異世界小話~異世界に召喚されたらなにもしてないのに異世界がこわれた話・上編~

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帽子男 @alkali_acid

「そばにいてやらねーとな」 「だよなー」 四つ足の獣とまがう速さで駆けながら、息も乱さず、のんびりした口調で語り合う。 「どこいく?」 「やっぱ冒険者の酒場だろ…残ってるか分かんねえけどな」 「うん…ひでえな…こりゃ」 そこかしこで茫然とする人々、瓦礫の下にまだ生き埋めもいるはず。

2018-01-24 22:41:15
帽子男 @alkali_acid

「やっぱ俺達、棟梁んとこいた方がよかったかな」 「義理ははたしたぜ。ぼやも消し止めたし」 「ほんと地面が跳ねたと思ったら、次は倒れた天幕に火がつくんだもんな…街もどかで同じことが起きてるんじゃねえか」 「衛士隊の火防衆がなんとかするさ…」 「だといいけどよ…」

2018-01-24 22:43:06
帽子男 @alkali_acid

牛頭がいきなり手を斜め前方に向ける。 「おい馬頭。あれ!」 「あ?視目だ。あいつ何やってんだ。街がこんなありさまだってのに」 「あいつ馬鹿だからなー」 「うん」 潰れた家の屋根を跳び渡るようにしながら、鎖つきの鉄球をまといつかせた若者が何かを追っている。

2018-01-24 22:44:56
帽子男 @alkali_acid

「おい!今日こそぶっ殺してやるぞ!合成獣!!」 武器を打ち込んだ先を舞っているのは、魔王との呼び名を持つ異形だった。

2018-01-24 22:46:16
帽子男 @alkali_acid

◆◆◆◆ 魔王は、へし折れた鐘楼に着地すると、冒険者を睥睨した。 「今、いそがしいんだけど」 「うるせえ!しゃべんな!気が散んだよ!!」 爆発を産む鉄球が、鎖を打ち鳴らし、じぐざぐの軌道を描いて飛んでくる。 だが命中する寸前に、奇妙な虚空の歪みが生じ、方向をわずかに逸らした。

2018-01-24 22:50:12
帽子男 @alkali_acid

「…あいかわらず、話、きかないね」 「るっせえるっせえ!おかしな技使いやがって、何匹の魔物食ったんだよ」 「おぼえてない」 「とにかく、ぶっ殺す!」 白金紋章を得た冒険者、視目の振るう技は、粗雑で、でたらめなようでいながら、着実に逃げる獲物を追い込み、直撃を避けられなくする。

2018-01-24 22:52:49
帽子男 @alkali_acid

幾度かの対決で、魔王はしつこく追ってくる相手が、うわべよりずっと手強いのを理解していた。今回は避けようとはせず、逆に一気に間合いを詰める。風が渦を巻いて加速を助ける。 「ぬぉおお!?」 眼前まで迫って、牙をかちんと鳴らしてから、びろうどのような足の裏で胸を突き押し倒す。

2018-01-24 22:55:00
帽子男 @alkali_acid

「心、みだれてる」 「うるせえ!どけ!ぶっ殺す」 「街が、気になる?」 「どけ!どけ!」 「…あのさ。僕、君を知ってる」 「あ?」 「僕の首が、知ってる」 男とも女とも、少女とも少年ともつかない容貌がじっと冒険者をのぞきこむ。 「しら…ねえ…俺は…お前なんか」 「君も、僕を知ってる」

2018-01-24 22:57:11
帽子男 @alkali_acid

「僕…僕の首の持ち主を、色町に売ったね」 「…っ!!」 視目の双眸がかっと開かれる。 「お前は…あのときの…まさか…じゃあ…ヒロの」 「ヒロ?」 「そんな…はずはねえ…嗅鼻の馬鹿が…言ってただけだ…違う!どけ!くそ魔物が!どかねえと殺すぞ!」

2018-01-24 22:59:52
帽子男 @alkali_acid

だが冒険者は罵倒と裏腹に、幼馴染の女によく似た魔物の顔に心を奪われていた。所在なげに宙に浮かんでいた鎖鉄球が力なく地面に落ちる。 「俺は…信じねえ…お前が…ヒロの兄貴だなんて…そんなの…」 「ふうん」 「どうする気だ…仕返しが…してえのか…なめんなよ…地獄の猟犬団は…」

2018-01-24 23:02:24
帽子男 @alkali_acid

魔王はまぶたを閉じた。 「ヒロの友達は、殺さない」 「…っ…」 「だけど君の心は、もっとみだれる。それでは、だめ」 「わけわかんねえこと言いやがって!」 「つぐないをしろ、ぼうけんしゃ」 「…!?僧院の坊主でも食ったのかてめえ!」

2018-01-24 23:04:26
帽子男 @alkali_acid

獣はふみふみと、若者の胸を肉球で揉みながら語句を継ぐ。 「君には、つぐないがいる。心が乱れたら、君は、強くない」 「殺(や)るなら殺(や)れ!地獄の猟犬団のほかの仲間がお前を…」 「孤児をひとり売ったら、百人すくうんだ。千人でもいい」

