VCASI公開研究会「社会のルールについてV: 社会と個人の相互性への実験的アプローチ」

東京財団 VCASI(http://www.vcasi.org)の公開研究会の実況まとめです。
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安田 洋祐 @yagena

絶対来ると思ったこの質問<「Common Knowledge」の解釈/定義についてby金子御大 (@vcasi_org live at http://ustre.am/GPQ)

2010-03-31 13:39:18
安田 洋祐 @yagena

Markus&Kitayama(1991)のGoogle Scholar引用件数はなんと5988件! (@vcasi_org live at http://ustre.am/GPQ)

2010-03-31 13:43:20
Akito Inoue @hiyokoya6

Q:成田:文化的自己観、というのは説明のためにつくられた概念ではない、ということでしょうか。(@vcasi_org live at http://ustre.am/GPQ)

2010-03-31 13:43:38
Akito Inoue @hiyokoya6

山岸:そうですね。彼らはそのことははっきりとは言わずに、ときどき説明風のことも言うのですがw (@vcasi_org live at http://ustre.am/GPQ)

2010-03-31 13:44:11
Akito Inoue @hiyokoya6

山岸:彼らは文化を自己観、人間観、世界観として定義しています。ものを見るときの枠組みなんだ、という言い方をするわけです。(@vcasi_org live at http://ustre.am/GPQ)

2010-03-31 13:45:20
Akito Inoue @hiyokoya6

山岸:たとえば、日本人とアメリカ人に画像を見せると、目の動きも違っている。それは人間とは何か、世界とは何かという枠組みが違うから。目に付くものが違う。(@vcasi_org live at http://ustre.am/GPQ)

2010-03-31 13:46:45
安田 洋祐 @yagena

@kensuzuki そして金子先生のRepeated Game嫌いもRevealされた、と邪推(笑)

2010-03-31 13:47:13
Akito Inoue @hiyokoya6

山岸:そういう人たちがコミュニケイトすると、世界観や人間観が維持される。観単にまとめると、そういう人々の間では、自然とそういう見方や考え方が身につくようになる、ということ。 (@vcasi_org live at http://ustre.am/GPQ)

2010-03-31 13:47:57
Akito Inoue @hiyokoya6

山岸:西洋的な独立した自己観と、人間間を想定するような自己観ではだいぶ違う。(@vcasi_org live at http://ustre.am/GPQ)

2010-03-31 13:48:43
Akito Inoue @hiyokoya6

山岸:信念をもちはじめると、目につきはじめるところも異なる。そうなると、そのような事実を「裏付け」として集積しはじめる。 (@vcasi_org live at http://ustre.am/GPQ)

2010-03-31 13:51:00
Akito Inoue @hiyokoya6

Q:金子守:しかし、その話は文化人類学では1930年代ぐらいからの基本的なはなしでは??なぜ、こんな話が1990年代になって「新しい」ということになったのかが驚きなのですが。 (@vcasi_org live at http://ustre.am/GPQ)

2010-03-31 13:51:53
Akito Inoue @hiyokoya6

山岸:それはそうです。ただ、これは心理学の中から、ということですね。考え方は確かにそういったところから来ています。ただし、目の動きなどを測定するなど、心理学的な方法論の中で捉えられるようになった (@vcasi_org live at http://ustre.am/GPQ)

2010-03-31 13:52:46
Akito Inoue @hiyokoya6

山岸:考え方として言っていることは確かに同じではあるのですが。  金子:なるほど。それなら、わかりました。 (@vcasi_org live at http://ustre.am/GPQ)

2010-03-31 13:53:38
Akito Inoue @hiyokoya6

山岸:そうした「心のくせ」をつけ、特定の仕方で動機づけられた人間を、私は文化的エージェント、と呼びたいと思っています。 (@vcasi_org live at http://ustre.am/GPQ)

2010-03-31 13:54:59
Akito Inoue @hiyokoya6

山岸:私は、最近、文化心理学の教科書を書いたのですが、…ただ、進化心理学が… (@vcasi_org live at http://ustre.am/GPQ)

2010-03-31 13:55:52
Akito Inoue @hiyokoya6

山岸:ただ、心理学系の人は「均衡」のような発想がなかったりする。「適した」という言葉の意味が、違うことが多い。心理学的な「適応」がしっくりする、という発想になっていたりする。進化論的なものと違う。 (@vcasi_org live at http://ustre.am/GPQ)

2010-03-31 13:59:57
Akito Inoue @hiyokoya6

Q:松井:ゲーム理論で言うところの複数均衡があって、西洋的な均衡があって、東洋的な均衡がある、というような読み方もできると思いますが A:山岸:私の考えに近いです。(@vcasi_org live at http://ustre.am/GPQ)

2010-03-31 13:58:53
Akito Inoue @hiyokoya6

Q:青木:preferenceとどう違うのか、ということは大問題では A:山岸:そうですね。心理学者は、preferenceよりも、動機付けという言葉の使い方をする。 (@vcasi_org live at http://ustre.am/GPQ)

2010-03-31 14:01:22
Akito Inoue @hiyokoya6

山岸:何が違うかというと、ゲームがない 金子:ゲームはなくてもいい 山岸:特に重視されてしまうのは「意味」の世界なんですね。私の目からみると<行動>および<行動が生みだす帰結>というものがない。 (@vcasi_org live at http://ustre.am/GPQ)

2010-03-31 14:03:56
Akito Inoue @hiyokoya6

青木:僕の言った話の半分ぐらいしか見ていないということか 山岸:その中でもちょっとせまいですね。 (@vcasi_org live at http://ustre.am/GPQ)

2010-03-31 14:04:36
Akito Inoue @hiyokoya6

山岸:話を戻しますと、私は進化心理学的な考え方にシンパシーを感じています。こころは生存と生殖に必要な資源を手に入れるための道具。 (@vcasi_org live at http://ustre.am/GPQ)

2010-03-31 14:05:32
Akito Inoue @hiyokoya6

金子:いま、文化心理学の立場から、ということで批判的に説明された話はフォンノイマンの基本的な立場でもあったわけです。成功はしていなかったのですが。 山岸:ただ、その理解は文化心理学だと違ったりする。 (@vcasi_org live at http://ustre.am/GPQ)

2010-03-31 14:02:58
Akito Inoue @hiyokoya6

山岸:ただ、そうした発想は、ニッチ構築の問題を無視しているのではないか、という批判がある。ヒト活動そのものが適応すべき環境を生みだしている。たとえば、ビーバーのダム構築活動を考える。(@vcasi_org live at http://ustre.am/GPQ)

2010-03-31 14:07:42
Akito Inoue @hiyokoya6

山岸:ジーンとカルチャーの共進化みたいな話と相性がよいだろう。 (@vcasi_org live at http://ustre.am/GPQ)

2010-03-31 14:08:14
Akito Inoue @hiyokoya6

山岸:人間の場合、他者の行動の分布、というのが適応すべき人工環境としてあらわれることなる。 (@vcasi_org live at http://ustre.am/GPQ)

2010-03-31 14:08:55
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