砂塵の夜に

湾岸戦争で不時着した米軍パイロットが同じく味方に見捨てられた、ソ連のミグ25戦闘機に変身する羽根ッ娘と一緒に逃避行(と言う名のいちゃらぶ)する話 前に渋に上げてたのの再掲
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深海さかな @dzurablk_kai

その日はいかにも五月らしい、気持ちの良い朝だった。私がベッドから起き上がると隣で眠っていた妻も気配を察したのか、名残惜しそうにTシャツの裾を掴んできた。 「おはよう、キャシー」 「もう起きるの?」 #砂塵の夜に

2017-10-26 21:34:40
深海さかな @dzurablk_kai

緩やかにカールしたプラチナブロンドのロングヘアと共に背中の黒い羽根がわさわさと、犬の尾のように揺れる。真っ白なTシャツの胸元から除く柔らかな曲線がとても悩ましいアングルだ。 「もう少し寝てたいわ」 「でもハニー、腹が減ったんだ」 #砂塵の夜に

2017-10-26 21:34:59
深海さかな @dzurablk_kai

ベッドサイドの目覚まし時計は既に昼近くを指し示している。広い寝室には昨晩遅くまで愛し合っていた余韻が、寝不足の気怠さとともに微かに漂っていた。 「・・・目の前にご馳走があるのに、私以外に浮気するつもり?」 #砂塵の夜に

2017-10-26 21:35:12
深海さかな @dzurablk_kai

そうジョークで返すと彼女は、たわわな胸が強調されるようにわざと腕を寄せてみせた。たくみに弱点を突いた攻撃。とうやら根負けする他無いらしい。 「今度は君が降参してもやめないからな?」 「あら、アナタにできるかしら」 唇を奪ってくる妻の下腹部へ手を伸ばした。 #砂塵の夜に

2017-10-26 21:36:08
深海さかな @dzurablk_kai

結局、その日朝食にありつけたのは午後三時過ぎになってからだった。 フロリダの強めな日差しも峠を過ぎ、キャシーが目玉焼きを作る小気味よい音をBGMにソファでコーヒーを飲もうとした時のことだ。唐突に玄関の呼び鈴が鳴った。 「アナタお願い、手が離せないの」 #砂塵の夜に

2017-10-26 21:36:20
深海さかな @dzurablk_kai

キャシーに短く返事をしてから戸口へ向かうと、玄関の網戸越しに、ブルースーツに身を包んだ二人の士官が立っていた。ボクシングかラグビー選手の方が職業選択としては最適だったのではないか、と言いたくなるような胸板の厚さが醸し出す、二人分の威圧感に自ずと気圧される。 #砂塵の夜に

2017-10-26 21:36:28
深海さかな @dzurablk_kai

背後に止まるハンヴィには、憲兵であることを示す赤色灯。一抹の不安が胸をよぎる。 「ケニーさん? ケニー・ジェームズ元中尉?」 「ええ、そうですが」 #砂塵の夜に

2017-10-26 21:36:41
深海さかな @dzurablk_kai

「エグリン空軍基地のチェディアックです。こっちはゴーシェ。あなたが昔所属していた部隊のことでお話が」 私のかつての勤務地であり、アメリカ全土で一、二を争う空軍の研究開発拠点の名前が廊下越しに気も聞こえたのだろう、 #砂塵の夜に

2017-10-26 21:41:08
深海さかな @dzurablk_kai

不穏な雰囲気を察したキャシーがエプロンで手を拭きながら顔を出す。 「あの、どういったご用件でしょう? 私の軍歴で何か問題が・・・?」 そう問いかけると、屈強な白人二人組は微かに口元を緩めた。 #砂塵の夜に

2017-10-26 21:41:23
深海さかな @dzurablk_kai

「いえ、あなたのことではありません。かつての同僚について、いくつか確認したいだけです。中に入っても?」 #砂塵の夜に

2017-10-26 21:41:32
深海さかな @dzurablk_kai

リビングのソファで向かい合った二人は、持参した書類カバンから小さな封筒を取り出した。促され掌に空けるとそこにあったのは、焼け焦げたドックタグ。 「名前に見覚えがあるのでは?」 一瞬言葉が出なくなる。そこにあったのは、かつて共に編隊を組んでいた、仲間の名前だった。 #砂塵の夜に

2017-10-26 21:42:48
深海さかな @dzurablk_kai

「彼は私と出撃した最中に撃墜されて行方不明になったはずです。まさか、彼が見つかったのですか?」 「そのまさかです」 ゴーシェが一枚の写真を取り出す。 #砂塵の夜に

