異世界小話~異世界に召喚されたらなにもしてないのに異世界がこわれた話・上編~

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帽子男 @alkali_acid

◆◆◆◆ 「冗談じゃない!」 商工組合の娘は、火を噴かんばかりの勢いで告げた。 豪奢な服装はところどころ汚れ、よく見ると首には小さなあざもある。 だがほかはおおむね無傷だった。 震災が襲ってきたとき、幸運にも街の中心から遠く離れた市外区、傭兵衆の宿営にいて建物の倒壊に遭わなかった。

2018-01-24 21:43:51
帽子男 @alkali_acid

「あのおばさんの計画なんか、もう無理に決まってるじゃない!だいたい街の中心はめちゃくちゃなんでしょう?下民どもは隊商の馬車までたどりつけっこない」 「赤胴様は、なさると決めたことは、必ずなさります」 そう答えた伝令役の男娼、緑踵はどうやってか身支度をきちんと整えている。

2018-01-24 21:46:32
帽子男 @alkali_acid

ただ片腕は折れているらしく、添え木をあてて布でつっていた。それでも凛々しいたたずまいは変わらない。 「あのおばさんが生きてるかも分からないでしょ!」 「…私は生きているものと信じております。ですが赤胴様はたとえ自分に何があっても、とどこおりなく進むように手配されました」 「うそ!」

2018-01-24 21:48:53
帽子男 @alkali_acid

商工組合の娘は鼻息荒く否定する。それから急にしなを作った。 「ねえ、それより緑踵。あなたを買いたいんだけど。奴隷は持ち主が死んだら競売にかかるんしょ?その前に私が色町に交渉して…」 「失礼ながら…私はすでに奴隷ではありません」 「え?」 「赤胴様は劇場のものを全て解放されています」

2018-01-24 21:52:07
帽子男 @alkali_acid

「なにそれ!?」 少女は地団駄を踏んだ。仕草はあまりにも子供じみていて、見守る男娼を不安にさせたが、おくびにもださなかった。 「じゃあなんで!あんたはまだあのおばさんの言うこと聞いてるの!」 「あのお方が、仕えるに値する主だからです」 「あっそ!慈悲深い天女様ってこと!?」

2018-01-24 21:53:42
帽子男 @alkali_acid

緑踵は否定のしぐさをした。 「いいえ。まるで違います。私が赤胴様を敬うのは、あのお方がこの街で最も抜け目のない商売人だからです。私はお金が好きです。赤胴様は私を金持ちにしてくださる」 商工組合の娘は目をきらめかせた。 「そうなの!私もお金大好き!気が合うね!」

2018-01-24 21:55:49
帽子男 @alkali_acid

「ですから、赤胴様がこたびのように全財産を費やした計画には疑念を抱いておりました…けれど安心しました。赤胴様は、お嬢様が断るのを計算に入れていたのです」 「え?」 「これほど赤胴様が損をし、お嬢様が儲かる話が、そのままとんとん拍子に進むはずがないと、得心しました」

2018-01-24 21:57:40
帽子男 @alkali_acid

「やはり赤胴様は街一番の商売人。恐らく、お嬢様が断った件をうまく生かすおつもりだったのでしょう」 「うそ…あのおばさんがそんな…そんなまだるっこしいことしない!意味がないもの…頭の切れる商売人は」 「頭の切れる商売人は、相場の十倍の値段で馬車を借り切る客を拒みますか?」

2018-01-24 21:59:50
帽子男 @alkali_acid

「…く…生意気!緑踵」 「失礼」 「でも好き。分かった!いい?私があのおばさんの計画を実行したら…あのおばさんは全財産を私によこすことになるも同然。そうなったら、この街で一番頭の切れる商売人は誰?」 「あなたです。お嬢様」

2018-01-24 22:01:21
帽子男 @alkali_acid

緑踵は慇懃に礼をした。 「私は、あなたにお仕えします」 「ちょっと待った」 黙ってそばに立っていた丈高い男が初めて口を開いた。こちらも無傷ではないが、弱ったところは見られない。草原部族の大物らしいいでたちで、髭に獣の毛を編み込んでいる。 「なに?強髭」 「勝手はさせん」

2018-01-24 22:04:41
帽子男 @alkali_acid

傭兵衆の棟梁でもある男はいきなりむずと少女の肩をつかんで引き寄せた。 「お前の身を危険にさらすまねは許さん」 「ちょっ、痛い!」 「おやめください」 緑踵が割って入ろうとすると、後ろに控えていた大男二人が素早く遮る。 強髭は少女を引っ張って下がりながら、とがらせた歯を剥いて威嚇した。

2018-01-24 22:07:23
帽子男 @alkali_acid

「この街が滅ぶのは避けられん。男娼。きさまの話でも、さっき送った俺の斥候も、そこらじゅうが崩れて、住民は潰れて死んでる。ほとんどは助からんだろう。おまけに…迷宮の魔物も出てるだろう。かかわりあいになるつもりはない」

2018-01-24 22:09:26
帽子男 @alkali_acid

娘は男の手からはなれようともがきながらわめいた。 「ちょっと!傭兵衆は隊商の護衛の契約を結んでるでしょ!積荷を守るって!今は積荷が街の住民なの!あんた達にはあの汚らしい奴等を助けるつとめがあるの!」 「くだらん。汗は言っていた。あの赤胴とかいう女の言う通りなら…」

