砂塵の夜に

湾岸戦争で不時着した米軍パイロットが同じく味方に見捨てられた、ソ連のミグ25戦闘機に変身する羽根ッ娘と一緒に逃避行(と言う名のいちゃらぶ)する話 前に渋に上げてたのの再掲
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深海さかな @dzurablk_kai

ついさっきまで会話を交わしていた少女が最初から存在すらせず、機体相手に話し続けていたかのような錯覚。俺の混乱と記憶の混濁がピークに達する直前に巨大なスチールの塊は再度少女の造形に戻った。否、少女の記憶と存在に戻った。 #砂塵の夜に

2018-02-05 22:58:53
深海さかな @dzurablk_kai

「これは元々、森で木々に擬態して得物を取るための能力だった。それが今では貴様らパイロットのお守りに使われてるというわけだよ。どうだ、これでわかったろう」 「あ、ああ。驚いたよ。それにしても少し残念だな。あの見事な機動をしていたパイロットには是非会いたかったんだが」 #砂塵の夜に

2018-02-05 22:59:11
深海さかな @dzurablk_kai

混乱する意識を現実に引き戻すために、俺は敢えて無難な会話に引き戻した。すると少女はまたしても、冷めた瞳で失笑をこぼした。 「ああ、あのとき奴は何もしていなかったさ。貴様らに見つかった途端震えあがって操縦できなくなったんだ。あの操縦は私が一人でやってたんだよ。」 #砂塵の夜に

2018-02-05 22:59:27
深海さかな @dzurablk_kai

「それがパイロットを毛嫌いする理由か?」 そう返した途端少女の顔からは笑みが消え、細められていた瞳が怒りを湛えて見開かれた。 #砂塵の夜に

2018-02-05 22:59:45
深海さかな @dzurablk_kai

「いいや、奴が私を見捨ててベイルアウトしたからだ! ただロックオンされただけでだぞ!? 貴様も今こうして地上にいるということは、奴のような腰抜けの同類なんだろう!!」 「それは違う」 #砂塵の夜に

2018-02-05 22:59:56
深海さかな @dzurablk_kai

俺は感情的になる彼女を前に、努めて冷静な声で答えた。 「俺は機体を見捨てて逃げ出したわけじゃない。愛機が着陸するまで乗ってたさ。もっとも、減速途中で誤って射出レバーを引いちまったけどな。嘘だと思うなら機体まで案内しようか?」 #砂塵の夜に

2018-02-05 23:00:08
深海さかな @dzurablk_kai

少女はしばし考え込んでいた様子だったが、やがて根負けしたかのようにため息をこぼしながら、ぶっきらぼうにライフルを突き返した。 「貴様の言うことを信用する訳じゃないぞ。ただ、貴様の機体に挨拶してみたくなっただけだ」 #砂塵の夜に

2018-02-05 23:00:24
深海さかな @dzurablk_kai

「そうかい。俺はトムだ、よろしくな」 「だから気を許したわけじゃないと言っているだろう」 そう口では言いながらも、体はうずうずそわそわと年相応な子供のように、落ち着きなく動いている。どうやら少なくとも、殺意は取り下げてくれたようであった。 #砂塵の夜に

2018-02-05 23:00:40
深海さかな @dzurablk_kai

無人で飛び去ったホーネットには、三十分も歩くと再開することができた。随分と長いこと離ればなれになっていた気のする愛機は、砂丘に半分頭を埋めながら主翼より後ろの下半身だけを覗かせている。 #砂塵の夜に

2018-02-05 23:01:00
深海さかな @dzurablk_kai

それはまるで撃墜された恥ずかしさに顔を隠しているかのようで、愛機にそのような無様な行為を強いた罪悪感に、俺の胸はまたずきりと疼いた。 「すごい・・・。 こんな機体、見たことないぞ!」 #砂塵の夜に

2018-02-05 23:01:17
深海さかな @dzurablk_kai

陰鬱な気分に陥る俺とは対照的に、FA18に案内すると少女は盆と正月が同時に来たような有様で、せわしなく機体の周囲を走り回ってはエアインテークやエンジン、計器類を触り始めた。 #砂塵の夜に

2018-02-05 23:01:38
深海さかな @dzurablk_kai

「なあ、本当に機械の力だけでこんな機体が作れるのか? 本当は私みたいな人間なんじゃないだろうな!?」 「ああ、純粋な機械だよ」 #砂塵の夜に

2018-02-05 23:01:59
深海さかな @dzurablk_kai

「機械だけであれほどの性能を引き出せるなんて、何度聞いても信じられないな・・・! 計器の形も積んでいる武器の破壊力も私の国に機体とはまるで違うし、驚愕を通り越して感動を覚える!」 俺からしたら生きた戦闘機が他の戦闘機を楽しそうに弄り回している方がよほど驚愕なのだが。 #砂塵の夜に

2018-02-05 23:02:22
深海さかな @dzurablk_kai

「これで信じる気になったか?」 「最後に一つ、聞かせてくれ。」 少女はコックピットに上半身を突っ込んだまま、静かな声で問いかけた。 「お前はなんで、最後まで機体を捨てなかったんだ? そっちの国はこんな機体を目一杯持ってるんだ、乗り換える機なんていくらでもあったろうに」 #砂塵の夜に

2018-02-05 23:02:38
深海さかな @dzurablk_kai

俺は一瞬言葉に詰まる。 「ああ、それは・・・前に一度、ベイルアウトしたことがあったんだ。まだ訓練生だった頃の話だ。その時に機体を見捨てたことが、最後の最後までどうしても忘れられなかった」 #砂塵の夜に

2018-02-05 23:03:00
深海さかな @dzurablk_kai

少女はこちらを振り返りしばし黙りこくった後に、顔は逸らしたままぶっきらぼうに右手を差し出した。 「・・・リトゥーチャ・ムイーシだ。皆は私をリーチャと呼ぶ。少しなら、世話になってやってもいい」 「やれやれ、遅めな自己紹介だな」 #砂塵の夜に

2018-02-05 23:03:24
深海さかな @dzurablk_kai

思わず苦笑いをこぼす俺に、にやりと笑って見せるリーチャ。 こうして一人と一羽の奇妙な旅は幕を開けた。 #砂塵の夜に

2018-02-05 23:03:38
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