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ツイートまとめ 異世界小話~異世界に召喚されたらなにもしてないのに異世界がこわれた話・上編~ つづくハットマンズショークライマックス 他の小話は異世界小話タグで 2357 pv 3
帽子男 @alkali_acid
◆◆◆◆ 地震が起きた際、農協事務の青痣氏はちょうど、銀貨五百枚分の手形を握りしめて色町の通りを歩いているところだった。 足元が突然波うち、建物が煉瓦や漆喰や石材の欠片を振り落とし、やがて崩れ始めたとき、死ぬのだと思った。 童貞のまま。都会の享楽を何一つ知らぬまま。
帽子男 @alkali_acid
色町でこの頃はやっている「雅茶遊び」。 妓楼にあがって銀貨五枚を払って茶を飲み、椀の底から出てきた札に書いてある男娼や娼婦を抱けるという趣向。人によっては好みの敵娼(あいかた)が出るまで何杯も何十杯も干すという、あの戯れを、一度もせずに。
帽子男 @alkali_acid
大地は恵みを与え、また失わせる。恨める筋合いではない。 すべては青痣氏のつまらぬ性根のせいだ。せっかく雅茶遊びができる百枚つづりの切符をもらったのに、使わずに金に変えてしまうとは。 いつ命を落とすともしれぬのに、なぜせこいまねをしたのか。 悔やんでも悔やみきれなかった。
帽子男 @alkali_acid
世界が揺らぐ、悲鳴と恐慌のさなか、青痣氏は、屎尿を食らう蟾蜍(ひき)のごとく石畳に這いつくばり、すべてが落ち着くまでじっとしていた。 それから駆けだした。本来ならば農協の出店に戻ってようすを確かめるべきところだが、向かったのは裏通りにある飾り窓の家。 知り合いの娼婦のもとだった。
帽子男 @alkali_acid
おびえまどう客と同じくらいあわてふためく忘八、色町のやくざ達のあいだをかき分け、進もうとしたが、道を毀(こぼ)れ壊れた屋根や壁の一部がふさいでいるところがそこかしこにあり、簡単にはいかなかった。 けれども、北方人の巨漢は無我夢中だった。ほかの誰より必死だった。
帽子男 @alkali_acid
こけの一念というやつか、何とかなじみのある小路に入る。彫刻と象嵌、艶やかな色彩が彩っていた歓楽の景色はむざんに破れ、そこかしこですすり泣く人や、ぼうぜんと立つ人がいたが、青痣氏は一顧だにせず通り抜けた。
帽子男 @alkali_acid
街に出た魔物を避けようとして馬車に乗ったままはじめて迷い込んだのが、もう何年も前のようだった。 「黒曜さん…黒曜さん…!」 農協事務はがらにもなく、夢見るような口調で想い人の名を呼びながら先を急いだ。あるいは悪夢かもしれなかったが。 覚えているとおりの場所に娼婦はいた。無事で。
帽子男 @alkali_acid
だが一人ではなかった。そばにほっそりした、男娼らしき青年が立っている。そろって真剣な表情だ。 何かが青痣氏の足を止めさせた。 じっとようすをうかがう。どちらも射干玉(ぬばたま)の艶やかな肌と深い闇の瞳、夜の色をした縮れた豊かな髪をしている。兄妹あるいは姉弟なのだろうか。
帽子男 @alkali_acid
「赤胴様は…私とお前を…ともに解放した」 「そんな、色町の掟が許すはずがありません。私達の体はもう」 「あのお方にとって、色町の掟など邪魔なら蹴って壊してしまえる砂の城のようなものだ」 「でも…黒肩」 「黒曜。これが…最後の機会なのだ…私達夫婦が自由になる…」
帽子男 @alkali_acid
立ち聞きしていた青年の頭上を急に大きな風が吹き抜けていったようだった。 あたりは依然として混沌のきわみだったが、心はなぜか冷えてきていた。雪つもる北方の冬のように。 眼前で夫婦の会話はなおも続く。 「一座は北へゆく。それが計画だ。だが私達は南へ行ってよいと。ゆくべきだと」
帽子男 @alkali_acid
「…でも、街がこんなありさまなのに」 「だからこそだ。私達が南へゆくことが、人々を…私はその価値があるとは思わないが…助ける赤胴様の計画の一部なのだ…今は詳しく話しているひまはない。ついてきてくれれば道々話す…河の船着き場…そう。遠い昔に奴隷として水揚げされたあの場所へ…」
