- Mikuma_company
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〜〜 執務室を出た那珂は、執務棟を出て自身の住むダイアンサスへと歩いていた。 夜も深くなり始めている、人々の姿はほとんど見えず、海風に運ばれてくる波音がその代わりをするかの様に、さざ、さざ、と彼女の周りを走っていた。 「那珂さん」 ふと、背中からそう呼ぶ声がした。
2018-01-16 21:53:24「那珂さん、こんばんは…」 銀髪の少女が立っていた、野分だ。 「…こんばんは、野分ちゃん。こんな夜遅くに…どうしたの。」 那珂が微笑んで言うと、彼女も少し笑って答えた 「いえ、少し…お話がしたくて。」 野分の顔は笑っていたが、声のトーンは不安そうなものであった。
2018-01-16 21:54:25それをハッキリ感じ取りながらも、那珂は微笑んで言った。 「いいよ、歩きながらで良い?」 「はい、ありがとうございます。」 野分は精一杯明るい声で礼を言い、那珂と共に歩き始めた。
2018-01-16 21:55:25歩き始めてからしばらくは沈黙であった、自分から言っておきながら、野分は何一つ話せていなかった。 それを見かね、那珂の方から切り出す。 「訓練、変わらず真面目にやっているね」 「は、はい。」 おもちゃの様に首を振る野分に、那珂は優しく微笑む。
2018-01-16 21:56:26「良い事だよ、でも自分の時間も大切にしてね。」 「は、はい…」 その後も那珂から会話が始まり、野分がハイ、ハイと答えるだけ、そんなやり取りが続いた。 やがて二人は中央の広場へと辿り着いた、ここはトラック泊地のシンボルの様な広場。 そこで野分は、足を止めた 〜〜
2018-01-16 21:57:23〜〜 「…どうしたの。」 野分の少し先へ進んだ那珂が振り返る事なく訊ねる、その背では純白のマントが月と街灯とに照らされ、キラキラと輝いていた。 とても綺麗だ、野分はそう思っている、いつもそう思っている。 その背に、憧れの背に向け、野分は言った。
2018-01-16 21:58:28「今日は…大変でしたよね、色々。」 先程までハイとしか言えなかったとは思えぬほど、その言葉はスラスラと出た。 「突然あんな事言われて、戦って…本当に今日は、お疲れ様でした。」 野分の耳を心臓の鼓動が打つ、言う事がある、やるべき事がある、それを伝える様に、打つ。
2018-01-16 21:59:22海から風が吹いた、不気味なほど静まり返った泊地を、風は音もなく吹き抜ける、音が消えた、時が止まった。 野分は意を決し、口を開いた。 「ウソ…ですよね、あの人の話。」 那珂は背を向けたまま黙っている、時はまだ止まっている、野分はもう一度言った。
2018-01-16 22:00:27「あの人に、長門に気を使ったんですよね、だから否定しなかった。加古さんもきっとそうだって言ってました。」 那珂が振り返り、一言肯定の言葉を述べる、一瞬野分の目にそんな光景が映し出された。 だが現実の彼女は何も答えなかった、ただ暗闇の中に立っていた。
2018-01-16 22:01:26「今なら誰もいませんよ、気を使わなくっても良いんです。本当のこと言ってください、今日の昼間の話、嘘なんですよね?」 野分の顔は崩れた笑いを浮かべていた、声は震えていた。 YESを求めた、ここでYESと言ってくれさえすれば、全てが終わる、また歩き出せる、追いかけられる。
2018-01-16 22:02:22しかし待てど暮らせど答えは返ってこなかった、ただ那珂は、帝王は、あの人は、振り返る事なく黙っていた。 野分は声を上げた 「…なんとか、なんとか言ってくださいよ!ウソだって、嘘でも良いからそう言ってくれれば、私は信じられるんですよ!」 彼女は、那珂に向けて初めて声を荒げた
2018-01-16 22:03:27「いつもみたいに優しく言ってくださいよ!答えて下さい!私は那珂さんみたいに賢くないから、黙ってたんじゃ、黙ってたんじゃ分からないんですよッ!」 がむしゃらに言葉をぶつける、たった一つの答えを求め、目の前にあるガラスの壁を叩く、追い縋っていたあの背中に叫ぶ。
