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「どけおっさん!」 叫びながら脇をすりぬけ、クソ度胸で入口へ飛び込む。地回りが後ろから追いつき、襟首をつかむ。 「このガキャア!てめえみたいなのを死ぬまでヤって喜ぶ客もいるんだぞ」 「あた…僕!冒険者になりにきました!」 「うるせえ!邪魔したな」 立ち去ろうとする。
2017-12-16 00:54:56「おい待ちなよ…その子は冒険者志願で来たんだろ…だったらうちのもんじゃあないか」 酒場の隅の席で、老婆が呟く。鍔広帽をまぶかにかぶり、震える手は酒杯をつかみ、もう片方の腕は膝に乗せた杖に添えている。 「なんだばばあ?」 「冒険者志願なら…うちのもんさね」
2017-12-16 00:56:54「こいつは色町の差配のガキだ。親の知れない路上育ちだ。この酒場とかかわりはねえ」 「あるねえ…冒険者志願はいくらいても足りないんでねえ…今月も景気よく死んだしねえ」 「おい分かってんのか。俺たちゃあ」 「お前さんこそ。立ってる場所がどこだか分かってんのかい」 老婆が立ち上がる。
2017-12-16 00:58:21男より背が高い。鷲鼻が不気味に突き出される。杖が金属質の音をさせて、細身の刃を半ばのぞかせる 「迷宮にもぐったこともないガキが…ひょっとして…よりにもよって冒険者の酒場で、あたしにあやをつけようってのかい」 「あ、あやつけてきたのはそっち」
2017-12-16 00:59:50「はなせよおっさん!」 妹はここぞとばかり地回りの手に噛みつく。 「いでえ!」 うまく逃れると、老婆のマントの裏へ駆け込む。 「いい奇襲だ」 うなずいてから鍔の影になった視線を上げる女冒険者。 「どっちが縄張り荒らしてんのか。体に教えてやらなきゃだめかねえ?」 「ちっ…いかればばあが」
2017-12-16 01:01:24「あんた。なかなか見どころがあるねお嬢ちゃん」 「!?なんでわかったの」 「男にあんたみたいな度胸のあるのはいないからねえ…ほら、みな、あんたの手下の男どもと来たら…ま、逃げずにいただけ偉いか」 ほかの孤児達が恐る恐る外から酒場を覗き込んでいる。 「冒険者になりたいって?」
2017-12-16 01:02:55「言っとくが、迷宮は路上より死にやすいとこだよ。人間より魔物の方が頭がきれて強くて容赦がないからね。数も多い」 「宝物があるんでしょ」 「あるねえ…持って帰れるだけの腕がありゃね」 「あた…ぼく…あたしすぐ強くなるよ」 「すぐは無理だねえ…だが…まあやってみようじゃないか」
2017-12-16 01:04:31老婆は孤児達を受け入れた。冒険者の酒場からそう遠くない古い訓練場に。 蜘蛛の巣と埃まみれの打ち捨てられた施設。隙間風ばかりが吹き込む。だが路上で寝泊まりしていた子供達には天国にも等しい。 「昔のくだらない夢のあとさ…迷宮で死ににくい人間を育てようっていうねえ…」
2017-12-16 01:07:15「あたしたち強くなれる?」 「ああ…まあどうだろうねえ…やってみるんだね」 その日から影のように老爺や老婆が館に集まって来る。皆陰気で無口だが、腕だけは立つ。 「この街でこんなにおとしよりを沢山観たの初めて」 「信じらんねえ…あのじいさんばあさんたち、どうやってあんな年まで生きて」
2017-12-16 01:09:33老人たちは孤児達に冒険者の技を仕込む。 食事はたいてい巨漢の翁が迷宮から引きずって来る魔物の死骸から作る。 「慣れとくんだね」 「うえええ」 「喰えるやつだけが生き残れる…こともある」
2017-12-16 01:11:16一、二年のうちに年寄りと一緒に迷宮へもぐるようになる。 門番は鼻白むが、背の高い老婆のすがたを見ると道を空ける。 「その子供達は」 「どうせ死んだっていい連中…そうだろ…なにせ人も足りてないしねえ」
2017-12-16 01:13:03魔物から売れるものをはぎ取る技、仲間をかばい合う技、死の罠を避ける技、一緒に戦う方法 少女は急速に学んでいく。 「これ、いくらで売れる?」 「さあ。銅貨五十ってとこかね」 「そう」 「金に汚いのはいいことさね。頭が回る。だが捕われすぎなさんな」 「うん」
