊ぼうよー? だめ?」 「いいわよ。穂乃果ともお話したいからね」 お姉ちゃんの反応がいたって平然としたものだったから、まあ、冗談だってすぐにわかってくれたんだろう。たぶん。 「じゃ、またあとでね」 そして、私の部屋に。

2017-09-17 20:47:06
亜里沙のことが大好きな雪穂 @yukiho_0_arisa

「ロシア語って、めちゃくちゃ難しいですね……?」 「まあ……そうね。日本語だって真面目に研究するととっても難しいほうらしいけど。亜里沙はスクールアイドルと直感で日本語を覚えたみたいだから、雪穂ちゃんもそんな感じで――亜里沙に教えてもらうのが一番早いと思うわよ」 「かもしれません」

2017-09-21 20:34:11
亜里沙のことが大好きな雪穂 @yukiho_0_arisa

とは言うものの、今回ばかりは亜里沙の力を頼らずにやりたい。亜里沙の両親に、私が亜里沙にどれほど助けられているか、どれほど大事に思っているか――亜里沙には内緒で伝えたい。まあ、内緒なのは、主に恥ずかしいからなんだけど。 それにしてもロシア語は難しい。単語だけ調べても歯が立たない。

2017-09-21 20:34:20
亜里沙のことが大好きな雪穂 @yukiho_0_arisa

「……こうでしょうか?」 「これだと『亜里沙を』じゃなくて『亜里沙は』になっちゃうわ。この場合はこうね」 「名前なのに文字が変わっちゃうんですね……『ありさ』が『ありし』になっちゃうような感じ……?」 「難しいわよね」 ほんとに難しい。手伝ってもらわないととても無理だ。

2017-09-21 20:34:36
亜里沙のことが大好きな雪穂 @yukiho_0_arisa

というわけで、短い文章を完成させるのにもずいぶんと手間取ってしまった。 「それにしても直球なラブレターねこれ。外国語だから逆に書きやすいのかもしれないけど」 「かなり恥ずかしいですかこれ」 「かなり恥ずかしいわ」 「じゃあそれでOKです」 「雪穂ちゃん、強くなったわね……」

2017-09-21 20:34:51
亜里沙のことが大好きな雪穂 @yukiho_0_arisa

「スクールアイドルのほうはどう? もう悩みや迷いは全部吹っ切れた?」 手紙を書き終えて一息ついたところで、絵里さんが微笑みながら尋ねてきた。 「おかげで、やる気は十分です。いよいよお姉ちゃんたちが卒業するので、もっと大変になってきますけど――」

2017-09-24 19:31:45
亜里沙のことが大好きな雪穂 @yukiho_0_arisa

「そう。よかったわ。モチベーションがなければどうやっても続かないからね」 「亜里沙は、絵里さんになにか相談してたりしますか?」 「亜里沙は私よりずっと雪穂ちゃんのほうを信頼してるから。『雪穂についていけば大丈夫だから!』ってね、いつもそれだけよ。愛されてるわね」 「……幸せです」

2017-09-24 19:32:09
亜里沙のことが大好きな雪穂 @yukiho_0_arisa

「そろそろ1年になるんですね。私たちはμ'sを目指して、でもμ'sの力を借りてずっと走ってきて――思えば、私たちには出来すぎなほどの結果もついてきました。この前の絵里さんの言葉をもらって、いい意味で頭が冷えました。今なら思えます――負けたから、まだ成長できる」

2017-09-24 19:32:19
亜里沙のことが大好きな雪穂 @yukiho_0_arisa

私の言葉を、絵里さんは静かに頷きながら聞いてくれた。 「μ'sは私たちの永遠の憧れであり続けると思います。でも、まだうまく言葉にできないんですけど……私たちは、μ'sじゃないし、μ'sにはなれない。って、まさに1年前同じことを言ったのを、繰り返してるだけなんですけど……」

2017-09-24 19:32:27
亜里沙のことが大好きな雪穂 @yukiho_0_arisa

まだ、もやもやとした概念。スクールアイドルとしての私たちのありかたと、μ'sの関係について。いよいよ、大きな決断をするときが迫っている――そんな予感がある。あのとき勝っていたら、きっとこんなことを考えることもなかったんだろう。そんな気がしている。

2017-09-24 19:32:35
亜里沙のことが大好きな雪穂 @yukiho_0_arisa

「まあ、私にとっては、もちろんμ'sが最高で、きっとそれ以上の存在なんてもう出会えないかもしれないけど」 絵里さんは言って、私の手を軽く握った。少しひんやりした手だった。 「雪穂ちゃんはもちろん、『私たちこそ一番だ』って思えばいいのよ。実際にそうなる可能性も十分持ってるんだから」

2017-09-26 19:30:05
亜里沙のことが大好きな雪穂 @yukiho_0_arisa

「……そうですね、少なくとも亜里沙は世界一です」 「雪穂ちゃんこそ世界一だって、亜里沙は言うわよ」 絵里さんに手をとられているからか、さすがに少し恥ずかしくなる。本当にもう――愛しくてたまらない。いまの幸せさは、間違いなく私が世界一だ。世界中に教えたい。あなたを愛してる!

2017-09-26 19:32:26
亜里沙のことが大好きな雪穂 @yukiho_0_arisa

「うん。元気そうでよかったわ。穂乃果たちを送る歌も晴れやかに歌えそうね。春休みに入ったら、亜里沙も穂乃果もいなくなるって話だけど――寂しくてもこれなら乗り切れるかしら?」 ああ。そんなことまで心配してくれてたんだ。絵里さん、優しいなあ。最初の頃は怖そうな人だと思ってたのに。

2017-09-26 19:33:31