帽子男 @alkali_acid
青痣氏はうなだれた。これ以上聞くべきではない。他者の秘密を盗み取るのは恥ずべき行いだ。なすべきつとめを果たさねばならない。すぐ戻って農協の出店のようすを確かめなくては。 詰めているのは青年団出身の腕っぷしに覚えのあるものばかりだが、大地が相手では分が悪いはずだ。
帽子男 @alkali_acid
手形を投げ捨てようとする。 身請けの頭金にするつもりなどと、得意げに教えるつもりでいたさっきまでの胸算用が心底滑稽だった。周囲では人が崩れた家屋敷の下敷きになって死んでいるというのに、なんという愚かしさだったろう。 だが結局そうはせず、かくしにしまった。
帽子男 @alkali_acid
組合長が送ってきた、伝来の武器に指があたる。 嫁を守るために振るえと手紙にあったのを思い出す。だが戦いの道具など今は無益だ。瓦礫を片付ける屈強な青年団の男達が百人いてくれた方がずっと役に立つはずだ。
帽子男 @alkali_acid
元来た道を引き返そうとしたところで、獣のうなりを聞いた。 ぎょっとして振り返ると、瓦礫を乗り越えて魔物が二匹、あらわれたところだった。 「こんなときに…」 結局、組合長には先見の明があったという訳だろうか。ちっぽけな鎌と鎚を引っ張り出して両手に持つ。
帽子男 @alkali_acid
まだ多くの人は気づいていないが、黒肩という男娼、否、黒曜の夫は察したようだ。妻をかばうようにして、素手で応戦の構えをとる。 「無茶だ…」 二匹の魔物は人型で、どちらも女らしかった。長い手足を昆虫のごとく動かして、器用に損なわれた建物の上を這って来る。
帽子男 @alkali_acid
やけに張りのある四つの乳房が揺れ、茶色っぽい蜜をこぼす。宙にもたげた丸々した尻はやけに艶めいている。 青痣氏はせつな、魅入ってからあわててかぶりをふった。つくづく度し難い。 だから北方での土豪と農協の小競り合いでも、ぼんやり団長とあだなを頂戴したのだ。
帽子男 @alkali_acid
「黒肩!だめ!」 「…黒曜…お前は…見るな…私と、こやつらを」 射干玉の肌をした男娼が先に魔物に飛び掛かる。 「だめだ!!」 とっさに声をかけて、つっぱしる。冒険者ではないが、魔物に人間が武器もなく立ち向かえないのは分かる。 「自分が…やっ」 もう一匹の魔物が振り返る。
帽子男 @alkali_acid
ぞっとするような美貌だった。だが開いた口からはふぞろいな牙が覗いている。 「わわわわ」 魔物は跳躍して青痣氏にのしかかるとあっさりと組み敷いた。 「だんなじゃまああああ…ごほうじいだじまじょうがぁあ?」 人間の言葉で話しかけてきた。話しかけながら鉤爪をふるってくる。
帽子男 @alkali_acid
「ごめんなさい!」 童貞の馬鹿力(どうていのばかぢから)とでも、呼ぶべきだろうか。 農協事務は恵まれた体格を生かして、強引に女形の化生をはねのけると、鎚をふるった。 「ごかんべんを!」 柄の短い武器は届きもせず、魔物は一瞬きょとんとしてから、また総毛だつような嗤いを浮かべる。
帽子男 @alkali_acid
だが心臓が一つ打つより早く、ゆがみねじくれた淫蕩な肢体の、ありとあらゆる個所から芝麦が生え、ぎっしりと実りをつけた。 青痣氏はやましげなまなざしを投げかけながら、鎌を横凪ぎにした。 収穫が床に落ち、魔物は突っ伏してもう起き上がらなかった。 「…ああ…むごいまねをしてしまった」
帽子男 @alkali_acid
「青痣さん!どうしてここに?それにその武器は…?」 子供のような背丈をした女が駆け寄って来ると、巨躯の青年を見上げた。 「我が農協の初代組合長が冒険者だったころに愛用した、打ち出の鎚と…刈り取りの鎌です…」 「なんて不思議な」 「あまり好きじゃないんですよ…特に鎌の方…」
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