「琉球王国は存在したことがない。河内国や加賀国と同じ旧国名です。」と真顔でとなえる琉球歴女一派! (その5)

「琉球王国は存在したことがない。河内国や加賀国と同じ旧国名です。」と真顔でとなえる琉球歴女一派! 編集しようと思っていたけど、めんどうなので止めてそのまま公開する。
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野原燐 @noharra

@neokuikui @sakanaya701 @unspiritualized @mwmtlo 中山世鑑のP42からP49は、鎮西八郎為朝の話である。ただし、74代目天皇鳥羽院から始まるその部分は保元物語の写しである。 文章的にいかにも多い。なぜ多いのか。極端な武力・覇道の信奉者である為朝に反論する王道派という両派の議論を、「正史」に反映させておきたい、と向象賢が考えたからである

2017-11-14 16:52:43
野原燐 @noharra

@neokuikui @sakanaya701 @unspiritualized @mwmtlo 象賢の心情が反武力主義・王道主義にあったことは、この本全体の基調である支配者は徳を保ち続けなければ交代させられることさえあるという王道主義の、強調によって明らかだ。でそれは正面からは言えない、島津家久公の琉球征伐を象賢がどう評価していたかの心情的表出でもある。

2017-11-14 16:53:18
野原燐 @noharra

@neokuikui @sakanaya701 @unspiritualized @mwmtlo 中山世鑑、以下のとおり。 「源為朝は久しく太宰府に済、朝廷の規律をなおざりにし、あまねく勅命に背き、暴虐な様子がしきりに報告され、狼藉は非常に甚だしい。早く進んでその身を改めよ。」p45

2017-11-14 16:54:36
野原燐 @noharra

@neokuikui @sakanaya701 @unspiritualized @mwmtlo 為朝曰く「ただ今から高松殿に押し寄せ、三方に火を掛け、一方をそのままにしておきますと、火を逃れようとするものはする者は矢をまぬかれることはできません。矢を恐れる者は火を逃れられません。」

2017-11-14 16:54:55
野原燐 @noharra

@neokuikui @sakanaya701 @unspiritualized @mwmtlo 「為朝の申しようはあまりにも乱暴です。年が若いためでしょうか。夜討ちなどということは、汝ら同士の戦や、十騎や二十騎の私事なのです。さすが主上と上皇との御国の争いに、源平が兵力を尽くして双方に分かれて勝負を決しようとするのに、まったくしてはならないことなのです。」p45〜47

2017-11-14 16:55:07
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