#ダークエルフ王国見聞録 その20

へどばん👊🏽皇牙組 @Ero_Thrasher

仕方なく、また薬師の言うことも道理であるので、私は旅外套と官衣を脱ぎ、奴婢の装束に着替えてその上から再び旅外套を纏う。この旅外套は、セラとの婚約の祝いに氏族長から頂いた、特別な加護のあるものであるが、見た目は普通の革外套であるので違和感はないであろう #ダークエルフ王国見聞録

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粗末な衣装に着替えて、冗談のつもりで、ご主人様がた、準備が整いましたと頭を下げる 「な、な、なにかこそばゆいので、そういった戯言は止めるのだ！」 「お安くないのぅ、おぬしら」 何故かあたふたとするセラと少し呆れた表情のコルヴァスである #ダークエルフ王国見聞録

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奴婢に扮した私は驢馬を降りて、それを曳きながら徒歩で進み、両側に崖が迫る道や、崖を下る滝を潜る隧道などを越え、広い盆地を見渡す低山の稜線へと至ると、その盆地に城と町が見え、それが砒霜公の居城と大市が開かれる町であると言う #ダークエルフ王国見聞録

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町を囲う堡塁に至ると、衛兵が町に入る者を止めて荷検めをしており、商人や品を多く持ち込む者から税を徴収している。我々も衛兵に止められて荷を見せるように言われた 「なんだ、短耳の奴婢とは珍しいな。一応言っておくが、奴婢の売り買いはご法度だぞ」 #ダークエルフ王国見聞録

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衛兵の一人が槍の柄尻で私を小突きながら、コルヴァスの方を向いて言葉をかける。恐るべき殺気を放ちつつあるセラをどうどうと抑えながら、 「いやいや、これがなかなか役に立つ奴婢でして、それに私はただのしがない薬師ですよ」 と答えていた #ダークエルフ王国見聞録

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大門から町に入ると、既に多くの人でごった返しており、様々な楽器の音が響き、また様々な香りが漂っていた。取りあえずは荷物を置ける宿を探そうということになったが、これほどの人出であると、旅籠の類は満室であるように思われた #ダークエルフ王国見聞録

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幾つかの宿に当たったがやはり満室であるようで、祭礼が開かれる時に臨時に宿泊客を受け入れる周辺の民家なども埋まっているのではないかと旅籠の番頭もコルヴァスに助言していた。仕方ないので、我々は天幕を貸す商人を探して三張を得て、郊外に野営することにした #ダークエルフ王国見聞録

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コルヴァスは、馬を木につなぎ、天幕を張って、石を並べてかまどを作りと、てきぱきと作業を進める。普段の気だるげな所作に反する様に思えたが、彼女が言うには、薬師には部屋に籠って調合をするだけではなく、山野を歩き回り新たな薬種や知見を得るのが大切だという #ダークエルフ王国見聞録

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「神代に生きた薬師の祖である大賢者は、山野を分け進み何百何千の草や茸、樹皮を口にし、その薬効と毒性を身を以て調べたという。今でも我ら薬師はそれに倣って、高き山や深き森を探索するのだ。野営など苦にもならぬわ」 #ダークエルフ王国見聞録

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コルヴァスの物言いに感心したが、彼女は野営の準備を整えるとかまどの前の椅子に根が生えてしまったようで、夜に備えて茶を飲んだら寝るので祭礼や大市にはセラと私だけで行くとよいと言う。なので、私達は荷物を置いて街中へと出向くこととした #ダークエルフ王国見聞録

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街中に入り、人混みの中を進みながら大聖堂のある広間へと向かう。通りには多くの露店や屋台が出ていて、生薬や鉱物といった薬種を扱う者、天秤や薬銚などの道具を扱う者、或いは大祭と市に出向いた者相手に食物を売る者など、様々な物品が売り買いされていた #ダークエルフ王国見聞録

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広間には聖堂から出された“医薬と毒薬を司る女神”の巨像が立っており、その周囲には様々な色彩と香りの煙を立ち上らせる香炉が並べられ、生贄にされた羊が置かれた祭壇には参拝するもの達が乾燥させた薫衣草と鳥兜を合わせた紫色の花束を積み重ねていく #ダークエルフ王国見聞録

