#ダークエルフ王国見聞録 その22 ～オーガの治むる地にて～上編

へどばん👊🏽皇牙組 @Ero_Thrasher

灰色の空から零れ落ちる日の光でさえ白銀に輝く雪道をバスバスと大きな音を立てながら大角鹿が進む。道の両脇には、数人が腕を広げてやっと囲えそうな針葉樹の巨木が並び立っていた。冷たく沈み渡る空気の中、大角鹿の荒い息とそれを駆るセラの掛け声だけが聞こえる #ダークエルフ王国見聞録

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私は片手で握りしめていた懐炉を前に座るセラの眼前へと持っていき、すると彼女は右手を手綱から話してそれを受け取る。国境の砦詰めた焼いた小石の熱もだいぶ失われてしまったように思えた。まだ使用していない懐炉を懐中に探るうち、触れた指がじゃらりと音を立てる #ダークエルフ王国見聞録

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文字の刻まれた動物の骨や牙、大小さまざまな水晶、深緋や梔子色をした編み紐が結ばれたその輪飾りは、一つはダークエルフとエルフの連合と、オークやゴブリン、トロルの連合が争った大戦で戦い散ったオーガのものであり、もう一つは彼から預かったその戦友のものである #ダークエルフ王国見聞録

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厚い皮手袋を付けた指先でこれを上手に懐から取り出そうとすると、セラが無言で腰の弓と矢を取って素早い所作で右前方に打ち出す。見れば、黒い巨体が雪を蹴って木立の中へと逃げ去っていく。恐狼より一回り大きな獣であり、山熊犬と言うものであるそうだ #ダークエルフ王国見聞録

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セラは手綱を引いてドウドウと声を掛け、大角鹿の歩みを緩め、黒樅の幹に寄せるとそこに刺さった矢を外して回収する 「ちっ、この積雪だ。獲物不足の山熊犬どもが追い駆けてきている。先を急ごう」 #ダークエルフ王国見聞録

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そう言いながら示した険しい表情を和らげ、騎乗する大角鹿の首を優しく撫でる。そして、後ろを振り向いて荷物を背負ったこの鹿の番である個体にも三音連続の節回しで口笛の合図を送る。恐ろしい肉食獣の気配を感じてか、二頭の息は荒く、白い息が立ち上っていた #ダークエルフ王国見聞録

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再び進み始めた騎馬の上で、私は布に包まれた新しい懐炉と共に輪飾りの一つを取り出して、大角鹿の動きに合わせて揺れるそれを眺める。すると雪路の寒さも、凶暴な獣への恐怖も幾分治まって、この旅を愛するセラと共に成功させようと言う意志がふつふつと湧いてくる #ダークエルフ王国見聞録

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ここはダークエルフ王国より北の地、かつてダークエルフと長い戦のあったオーガ達の領域である。私は、私とセラの命を救ったオーガの古強者との二つの約束、彼の戦友と今はライトエルフ達の領域にある北辺の森にて眠る彼自身の形見を届けることを果たすために来た #ダークエルフ王国見聞録

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かつて氏族長の館で酒を酌み交わしながら聞いた彼のたどたどしいエルフ語と、それでも有り余る程の情熱と郷愁とで雄弁に語ってくれた彼の故郷の話を思い出す。深く暗い巨木の森も、白銀の道も、跋扈する巨獣も恐ろしさより彼の話を確かめられた喜びが上回った #ダークエルフ王国見聞録

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「疲れてはいないか？もうしばらくの辛抱だからな。おや、ヤツの形見を見ていたのか。・・・無骨であるが素直な美しさがある。ふふっ、なんだその顔は。私にだって好い物かそうでないかくらいは分かるさ」 振り向いたセラが笑みを浮かべる #ダークエルフ王国見聞録

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ダークエルフとオーガの戦に従軍し、そこで勲を上げ、そして以前のオーク禍では、彼女が従軍した戦で奴婢の身となったオーガの古強者に命を救われた妻は、この地を再び訪れたことをどう思っているのであろうか。戦いを生業としない私には理解は難しいものである #ダークエルフ王国見聞録

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それでも彼女がこのオーガの領域への旅への同行を快く引き受けた時の笑顔は忘れていない。更に大角鹿の歩みを早めるのでもっとくっ付けと言うセラをその背から抱きしめながら、私はこの地に至るまでの経緯を思い返していた #ダークエルフ王国見聞録