2018-01-24 22:11:54
帽子男 @alkali_acid

「赤胴様のおっしゃることに間違いはありません」 「ならば、我々の損になる契約などほうっておけと。街の衛士ども、冒険者どもが魔物と殺し合って死に絶えたところで、財宝だけかすめてこいと…おまけもあればなおよいといったが」 「何言ってるの!契約破棄は違約金を…」

2018-01-24 22:14:16
帽子男 @alkali_acid

緑踵と商工組合の娘がにらむのを、強髭は顎の茂みをしごきながら嘲るように見下ろす。 「お嬢。あんたは街の門閥の最も古い血筋だ。この街のごちゃごちゃした仕組みは分からんが、言ってみれば長の家柄だな?だったら汗があんたを娶れば、街は汗のものだ」 「はあああ?」

2018-01-24 22:16:31
帽子男 @alkali_acid

少女は耳まで真赤になり、まるで全身をめぐる血が沸騰しそうになっているようだった。 「ふざけないでよ!なんでそうなるの!草原部族みたいな貧乏くさいとこの親玉と結婚しても、ぜんぜん儲けにならないでしょ!」 「とにかく。あんたは草原に送る。街の連中はせいぜい苦しまずに死ね」 「なるほど」

2018-01-24 22:18:13
帽子男 @alkali_acid

緑踵はふところから書状を出した。主である赤胴の印章が押してある。 「そういうおつもりでしたら、この手紙も無駄になりますね」 「なんだそれは…」 「いえ。赤胴様から、草原の汗の名代にあてた親書でございますが…街とかかわりにならぬというなら、無用かと」 「…読まんぞ」

2018-01-24 22:19:52
帽子男 @alkali_acid

強髭はいらだたしげに背を向けた。 「あの赤胴という女は、性悪の、年ふりの、草伏せ蛇だ!言葉をつむぐ舌にも、文字を書く指にも毒がある。先日の饗宴でもよく回る口で…くそ、よこせ!」 振り返って手紙をひったくると乱暴に封を破って貪るように読む。 「ふん!」

2018-01-24 22:22:14
帽子男 @alkali_acid

「赤胴様はなんと」 「…あの女が饗宴に呼んだ、薄汚いじじい。もぐりの錬金術師とかいうのは、東の帝国の密偵だとさ。分かり切ったことを…街が危機に陥れば…必ず事を起こすと…ふん…皇帝が先んじて財宝を抑えたとしたら、草原の汗はどう思うかと…そんなことは…」

2018-01-24 22:24:43
帽子男 @alkali_acid

「蛇め!」 傭兵衆の棟梁は一転してねめつける側となり、伝令役の男娼は涼しげなようすで受け止める側となった。 「俺と…傭兵衆…草原部族を…あの女の操り人形にさせはせんぞ」 「もちろんです。赤胴様は強髭様を抜け目のない方だとおっしゃっていました。ただ錬金術師の方も…」 「やかましい!」

2018-01-24 22:26:55
帽子男 @alkali_acid

「くそ…分かった。ここは街に恩を売ってやる…積み荷どもをリャマの群のように駆り立てればよいのだな…南の海賊がやる奴隷狩りのまねか…だが支払いは…」 「相場の十倍。赤胴様はお支払いすると」 「二十倍だ!!」 「承知いたしました」

2018-01-24 22:29:01
帽子男 @alkali_acid

緑踵は内心胸をなでおろして周囲をうかがう。傭兵衆は城壁の中への立ち入りに制限があり、たいていは市外区の隊商宿のそばに天幕を張って宿営する。 今回はそれが幸いし、地震が襲った際も軽傷あるいは無傷で済んだものが多い。 「赤胴様…やるだけのことは…いえ…まだですね…」

2018-01-24 22:32:44
帽子男 @alkali_acid

強髭は顎のしげみをかきむしりながら、商工組合の娘をほうりだし、さらにのしのしと歩き回る。 「牛頭、馬頭、忙しくなるぞ!まず…ん?あいつらはどこだ?」 いつの間にか、棟梁の用心棒を務めていた二人の大男は姿を消していた。はじめからいなかったかのように。

2018-01-24 22:34:31
帽子男 @alkali_acid

◆◆◆◆ 元冒険者の傭兵二人は巨躯には似合わぬ俊敏さで、混乱のきわみにある市外区を駆け抜け、城壁のむこう、街の中心へと向かっていた。 「牛頭!よかったのかよ?お前、棟梁の姪と祝言の話もあったんだろ」 「しょうがねえだろ…街がやべえん」 「街ねえ」 「まあ本当は街はいいんだけど」

2018-01-24 22:36:50
帽子男 @alkali_acid

二人は顔を見合わせる。 「視目(みるめ)の話じゃ、ヒロから手紙が来たんだろ」 「迷宮にもぐるってさ」 「帰ってきて早々。ヒロらしいなあ」 「嗅鼻のやつがあそこにこそこそ隠れてるからだろ」 「んー、犬どもと一緒になあ」 「でー、やっぱ俺達としてはー」 「ま、ヒロが戻ってきたとき」

2018-01-24 22:38:47