ZK #3
硬い感触が肌に触れた。腕輪。皇帝の勧めで身に付けたアクセサリだ。『ファッションとは、自分を引き立たせるものである!見せるところは見せ、自信のないところは補う!』ただ隠すのではない、素肌を晒すという試み。それが、装甲空母姫に、ある種の決心を抱かせた。23
2017-11-28 22:06:01「……ひとつ、考えがある」口を開いた装甲空母姫に、その場にいた全員の視線が集まった。「バカバカしい話だ。命懸けだし、実入りも、称賛もない」そう言う彼女の瞳には、固い決意が宿っていた。「だけど、私はやる。ヒーローになる気がある奴だけ、話を聞いてくれ」24
2017-11-28 22:09:01「ヒャアッ!」熊野の手刀が、白い体を両断した。潜水新棲姫は声もなく崩れ落ちる。「敵将、討ち取りましたわ!」《6人目、来る!》提督の叫びと共に、新たな深海棲艦が現れた。今、熊野が殺した個体と全く同じ顔。潜水新棲姫だ。「いたーい!やーめーてーよー!」《更に3人追加!囲まれた!?》26
2017-11-28 22:12:00異様な相手だった。倒せない相手ではない。しかし、彼女は何度殺しても蘇る。まるで終わりの見えない包囲網に、艦娘たちは耐え続けていた。「提督、私も再出撃します」補給を終えた不知火が、蔵王の出撃リフトに乗る。《待って、フタフタマルに艦影!距離84000!》27
2017-11-28 22:15:03「艦影!?」つまり、艦娘でも深海棲艦でもない。大型艦艇だ。《識別コード……雷鳴!?佐世保第4艦隊!?》超巨大戦艦・雷鳴。かつてはカイジュウ退治に使われ、今は艦娘指揮艦として、欧州遠征部隊に加わる、歴戦の武勲艦である。「味方なの!?」矢矧の叫びに、提督は答えなかった。28
2017-11-28 22:18:00代わりに、レーダー上に反応が現れた。《雷鳴から飛翔体!8つ!》《迎撃ッ!》水平線の向こうから、高速で接近する物体。対艦ミサイルだ。蔵王の迎撃ミサイル、そして対空機銃が、全て無事に撃ち落とした。だが、艦娘たちには動揺が広がっている。「撃ってきた!」「なんで!?」29
2017-11-28 22:21:02「提督、どういうことですか!?」《また私たちを……ぐうっ!?》苦悶の声。提督の苦しみが、ドリフト・システムを通して不知火にも伝わった。全身を引き裂く激痛は、一瞬で幻のように消える。システムの安全装置が働き、提督と不知火のリンクを断った。30
2017-11-28 22:24:01「妖精さん!提督の容態は!?」《いつもの幻肢痛です!》《最悪のタイミングで!》かつて、ある深海棲艦と魂をつなげた後遺症だ。平時に起きる分には構わないが、この修羅場で提督が動けなくなることは、極めて危険だ。「今は提督よりも状況把握と索敵を優先!」《らじゃ……ああっ!?》31
2017-11-28 22:27:00「どうしたの!?」《み、南に反応!》《見覚えがあります!》不知火は甲板から身を乗り出し、南を見た。望遠魔法越しに姿を認めたのは、こちらに向かって手を振る、土気色の肌の少女。《ひっさしぶりー!》通信に割り込んでくる声に、聞き覚えのある艦娘は何人もいた。「駆逐水鬼……!?」32
2017-11-28 22:30:04トラック諸島で輸送艦隊の妨害を行っていた深海棲艦が、なぜ欧州の海に?考えている暇はない。このままでは雷鳴か駆逐水鬼のいずれかに補足される。潜水新棲姫に囲まれている状況でそうなれば、全滅の恐れすらある。「なら、雷鳴の横を抜けて脱出を……」《それは……駄目だ!》33
2017-11-28 22:33:01苦しげな声は提督のものだった。「提督!?」《あれの、主砲の射程は、60kmもある》激痛に言葉を途切れさせながら、提督は言葉を続ける。《いくら何でも、避けきれない……!》「では駆逐水鬼を……」《あれも、不死身の化物だ。相手してたら、潜水艦に食われる!》「ならどうしろと!?」34
2017-11-28 22:36:00《……全艦に次ぐ!我が艦隊は、これよりドーバー海峡を、抜ける!》その作戦に、艦娘たちは耳を疑った。「正気!?」「何がいるかわかんないんだよ!?」《囲まれたまま戦うよりは、マシだ!雷鳴の射程に入る前に、全員、一旦、蔵王に帰投して!》35
2017-11-28 22:39:01部下の艦娘たちは少し迷ったが、絶望的な戦力差よりも、逃走への僅かな期待が勝った。戦闘を中断し、蔵王へと戻っていく。《不知火》「……はい、提督」《五十鈴、電ちゃん、オイゲンと一緒に、周囲を警戒。霧の中だけど、お願い》「……畏まりました。必ずや、任務を果たします」36
2017-11-28 22:42:02不知火は出撃リフトに乗り、前を見た。ドーバーを覆う霧が、間近に迫っている。肉眼もレーダーも、魔力すら通じない、視覚を奪われた空間だ。中に何がいるかはわからない。だが、何であろうと乗り越えてみせる。決意を新たにし、不知火は出撃の時を待った。37
2017-11-28 22:45:03