異世界小話~異世界だと、その辺にいる魔物をスケッチするだけでいいからクリーチャー絵描きは超ラクな話~

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帽子男 @alkali_acid

師匠になったのは髭面の大男で、よく笑い、やたらと食事をたくさんとらせようとした。 「体がだいじだ!体がな!いっぱい食って!よく寝て!働け!」 姉弟子があとで教えてくれる。 「師匠は北方のこぜりあいで街に食いもんがなくなったとき育ったから、まず食いもんなの…ま、食いな」 「食べます」

2018-01-13 22:16:52
帽子男 @alkali_acid

入ってすぐ、仕事をまかされた。 「半鐘が聞こえるな?ありゃ魔物だ。迷宮から出てきた」 「はい。でもきっとこっちまで来ない…」 「じゃあお前がいけ。いって素描してこい」 「ええ?」

2018-01-13 22:20:11
帽子男 @alkali_acid

「魔物を!?」 「そうだ。若いし目がいいだろ?食われん程度に近くから描きとってこい」 「そんな」 「次の仕事は、商工組合のお偉いさんから、迷宮の魔物を退治する女神様の構図だ。だが俺の記憶だよりに描いたやつじゃ限りがある。新鮮なやつがほしい。行け」

2018-01-13 22:21:54
帽子男 @alkali_acid

元冒険者らしいめちゃくちゃさだった。だが画帳を抱えて走った。 「死ぬなよ」 「腕だけでもかえってこい」 「おまわりにもつかまるなよ」

2018-01-13 22:22:48
帽子男 @alkali_acid

騒然とする通りを人の流れとは逆に駆けて、早筆は、鐘を鳴らすための古い櫓のひとつに登った。 「ひぃい…」 歯を打ち鳴らしながら、魔物の接近の前に画帳を開こうとし、炭を落とす。あわてて探るが、見つからない。 「もおこんなときになんで…」 生暖かい息が首筋にかかる。

2018-01-13 22:25:07
帽子男 @alkali_acid

息を詰まらせる。昔、薬種屋で嗅いだ麝香じみた匂いがする。うしろに人間ではないものがいる。 だが振り返らねば、素描はとれない。やっと指が炭を探り当てる。つかむ。画帳に押し当てて、振り返る。

2018-01-13 22:26:21
帽子男 @alkali_acid

南方の海にいるという亀に似た姿があった。ただし甲羅に水晶の柱を何本も生やしており、毛爪の生えた脚をしっかりと櫓に食い込ませている。 頭にあたるところも水晶の塊。甲羅の上下が重なる隙間から、ぼとりと子供の手首が落ちる。記憶にある草採のものと同じぐらいの大きさの。あそこが本来の口。

2018-01-13 22:30:20
ai @tinytiger0

幼生と捕食。櫓に登れていたので鉱床の岩壁に毛爪でとりついて狩りをしたりするんだろうか… pic.twitter.com/z10jljKnTT

2018-01-14 01:15:01
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帽子男 @alkali_acid

甲羅がわずかに開いて、赤い舌のようなものと、きつい麝香めいた匂いとともに息が吹き付けてくる。嗅ぐだけで朦朧となった。 「…動…かないで」 画帳に炭を走らせる。早筆はもう何をしているのか判然としないまま、異形の姿を写し取ろうとした。

2018-01-13 22:32:13
帽子男 @alkali_acid

かつて僧院で手習いの先生に教わったように、正しく、過ちなく、はっきりと。 水晶亀は一瞬、とまどったようにその動きを観察していたが、やがて甲羅に生やした石英の柱を打ち鳴らし、金属質の音を鳴らすと、手足をたわめ、攻撃の態勢にうつった。

2018-01-13 22:33:36
帽子男 @alkali_acid

せめて全体像をとらえきるまで、もう少し待ってほしい。むせるような魔物の匂いに酔ったようになりながら、早筆は願った。 水晶亀の甲羅が開き、ずらりと並んだ透明な牙が見える。 「中はそうなってるんだ…」 手が自然にそれも描く。 大顎はそのまま絵師の徒弟をすっぽり覆い、勢いよく閉じた。