2017-10-26 21:43:01
深海さかな @dzurablk_kai

そこに写されていたのは、機体後部が半分砂に埋もれた、一機の戦闘機であった。巨大なエアインテークとふくよかに膨らむレドーム、二枚の垂直尾翼はF14にそっくりだ。 #砂塵の夜に

2017-10-26 21:43:12
深海さかな @dzurablk_kai

「これは先日イラクで発見された、ミグ25です。彼のドックタグはこの機体のコックピットにあった遺体から見つかりました」 「そんなバカな!?」 #砂塵の夜に

2017-10-26 21:43:27
深海さかな @dzurablk_kai

ミグといえば湾岸戦争で敵として対峙した機体のはずである。なぜそんな機体から彼の所有物が見つかると言うのか。 「それが私たちにもわからないのです。彼が撃墜されたときにそれを目撃したあなたなら、何かご存じかと」 #砂塵の夜に

2017-10-26 21:43:36
深海さかな @dzurablk_kai

ゴーシェに続いてチェディアックも身を乗り出す。 「何でも構いません、彼は確かベイルアウトしていたのですよね?」 「その通りです」 「その着地点の近くにイラク軍の車両が近づいていたとか、その、申し上げにくいのですが・・・」 #砂塵の夜に

2017-10-26 21:44:30
深海さかな @dzurablk_kai

「トムが殺されてから持ち物を略奪されたか、或いは敵に寝返った、ということですか?」 「ええ」 しばしの沈黙。それを破ったのはキャシーだった。 「あの、夫がそのご遺体や機体に、面会することは可能ですか? 実際に確認してみたら何かわかるかもしれません」 #砂塵の夜に

2017-10-26 21:44:41
深海さかな @dzurablk_kai

流石に二人の憲兵もその言葉には呆気にとられた様子だったがややあって思い出したように口を開いた。 「え、ええ。ご足労頂けるのであれば是非。機体はカリフォルニアに運ばれることになってますので、便を用意させますよ」 こうしてかつての戦友の足跡を辿る奇妙な旅は幕を開けた。 #砂塵の夜に

2017-10-26 21:46:18
深海さかな @dzurablk_kai

軍の協力者という名目半分、退役軍人というコネ半分で乗せてもらえた輸送機での空の旅は、始終騒がしいものだった。軍用機に初めて乗ったキャシーは、離陸するや否や畿内をせわしなく歩き回り、 #砂塵の夜に

2017-10-26 21:50:55
深海さかな @dzurablk_kai

同乗した貨物の面倒を見る若い下士官を矢継ぎ早な質問攻めで当惑させている。まるでハロウィンの子供のような有様だ。いくら童顔で性格も子供っぽいとはいえ、とても30を過ぎた女性の振る舞いには思えない。 #砂塵の夜に

2017-10-26 21:51:03
深海さかな @dzurablk_kai

目的地について降りようとした時には、フロリダのエグリン空軍基地からカリフォルニアのエドワーズ空軍基地へ合衆国全土の横断を終えたグローブマスターの畿内は、キャシーが振り撒いた背中の羽根でデッキも座席も羽毛布団を破裂させたような有様だった。 #砂塵の夜に

2017-10-26 21:51:28
深海さかな @dzurablk_kai

お蔭で後で掃除をすることになるであろう若い兵たちにチップと称して渡す小遣いが倍に増える羽目に。こうして私の先輩風を吹かして若き士官たちに尊敬のまなざしを向けられる目論見はキャシーの手で完璧に粉砕されたのであった。 #砂塵の夜に

2017-10-26 21:51:41
深海さかな @dzurablk_kai

到着すると私は出迎えの憲兵への挨拶もそこそこに、さっそく件の機体が眠る格納庫へと案内させてもらった。 「これがミグ? おっきいのねえ」 #砂塵の夜に

2017-10-26 21:51:47
深海さかな @dzurablk_kai

これまた初見となる戦闘機に、歓声を上げるキャシー。喜んでくれるのは元ファイターパイロットとしてとても嬉しいが、隅の方で声を殺して笑う整備員の方にも、もう少し注意を向けてほしい。顔から火が出そうだ。あとでよく言い含めておかねば。 「所持品はこちらに集めてあります」 #砂塵の夜に

2017-10-26 21:52:38
深海さかな @dzurablk_kai

そう言う憲兵を手で制すと私は真っ先に、タラップを上ってコックピットを覗き込んだ。モスグリーンのペンキで一色に塗られた、どこか貧乏臭さを感じさせる機内は、今ではすっかり見かけなくなったアナログな計器が埋め尽くし、さながら冷戦末期の生き証人という風貌である。 #砂塵の夜に

2017-10-26 21:52:54
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