砂塵の夜に

湾岸戦争で不時着した米軍パイロットが同じく味方に見捨てられた、ソ連のミグ25戦闘機に変身する羽根ッ娘と一緒に逃避行(と言う名のいちゃらぶ)する話 前に渋に上げてたのの再掲
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深海さかな @dzurablk_kai

その機内で私は、あるものを探した。 「あら? この子、主翼が折れてるの? かわいそう、砂の重みかしら?」 妻の一際大きな声に振り返ると、キャシーは床に置かれたテニスができそうなほど広い主翼に触ろうとしているところだった。 #砂塵の夜に

2017-10-26 21:53:06
深海さかな @dzurablk_kai

慌てて駆け寄る整備員や憲兵たち。その隙に乗じて私は、機内に巧妙に隠されていた『あるもの』を首尾よく上着の内ポケットへ隠した。 #砂塵の夜に

2017-10-26 21:53:22
深海さかな @dzurablk_kai

機体とかつての戦友の関与を否定する私の証言がよほど効いたのか、現場検証は思っていたより遥かに早く終わった。憲兵に送られてモーテルに着くや否や、キャシーはベッドにダイブしながら明るい声を上げる。 #砂塵の夜に

2017-10-26 21:54:44
深海さかな @dzurablk_kai

「わー、アメリカ軍って気前がいいのね! 素敵なお部屋!」 だがそんな妻の可愛らしい仕草を目にしても、¥暗鬱なままの私の気持ちは晴れなかった。理由はわかっている、あの機体だ。 「もう、いつまで仏頂面しているつもり? 結局あの機体は彼のじゃなかったんでしょう?」 #砂塵の夜に

2017-10-26 21:55:43
深海さかな @dzurablk_kai

「いや・・・それは違う」 「なんで? アナタがさっき兵隊さんたちに説明してたじゃない」 「あれは、間違いなくトムが乗っていた機体だよ。」 「じゃあ、さっき言ってたのって・・・」 #砂塵の夜に

2017-10-26 21:55:53
深海さかな @dzurablk_kai

「あれは嘘だよ、アイツの名誉のために芝居を打ったんだ」 「でも、どうして彼があの機体に乗ってたと分かったの? 遺体は損傷が激しくてDNA検査でもわからないって、兵隊さんたちも言ってたのに」 「これさ」 #砂塵の夜に

2017-10-26 21:56:01
深海さかな @dzurablk_kai

私はコートの内ポケットから、先ほどコックピットで見つけた物を取り出したそれは。 「・・・手帳?」 「ああ、アイツはやたらと筆まめでな。飛ぶときはいつも座席の下に、日記をしまってたんだ。これは間違いなく、アイツの日記だ」 #砂塵の夜に

2017-10-26 21:56:12
深海さかな @dzurablk_kai

「そこには何が書いてあるの?」 「まだ見ていない、これから読んでみるつもりだ」 これを読めばなぜ優秀な米軍パイロットだったトムがイラク軍機と共に見つかったのか、その理由が見つかるかもしれない。そんな困惑と疑問を打ち消すべく私はボロボロのスクラップブックを開いた #砂塵の夜に

2017-10-26 21:56:58
深海さかな @dzurablk_kai

その日のペルシャ湾は季節外れな風が吹き荒れていた。低く立ち込めた雲や荒れ狂う波。天気予報によるとやがてこの地には、風が引き連れてきた低気圧が吹き荒れることになるはずだ。それはまるで現在進行中の、多国籍軍による「砂漠の嵐作戦」を、天が祝福するかのような光景だった。 #砂塵の夜に

2018-02-05 20:05:42
深海さかな @dzurablk_kai

「メインホイール」 「チェック」 「レドーム」 「チェック」 「ディフューザー」 「クリアー」 「左右インテーク」 「チェック」 「射出シート」 「OKだ」 #砂塵の夜に

2018-02-05 20:06:02
深海さかな @dzurablk_kai

射出シート、その名前を聞いた瞬間、俺の心臓が一瞬不整脈を打ったかに思えた。訓練生時代初めての単独飛行で、ベイルアウトして機体をダメにしてしまった記憶が蘇ったのだ。あのときに感じた担当整備士と機体への申し訳なさは、人生で最も苦々しい記憶だ。 #砂塵の夜に

2018-02-05 20:09:05
深海さかな @dzurablk_kai

あんな醜態は二度と繰り返さない、そう心中で愛機ホーネットに誓い、俺はまた発艦準備に意識を戻す。 降り始めた小雨がキャノピーを叩く音を小耳に挟みながら、俺はF/A18の出撃前点検の最終段階に入った。幾度となく繰り返した退屈な前戯は、いつもよりかなり長引いている。 #砂塵の夜に