2018-01-24 23:06:49
帽子男 @alkali_acid

「はあ?」 「君の、その武器。魔物にぶつける以外にも、つかいみちはあるだろ」 「なに言ってんだ…こいつはなあ、破壊の鉄球つって」 「じまんはいいから」 「ぐっ」 「たとえば、そのがれき。道、ふさいでる。馬車も人も、とおれない。逃げたい人、助けたい人、困ってる」

2018-01-24 23:08:43
帽子男 @alkali_acid

「だからなんだ!弱いやつらのことなんか知るか!」 視目はほとんど半狂乱になって反駁した。ヒロに似た容貌を見たくないのに注意を逸らせない。聞くたくもない話から耳をふさげない。 「君の武器なら、こわして通せる。あっというま…こなごなにできる。すなぐらい?ちりぐらい?」 「…」

2018-01-24 23:11:17
帽子男 @alkali_acid

「…できない?」 「できるに決まってんだろうが!煉瓦だの石だのなら砂利ぐらいにはできんだよ!爆発の威力だって俺が調整すりゃあなあ」 「じまんはいいから」 「ぐっ…」 「とにかく、つぐないをするんだ。ぼうけんしゃ。そうすればまた強くなる」

2018-01-24 23:12:55
帽子男 @alkali_acid

「…てめえの言いなりになんぞ」 「僕はいくよ。今日はほかにもまわるところがある…そうだ、名前、おしえてよ。ヒロの友達の、名前は知りたいな」 「視目だ!覚えとけ!お前を殺す男の名だ!」 「ふうん」 ひょいと冒険者の胸から前肢を離すと、魔王はまた翼をはばたかせた。

2018-01-24 23:14:42
帽子男 @alkali_acid

「視目。きをつけろ。すぐに、たくさんの魔物が来る。君の力は、ぜったいにひつようだ。だから、ゆだんするな」 「なっ…お前も魔物だろうが!」 「うん」 「くそ!!!やっぱ今殺す!」 視目が飛び起きると、鉄球が守るようにまといつく。 「…すべて終わったら、僕を殺してもいい」 獣は笑った。

2018-01-24 23:16:45
帽子男 @alkali_acid

冒険者は歯を食いしばった。だが武器は手元を離れない。 「お前、合成獣!名前は!」 「ん?」 「あんだろ!首の…ヒロの兄貴の名前が」 「ヒロは、言わなかった?」 「ああ…」

2018-01-24 23:18:26
帽子男 @alkali_acid

「佐藤太一…ヒロはタイ兄とかお兄ちゃんて、呼んでたよ」 「タイ…タイ!いいか!お前との決着は絶対つける!首がヒロの兄貴だからって…俺が昔お前を色町に売ったからって…容赦はしねえ!」 「うん」 「だから…それまで、ほかの冒険者だの、魔物だのにやられてくたばるんじゃねえ!いいな!」

2018-01-24 23:20:09
帽子男 @alkali_acid

魔王はくすぐったそうに首を振った。 「ふふ」 「…なんだよ」 「ヒロの友達が、ほんとうは、いい子で、よかった」 「はああ!?」 若者の怒声にはもはや応じず、合成獣は小さな竜巻を起こして、上空に昇っていった。

2018-01-24 23:22:32
帽子男 @alkali_acid

「なんなんだよあいつは!?ヒロに似た顔で…くそ…つぐなえだのなんだの…俺はなんも…」 視目は、獅子の肢が押した胸をさする。確かに宿敵が指摘した通り、早鐘を打っていた。頬も火照るのが分かる。 「おーい視目ー」 「生きてるかー」 大男二人が駆けてくる。牛頭と馬頭。

2018-01-24 23:24:52
帽子男 @alkali_acid

冒険者集団、地獄の猟犬団の古い仲間だ。 「ち、お前等…遅ぇんだよ。魔物を逃がしちまったじゃねえか」 「つーか食われそうじゃなかった?」 「お前、気が散るとほんとだめだよな」 「るっせえ!とにかく、いいな?ここに来たってことは」 「はいはい」 「それね」

2018-01-24 23:26:18
帽子男 @alkali_acid

白金紋章の冒険者が拳を突き上げる。 「地獄の猟犬団!再結成だ!!」 白銀紋章の二人が付き合いで続く。 「へーい」 「がんばろー」 不満げなうなりがこぼれる。 「ぐぅ…気合い足りてねーぞ…じゃあまず!」 「うん」 「なに」 「瓦礫を片付けんぞ!急いでな!」

2018-01-24 23:28:27
帽子男 @alkali_acid

牛頭と馬頭はむっつりして、めまぜを交わした。 「やっぱさあ」 「うん。棟梁のとこにいたほうがよかったかもな」

2018-01-24 23:29:23