2018-01-16 22:04:22那珂を包む純白のマントが僅かな光に輝いた、それは傷も汚れもない背中、野分の憧れた背中、いつも見ていた背中。 それは目の前にあれど、遠い事に違いはなかった、しかし今感じている遠さは、昨日までのそれとは、きっと違う。 闇と静けさの中、野分は拳を強く握りしめていた。
2018-01-16 22:05:22やがて那珂が、野分を置いて歩き出した。 「那珂さん!那珂さん!」 野分は声を荒げる、これまでに無い程強く。しかし背中は一度も振り返る事なく、暗闇の中へと姿を消した。 それと同じように、野分の中にあった何かが深い闇の中へと消えて行った。
2018-01-16 22:06:22「うぅ…うぁァァァァァァッ!」 どうしようもない気持ちが夜空を破く叫びに変わる。 また海からの風が吹いた、時が動き出した。 〜〜
2018-01-16 22:07:22〜〜 翌朝、結局一晩泊まり夜食も食べてしまった長門は、複雑な心境で医務室を後にしようとしていた。 「昨日は良い食べっぷりだったな、私の飯がそんなに美味かったか」 「うるさい、誰だって腹は減る…」 揶揄う医師から彼女は目を背け、また向き直って言った。
2018-01-16 22:08:22「…泊めてくれた事と、手当してくれた事には感謝している、礼を言おう。」 長門は医師に一礼し、面を上げて続ける。 「…だが、私は必ずここへ戻りあの悪魔を討つ、この意志は一宿一飯の恩義では覆らん、よく覚えておけ。」 そう彼に忠告し、彼女は医務室を後にした。
2018-01-16 22:09:33それを見送ると、医師は快適椅子にもたれかかり、天井を見上げた。 「那珂ちゃん…君のやった事は正しいのか?あの子にあんな事言わせて、本当に良いのか…?」 彼の独り言に椅子の軋む音が答える、YESでもNOでも無い、曖昧な答えだった。
2018-01-16 22:10:22一方の長門は医務室を出て、暇なサラリーマンの様にベンチに腰掛けていた。 諸々の事情からここを発てるのは明日以降、予定では今頃仇討ちを果たし留置所にでも入っていた頃故、完全に手持ち無沙汰となっていた。 ひとまず広場のキッチンカーでケバブを買い、間食に食べ始める。
2018-01-16 22:11:24(うむ…しかしこれからどうしたものか、成功する腹づもりだったせいでこの先を考えていなかったな…) 飲み物にと自販機で野菜ジュースを購入し、それを片手にケバブを食べる、あまりに牧歌的な姿、道行く人も、よもや彼女が那珂を暗殺しようとしたなどとは想像だにしないだろう。
2018-01-16 22:12:24やがて食事を終えた長門は立ち上がり、ゴミを近場にあったゴミ箱に放り込んだ。 すると近くに缶が投げ捨てられていたので、それも拾って捨てた。 「ゴミはゴミ箱に…だ。」 長門は正義の人であった、その正義はポイ捨ても許さない、大きな正義は小さな正義を成す事から始まるのだ。
2018-01-16 22:13:26「しかし…想像より平和だ、奴の狡猾さは並ではないようだな。」 道行く人々を見ながら呟く長門、悪魔の住処ともなればもっと鬱屈した雰囲気であるものと考えていたが、トラック泊地は拍子抜けするほど平和で賑やかな場所であった。 それが良い事なのには違いないが、納得は出来なかった。
2018-01-16 22:14:23「あの…」 そんな事を考えていると、背後から声がした。 「おはよう…ございます…」 振り返ると銀色の髪をした少女が立っていた、長門はその少女に見覚えがあった。 「お前は確か…」 「…野分です。長門さん…ですよね。」 あの悪魔の近くにいた少女か、長門は思い出した。
2018-01-16 22:15:27そして鼻で笑って言った 「あの時の艦娘か、私を捕らえに来たのか?」 今更捕まってやるものかという気持ちから、長門は気持ちを身構える。 だが野分は首を横に振った 「いえ、私にそんな権限は無いです…」 「…なら何をしに来た?物言いをしたところで私の言う事も志も変わらんぞ。」
2018-01-16 22:16:23この艦娘に罪はない、だが与する以上は敵である、長門は語気を強めて詰め寄った。 「それとも私と決闘する気か?健気なものだな、だがお前如きに遅れは取らん。」 「違います!そんなんじゃない…」 「ならなんだ?早く言え」 苛立ちすらし始めた彼女に、野分は決意して言った。
2018-01-16 22:17:21