2018-02-05 20:09:28
深海さかな @dzurablk_kai

原因は後席のフライトオフィサ、新人のバーガディシュ・ブロス少尉だ。まだ数回の出撃しかしていない、士官学校から出たばかりの若い新人は、後席で必死にうろ覚えなスイッチを操っていた。 #砂塵の夜に

2018-02-05 20:09:44
深海さかな @dzurablk_kai

(焦るなよホーネット、お前が早く飛びたいのは分かってるさ、俺だって同じ気持ちなんだ) はやる愛機をなだめながら俺は、心なしスイッチを繰る手を速めつつ、更に項目を読み揚げていった。 #砂塵の夜に

2018-02-05 20:09:54
深海さかな @dzurablk_kai

「アームハンドル、コピー」 「ハンドル、チェック、IFF異常なし」 「DDI、MPCD、HUD」 「すべて異常なし」 「おい、急げよ」 しまった、遂に催促が口にでてしまった。 #砂塵の夜に

2018-02-05 20:10:13
深海さかな @dzurablk_kai

「ええ、すみません。」 だがバーガディシュの口調は相変わらず。いよいよ目の前のスイッチを飼い馴らすことに必死らしい。 「FCS、ECS、AWP」 「チェック、オールグリーン」 「発艦用意」 #砂塵の夜に

2018-02-05 20:10:28
深海さかな @dzurablk_kai

「コピー、発艦用意」  ようやく永遠に続くかのようなリストを読み上げ終わり、口元の無線マイクにそう告げると、甲板上の発艦士官から無線が入った。 《OK、フルスロットル15%》 「コピー15、二番点火」 #砂塵の夜に

2018-02-05 20:10:49
深海さかな @dzurablk_kai

長年トムキャットの轟音を耳にしていた身としてはいささか静かに感じられる、淑女を思わせる低い唸り声が上がる。 《二番点火確認。ECSタービンオンライン》 #砂塵の夜に

2018-02-05 20:11:39
深海さかな @dzurablk_kai

「コピー。ノズル73%、オールクリア」 発艦準備はすべて完了。黄色いベストの甲板要員がサムズアップ。そのまま空母の艦首に向けて片膝をつきしゃがみこむ。カタパルト始動の合図である。 #砂塵の夜に

2018-02-05 20:20:18
深海さかな @dzurablk_kai

甲板にもうもうと吹き上がる水蒸気を横目に俺は、射出の反動でガク引きしないために操縦桿から手を離した。  黄色ジャケットからの続いての指示は、前方を勢いよく指差す「前方を注視せよ」。いよいよ発艦、ひときわ胸が高鳴ってくる。 《発艦を許可する》 #砂塵の夜に

2018-02-05 20:20:41
深海さかな @dzurablk_kai

その直後愛機は水蒸気の尾を引きながら打ち出された。一秒もせぬうちに時速三百キロ近くまで加速されたホーネットは甲板を離れた一瞬、力を溜める幅跳び選手のように機体後部を沈める。身体にかかるGが消えるその隙を逃さずに俺は手早く、だが慎重に操縦桿を引き、スロットルを最大へ。 #砂塵の夜に

2018-02-05 20:30:16
深海さかな @dzurablk_kai

エンジン出力と共に揚力を増した機体は一挙に高度を取って上昇していった。 「エアウルフ2よりタワー、発艦は無事成功した」 《了解、グッドラック》 こうして俺と愛機の任務は幕を開けた。 #砂塵の夜に

2018-02-05 20:30:39
深海さかな @dzurablk_kai

万一発艦に失敗した場合に備えて空母付近で待機してくれていた救難ヘリに、何度か翼を振って謝意を伝えた後、隣で同時に発艦したケニーの機と共に機種を北に向けた。  この日の任務はCAP、すなわち戦闘空中哨戒。 #砂塵の夜に

2018-02-05 20:43:44
深海さかな @dzurablk_kai

サウジの基地からバグダッド北東部の基地攻撃へ赴くA6攻撃機に同行し、敵機との空中戦に備える、いうなれば護衛任務である。だがこの湾岸戦争が始まってからさほど時間を要さず、イラク空軍は多国籍軍の攻撃にほぼその能力を失している。 #砂塵の夜に

2018-02-05 20:44:02
深海さかな @dzurablk_kai

そんな空中戦など起きるはずもない空域でCAPに就くのは、ただ飛ぶだけの退屈で無意味な任務にしか思えなかった。 #砂塵の夜に

2018-02-05 20:44:19
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