2018-01-13 22:36:10
帽子男 @alkali_acid

いや閉じようとした。だがいきなり水晶亀は後退し、金属質な悲鳴を上げた。何か、もっと強靭で獰猛な存在が、甲羅をはるかしたの路面に叩き落とし、飛び掛かるとすさまじい闘争を始めた。 早筆は心臓が三つ打つあいだ虚空を見つめてから、抜けた腰をいざらせて櫓のふちに這い上り、下をながめた。

2018-01-13 22:38:41
帽子男 @alkali_acid

獅子の胴、蝙蝠の翼、蛇の尾、そして男とも女とも、少年とも少女ともつかぬ美しい人間の顔。 街でうわさの魔物を狩る魔物。合成獣。

2018-01-13 22:39:39
帽子男 @alkali_acid

真青な返り血を浴びて、半神のような姿が再び舞い上がり、重さがないかのように櫓に帰って来る。 早筆の指は止まっていた。 「あり…がとう…」 「どう、いたしまして」 乳をなめたばかりの猫のように、毛皮の返り血を舌でなめ、つくろいながら、魔物は返事をする。

2018-01-13 22:41:50
帽子男 @alkali_acid

記憶にある草採に少し似た、声変わり前の高いひびきだだった。 「あの、おねがいが、あるんですが」 「いって」 「あなたの、素描をさせてください」 「時間がないけど、すこしだけなら」 「ありがとう」

2018-01-13 22:42:50
帽子男 @alkali_acid

早筆は夢中で画帳に炭をこすりつけ、目の前にいる魔物を描いた。 「もう、いい?」 合成獣はあっけないほどすぐに時間切れを告げてくる。 「は、はい…あと、もうひとつ…だけ」 「なに?」

2018-01-13 22:44:13
帽子男 @alkali_acid

「たべないで、ください」 「たべないよ」

2018-01-13 22:44:24
帽子男 @alkali_acid

「おなか、いっぱいだから」 早筆は膝から崩れ落ちた。 「ねえ、にげなさい」 魔物は優しく言う 「え?」 「このまちは、もう、もたないから」 「…どういう」 「ここにいると、みんな、しぬ」

2018-01-13 22:45:38
帽子男 @alkali_acid

早筆は、人面獣身を見上げた。 「死ぬって…どうして」 「にげなさい」 「…でき…ません…だって、ここは私の生まれた街で…」 「にげなさい」 「描きたいものがいっぱいあって」 「…」 「私の、好きな男の子がまだいるかもしれないです!!」

2018-01-13 22:47:14
帽子男 @alkali_acid

合成獣は困ったように首を傾げた。 「すきなこ、か…」 「…あ、わたし、何言って…すいません。その男の子はたぶん、私のことはうっとうしくて…もう顔も見たくなくて…小さいし…いきなり自分より大きな相手からこんな気持ちむけられたら…きもちわるい」 「ふーん」 「あれ…なんで…ちが…」

2018-01-13 22:49:05
帽子男 @alkali_acid

「でも、まだ、すき?」 「好きです…すごく好きです…へんだけど…好き…」 「そう」 「ごめんなさい…さっきのおねがい…なしで…食べてください…頭から」 「おなか、いっぱいだから」

2018-01-13 22:49:59
帽子男 @alkali_acid

合成獣は蝙蝠の翼をはばたかせた。 「わかった、おにいちゃんが、なんとか、してみる」 「はい?」 「ヒロが、そのこと、なかよくなれるといいね」 「え?ヒロって…あの誰…」 魔物は風よりも雷よりも早く、やぐらから翔び去っていった。

2018-01-13 22:51:58
帽子男 @alkali_acid

衛士隊の喇叭の音がする。馬車が近づいて来る。逃げないと。魔物の出たところで何をしていたのか咎められたら、工房に迷惑がかかる。 早筆は画帳を抱えて、はしごを降りた。びっくりするほど冷静にできた。

2018-01-13 22:53:06
帽子男 @alkali_acid

師匠の評判は上々だった。姉、兄弟子はさすがに度肝を抜かれていた。 「おいおい…こりゃすごい」 「頭おかしい」 「よし!次の絵はこの、合成獣を敵の魔物の真ん中に置くぞ、魔物の王、魔王ってとこだな」 「魔王ねえ」

2018-01-13 22:54:32
帽子男 @alkali_acid

「だが顔は優しすぎる。もうちょっと怖くしろ。そうだな。お前の姉弟子の顔がいいぞ」 「師匠。ぶん殴りますよ」 「そう、その顔がいいぞ」

2018-01-13 22:55:18