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ダークエルフ達の言葉には“多き薬は毒なり、少なき毒は薬なり”というものがあり、天地いずれの物質も薬と毒の両側面を持つと考えられている。このため、この女神は医薬と毒薬という相反するものを同時に司るのであり、信徒も薬草と毒草の花束を捧げるのである #ダークエルフ王国見聞録

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三丈程はあろうかという大きな女神像は、ダークエルフ達の祀るその他の女神像と同じく異形のもので、二対の腕それぞれに天秤や宝玉、鼎、香炉を持っており、武具の類は伴っていない。額からは黄金色の角が伸び、目を瞑って思索するような表情をしていた #ダークエルフ王国見聞録

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神祇官として祭礼の様子を記録すると共に、この聖堂の司祭長にも会うべきかと思ったが、今は奴婢を装っているのでそれは避けた。私は、焚かれている様々な香や楽士によって鳴らされる横笛や鉦鼓について記録し、また乾燥した花束を捧げた信徒達が口にする聖句を書きとめた #ダークエルフ王国見聞録

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既に昼過ぎになっていたので、退屈そうに私の作業を待っていたセラと共に市の屋台で昼食を買い求めることにした。この大祭と市の名物であるという、味付けした羊の臓物と刻んだ葉野菜、茸の餡を厚い皮で包んで焼いたものには、不気味な紫色のソースがかけられていた #ダークエルフ王国見聞録

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この紫色の液体は、赤甘藍の汁を酢と卵の白いソースに混ぜたもので見た目は奇妙であったが味は良かった。また、セラの購入した雉肉の炙り焼きはその表面に辛味と少しの苦味をする香辛料がたっぷり塗してあり、一口齧ると肉の脂に溶けた辛味が口中に一気に広がった #ダークエルフ王国見聞録

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しかしながら、この香辛料は大いに食欲を刺激するものであり、私もセラも汗をかきながらこれを完食した。このように薬のような奇妙な見た目の料理や、香辛料を多く用いた料理を出すのが、医薬と毒薬の女神を言祝ぐこの大祭の特色であるらしかった #ダークエルフ王国見聞録

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「うーむ、母には肌を艶やかにする軟膏を、妹には肺腑によい薬を持ち帰りたいな。里の皆への土産には何が喜ばれるだろうか」 食事を済ませてセラはそのように思案する。私には義母は未だ若々しく、妹は元気に見えるが、彼女らなりの悩みはあるのであろう #ダークエルフ王国見聞録

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様々な品を求める者達でごった返す市を歩きながら、王都での薬種の売買で得た金子を以て目的の品と里の者達への土産とする薬酒を買い求めた。この薬酒は、満月の光を浴びて黄金色に輝き、淡く発泡した時が最も薬効があり、肝の毒を排して活力を高める酒であるそうだ #ダークエルフ王国見聞録

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薬種の入った樽はセラが背負い、その他の薬については私が袋に入れて背負った。市に並ぶ店々を歩きながら眺めていると、古書を扱っているのであろうか本を山の様に重ねて並べた露店を見つけた。興味を引かれた私はセラを連れてその露店の前へと歩み寄った #ダークエルフ王国見聞録

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古書ではあるらしいが、丁寧な装丁が為された書物が並び、題名から察するに、薬の調合に関する書物や、有用な植物や鉱物について書き記した本草学の書物、薬や毒の効き目を実験で調べた結果の報告書などが多く並べられていた。私は読んでよいかを店主に尋ねる #ダークエルフ王国見聞録

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「ほぉ、短耳の奴婢が我らの書物に興味があるのか？隣の戦士殿が主人であるのかな？珍しい奴婢をお持ちだ。なに、構わぬ、立ち読みも歓迎だ」 頭巾を目深に被った店主の表情は窺い知れなかったが、その声は若い女性のものであるようだった #ダークエルフ王国見聞録

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私は、本草学の書物をパラパラとめくって読むと、薬種の白参についての記述は、遥か東方にかつてあったという帝国で編纂された農書『農蚕必用』での記述をエルフ系言語に翻訳したものの様に思われた。他の項目においても、私はいくつか人の手による書物との近似を感じた #ダークエルフ王国見聞録

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また、別の書物は薬種の栽培と適正な税率に関するものであったが、これは古の大覇斯国各属州における地方書（じかたしょ）を編纂した書物の記述に近似していた。それらの書物については、私は学士院の図書館で何度も読んだので、記憶違いであるとは思えなかった #ダークエルフ王国見聞録