2017-12-16 01:15:29成長するにつれ、もう女であることを隠せなくなるが、 老婆直伝の仕込み杖を使うようになってから、とやかく言うものはない。 「なっちまっいやがった。本当に冒険者に」 孤児の親分。相棒になった少年が言う。 「だから言ったでしょ」 「へ、文句はねえよ」
2017-12-16 01:17:50「俺だって、あのまま色町で兄貴の下にいりゃ、ケツ穴でかせぐしかなかったんだ」 「…」 「なんだよ」 「ねえ、色町の男娼って、身請けするのいくらなの」 「さあな。そんなことするやついねえよ。たいていすぐ死んじまうし」
2017-12-16 01:19:53「あんたの兄貴は死んでなかったじゃない」 「あのひとは特別さ。俺達の前の前に地獄の猟犬団…そんときゃ確か蛇団だっけの親分で、ガキのくせに狂犬みたいに強ぇって」 「なんで色町の姐さんなんて呼ばれてんのよ」 「よく知らねえけど…色町の上の連中に目つけられて」
2017-12-16 01:22:24「手下だったほかのガキ守るために、体売ったって」 「ふうん」 「男娼の中にはさ。無茶できるように。迷宮からとってきた材料で作った、すげえ薬をいっぱい飲まされたりして、体を作り変えるやつがいて、たいていすぐ死んじまうんだ」 「でも死ななかった」 「兄貴はつええかんな…そんで…なんか」
2017-12-16 01:24:34「最初はひどい目みたみたいだけど、今じゃえらくなったんだ…まあ俺は下に戻る気はねえけど…すげえひとだよ」 「冒険者になればよかったのに」 「皆がお前みたいにゃやれねえよ。あの婆さんに気に入られなきゃお前だって娼婦になってたぜ」 「あたしはならない。絶対」 「お、おう…」
2017-12-16 01:26:05地獄の猟犬団は迷宮へもぐる。深く。深く。 荒っぽく、命知らずで、捨て鉢といえる探索の仕方だが、ここぞというところで頭が切れ、引き際をわきまえた少女が指図するため 誰も命を落とさない。
2017-12-16 01:27:40死と向き合うことになったのは迷宮の外。訓練所の奥にある教官の寝所だった。 少女達の成長に合わせて、年寄りたちは姿を消し、老婆だけが残っていたが、その命も消えようとしていた。
2017-12-16 01:29:44「長生きした方さ」 「迷宮にはすごい薬があるんでしょ?飲んで!」 「いやほど飲んだよ…あんたもそのうち飲むはめになるね。いいもんじゃない」 「あたし、知ってる。不老不死とか、蘇生とか、そういうのだってあるって…貴族や金持ちの商人や、色町の方の娼館じゃ使ってるって」 「でたらめさ」
2017-12-16 01:31:31「そういうものがあるとしても、そりゃあ人間を魔物に近付ける薬だよ。あたしゃそこまでしていきたくないね」 「あたしは生きていてほしいの!先生に!」 「やれやれお嬢ちゃん。あんたの涙はほかのときのためにとっときな」 「…っ」 「とりもどしたい人がいるんだろ」 「…あたし…」
2017-12-16 01:33:05「知ってたさ。夜にあんたが鬼みたいな形相で稼いだ金を数えてるのはね。若い娘のする顔じゃないねえ」 「…今は」 「あたしは物語に出てくる英雄豪傑じゃない。あんたの大事なひとが、この街のどっかにいて、なにかひどいめにあってても、助け出してはやれなかった」 「それはいいから」
2017-12-16 01:35:00「路上より迷宮の方が恐ろしいといったがね。この街にゃ最深部に住む龍に勝るとも劣らない怪物がいるのは間違いないさね。もう人間と呼べないような連中がね。それも迷宮からあたしらが持ち帰って来た宝物、その繁栄がもたらしたもんだけどね」
2017-12-16 01:36:16「…おかげで、あたしたち飢え死にせずにすんだんだもん。病気になってもお薬もあるし」 「そうさ。でもあんたを生かすために…きっと…あんたの大切なひとは苦しむことになった…そうだね…あんたはそれを…どうにかしたい」 「あとにしよう?先生」 「いや、今話とくよ…」
2017-12-16 01:37:54「色町の顔役どもは冒険者上がりもいる。並の腕じゃないのがね。気をつけるんだよ。あたしのすり切れたマントで守るのはせいぜいお嬢ちゃんとその仲間だけだったが…それももうしまいだ」 「まだ…」 「金はたっぷりもった奴等だ。増えるとなりゃ喜ぶだろうが。有無を言わさぬ対価を持っておゆき」
2017-12-16 01:39:43