ストレイトロード:ルート140(33周目)
- Rista_Bakeya
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朝から藍の顔色が良くない。心配して声をかけたが本人は平気だと言い張った。「それより支度はできたの」だがその直後、息がつかえたかと思うと、咳が止まらなくなってしまった。口と鼻をハンカチで覆っても気まずい顔をしていると判る。今、藍に急ぐ理由はない。ただ医者にかかりたくないだけなのだ。
2018-02-20 19:21:26「賊を討て!」最初に叫んだのは誰か。元議長の邸宅を囲む市民が口々に同じ言葉を発しては判別できない。彼らが門を破るのも時間の問題かと思われたその時。「あっちに逃げた!」庭に隠れた藍の声が風に乗って拡散すると、群衆が雪崩れるように移動を始めた。罠だと叫ぶ声もしたが従う者は少なかった。
2018-02-21 19:04:46森を破壊する怪物に一羽の鷹が立ち向かう。ポスターの構図だけでそんな筋書きの映画だと察した。「この話知ってる」人々の願望をわかりやすく投影させた話だ、既視感もあるだろう。と思いきや藍は意外な言葉に繋げた。「あの時の鷹、多分今もあの動物園にいると思う」実話の当事者を知っているらしい。
2018-02-22 18:44:40「今日はうまくいかない気がしてきた」藍は空を見上げて唸った。彼女は大気に干渉できるが、その内容は限定される。呼吸するように風向きを変えてみせても、雨を降らせるのはひと苦労という具合に。「風が、こう、ザラザラしてる時の方がうまく雨を呼べるの」空気中の塵が少ないと言いたいのだろうか。
2018-02-23 19:22:25風の魔女へのインタビューは順調に進んだ。最後に表紙用の写真を撮るという。撮影の準備が進む中、メイクを直される藍の元に記者が箱を持ってきた。「これ、使ってください」細かな装飾を施された杖が並んでいた。「わざわざ用意させたの?」「いえ、僕の趣味で」記者の語りは取材より楽しそうだった。
2018-02-24 19:12:23梃の原理は図解だけで説明するより実例に触れさせた方が飲み込みやすい。藍の場合も教科書を広げた時よりは素直に話を聞いてくれたが、その理解は不十分だったらしい。「昨日の話ってこういうことでしょ?」路面の陥没にはまった車を持ち上げるべく板と支点を用意したはいいが、板が折れただけだった。
2018-02-25 19:55:45工場の外には各地から集まった金属製品が敷き詰められていた。昔は山積みにしていたが、怪物の足場にされないよう均したという。「見た目はこんなだけど、素晴らしい鉱脈なんだ」工場長が資源の名を列挙する間に、藍が銅らしき板を拾ってきた。人名らしき文字が見えた。「その鉱脈はどこから来るの?」
2018-02-26 18:55:23地下深くを目指すエレベーターの中で藍が天井を見上げた。「上の方では何してるの?」「通過した階層のことですか」手元の案内図に記述はない。居住区に着いてから作業員に聞くと、ほとんどがインフラ関連の施設で、最も浅い場所では植物の苗を栽培しているという。「地上の人間に高く売ってやるのさ」
2018-02-27 18:46:12少女の一言が風を呼ぶなど、十年前の私が聞いても俄には信じなかっただろう。そんな私は今、その少女に頼まれて海風の風速を計算している。「こんな複雑な式になるの」「毎日の宿題をきちんと自分で解けるようになれば、いずれこの内容も解りますよ」俄仕込みでは覚えられない呪文を黒板に書き続けた。
2018-02-28 18:47:32木で出来た枠が私達の前を絶えず往復し、一枚の布が織られている。緯ともいう横糸の色が換わると、それまで白一色だった平面に鮮やかな模様が現れた。「かつては広い工場で大量生産していた時代もあったんですよ」藍への説明の緯は手織りの技術を守り通した者の誇りか。古い時代の人間は黙っていよう。
2018-03-01 19:48:22140文字で描く練習、1623。緯(ぬき)。 経(たて)糸と緯(よこ)糸が、「緯度」「経度」の語源らしい。
2018-03-01 19:48:29日射しが強い。車体も空気も熱を帯びている。進行方向で輝く太陽に幾度も視界を遮られ、道の左右が時折見えない。危険を感じて車を止めた。「今通った岩の前、先程も通りませんでしたか」藍はわざわざ窓を開けて外を確かめた。「全然違うけど」残像の間に嘘のない目を見た。「熱でもあるんじゃない?」
2018-03-02 19:49:14ある大学教授からのメールを藍が私に転送してきた。彼女が倒した怪物の解剖の報告だったが、難しい単語が多過ぎて読めないと主張している。「頭蓋は無傷だが脳の損傷が激しくて使えない、だそうです」「あの人の脳こそどうなってるの」藍は端末からメールを消した。「クレームつけない約束もう破った」
2018-03-03 19:54:43