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オーク禍との大戦の後、私は友であるオーガの古強者との約束を果たすべく、オーガの領域へと赴く計画を立て、国境を管轄する兵部と、対外的な取次ぎを総括する礼部に対してオーガ達の治める領域へ出国への許可を求める申請書を提出した #ダークエルフ王国見聞録

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この国に滞在するようになってから、幾度か私の郷里に帰るために出国したことはあるが、これは“山を覆う翼の熊鷹”氏族の国境からの出国であり、氏族長の許可の下に行ったことである。西方の領邦国家群と異なり、私の生国と彼女らの国には戦火の種がないことも大きい #ダークエルフ王国見聞録

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これに対し、オーガ達の領域との境は、“黄金と赤銅をまとう山鳥”の氏族領か、以前の戦でダークエルフ達が占領した王府の直轄地かにある。私は後者からの出国を考えていたし、　敵対していたオーガ達の領国に向かうには王府の許可が必要であろうと考えたのである #ダークエルフ王国見聞録

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出国の目的は、神祇官としてオーガの祭祀や文化を調べることで、ダークエルフのものと比較し、後者が如何に優れたものであるかを調べるためと書いた。文化他異種族学の学士としては、祭祀や文化に優劣など無いと言えるが、許可を得るためには多少の令色も必要と考えたのだ #ダークエルフ王国見聞録

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しかしながら、兵部や礼部からの申請への返答は、無駄な争いの火種となる可能性のある敵方への入国を認められない、調査ならば国内にいるオーガの奴婢どもから聞き取りをすればよい、陛下の伽衆たる者を危険に晒すわけにはいかないと、至極真っ当な理屈の不認可であった #ダークエルフ王国見聞録

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神祇官の上役にも相談し、官吏同士の伝手もたどってみたが判断は覆らず、直に勅許を求めた陛下にも、他国の見聞などをする暇があるのならば現在の職務に専念するよう厳しく諭旨された。無為に月日だけが流れ、“山鳥”氏族領からの無断越境の考えも頭をよぎる様になった #ダークエルフ王国見聞録

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高山に降る雪が風に流れて平野に舞い下りる頃、私は神祇官としての調査記録の提出のために王都に赴いていた。この機に幾度目かの陳情を行おうと、官署の文机で紙束を前にしながら書類を作成していたのであるが、夕刻近くに近衛の兵が職場へとやってきて、私の名前を呼ぶ #ダークエルフ王国見聞録

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何用であるか尋ねると、陛下が私に伽を命じるので夕食を終えた後に宮殿に参内するようにとのことであった。おそらく、先日に赴いた“翼竜を蹴り落とす白隼”氏族領について、私の専門とする祭祀や習俗以外の軍備や聖堂について、仔細を尋ねられるのであろうかと思われた #ダークエルフ王国見聞録

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私を含む異種族の伽衆は、王家にとって他種族を従えるという権威付けの役割が大きい名誉職であるのだが、王族の私室に入ることができるという特権が与えられている。とはいえ、私の都合で入ることは出来ず、事前に伺いを立てるか、斯様に呼ばれた時にのみ用いることができる #ダークエルフ王国見聞録

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近衛の兵に了解した旨を伝え、陳情書の今日中の完成を諦めた私は、下問されるであろう事柄について資料をまとめ、一度官舎に戻って夕食を摂って後、城の奥にある宮殿へと出向いた。近衛の番兵に官姓名を告げ、外廷と内廷をつなぐ渡り廊下の手前にある控室にて召し出しを待つ #ダークエルフ王国見聞録

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長い時間待たされ、夜もかなり更けてきた頃、わざわざ近衛の副長であるフェルレーオがやってきて、陛下がお呼びであると言う。番兵によって所持品の確認が隅々まで為され、フェルレーオに先導されながら、歩むごとに音が鳴る空中回廊を進んで内廷へと入る #ダークエルフ王国見聞録

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王族方の私室のある内廷は至るところに煙の出ない魔術の火が灯され、廊下に敷かれた黒と緋の絨毯や、柱や欄間に金銀玉石にてあしらわれた花鳥風月や様々な怪物を照らし出している。豪奢ではあるが決して派手ではなく、華やかさと落ち着いた雅を感じさせる空間である #ダークエルフ王国見聞録

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この美しく厳めしい内装の中には、しかしながら、知らずに触れれば毒に犯される罠や隠れた警衛の兵が毒矢を放つ小さな狭間など、侵入者を殺傷する仕掛けが隠されている。この構造の在り様は、妖艶な美と深甚の智謀を併せ持つ陛下の在り様を具現したかのようであった #ダークエルフ王国見聞録