燭へしが旅行するお話

Twitterで朝凪さん( @hamu2march )とリレー形式で行っているSSのまとめです。
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壱子 @1co_xxxx

@hamu2march 手伝おうか、と長谷部くんに差し伸べた手を長谷部くんは一瞥し、不安定なボートの上で勢いよく再度立ち上がると同時に自らの鞄をぐいと引っ張ろうとする。慌てていたのだろう、ボートの端にひとり乗ったままの長谷部くんの身体がボートごと大きく揺れる。

2018-08-14 10:22:18
壱子 @1co_xxxx

@hamu2march 「長谷部くん、其処で立っちゃ駄目だよ……!」 と僕が制止する間もなく、長谷部くんの身体は池に──落ちた。→

2018-08-14 10:22:47
朝凪 @hamu2march

@1co_xxxx ざぶん、と重い水音。耳の間近で聴こえたと思うと、すぐに遠ざかりくぐもった音に変わった。視界が一気にぼやける。シャツの裾がぶわりと浮き、首筋や頬や手首といった素肌の部分、続いてシャツの袖やパンツの裾から寒さが入り込む。その刺すような冷たさで、ようやく事態を把握した。俺は湖に落ちた。

2018-09-20 18:50:12
朝凪 @hamu2march

@1co_xxxx あまりの冷たさに身体中の筋肉が縮こまる中、「長谷部くんッッ!!」と頭上から降ってきた、聞いたことがないくらいに上ずった声で我に返り、賢明に足を動かし湖底を探した。幸い、岸から程近い桟橋だったので、すぐに足はついた。水位は腰の高さほどしかないが、下手な落ち方をして全身ずぶ濡れだ。

2018-09-20 18:51:04
朝凪 @hamu2march

@1co_xxxx 見上げた光忠は、桟橋に膝をつき、真っ青な顔で俺にまっすぐ腕を伸ばしていて。その表情を見て咄嗟に謝罪が口をつく。 「すまん!慌てていて……!」 「いいから早く手を!」 必死な光忠の手を取ると、そのまま引き寄せられ腋の下に腕が通った。抱き締められるような形に、こんなときながらときめく。

2018-09-20 18:52:21
朝凪 @hamu2march

@1co_xxxx ぐっ、ぐっと何度かに分けられて、俺の上半身は力強い腕によって乾いた陸に引き上げられていく。途中、水中を歩いて岸まで行って自力で上がる方が迷惑にならないのではと思ったが、光忠があまりに真剣なので口を挟むのはやめた。ほどなくして、俺は無事に桟橋の上に膝をつくことができた。

2018-09-20 18:53:08
朝凪 @hamu2march

@1co_xxxx 騒ぎを聞き付け、ボート小屋のおじさんがどたばたとバスタオルを二枚持ってきてくれた。備えがあるということは他にも落ちたことのある奴がいるのだろう。俺と光忠はひとしきり頭を下げ、元凶である鞄はいったん桟橋に置き、びしょ濡れの体と服を拭き始めた。 「怪我は?お水飲んじゃってない?」

2018-09-20 18:53:48
朝凪 @hamu2march

@1co_xxxx 心配そうに俺の髪の水毛を拭き取る光忠へ眉を下げてみせる。 「大丈夫だ、本当に。すまなかったな」 「謝らなくていいけど……心臓が止まるかと思ったよ……」 と、ハックシと軽いくしゃみが出た。怪我はないが、とにかく寒い。 「ざっと拭いたら、すぐ宿に向かおう。先に電話していろいろと用意を」

2018-09-20 18:54:14
朝凪 @hamu2march

@1co_xxxx 電話と聞いて、俺は慌てて足元に置いた鞄を開けた。よかった、少し湿っているが中までは浸水していない。スマホのデータ、今日撮ったばかりの光忠の写真は無事だ。ほっと息を吐き、鞄の表面を拭こうとして……ぴしりと固まった。 「ない」 「え?」 その場にしゃがみこみ鞄をひっくり返す。 「ない」

2018-09-20 18:55:42
朝凪 @hamu2march

@1co_xxxx 「長谷部くん?」 心配そうに覗きこむ光忠に構わず、俺は桟橋にぶちまけた鞄の中身をひとつひとつ手にしては戻す。ない。どこにもない。うそだ。まさか。 「長谷部くん、もしかして」 「みつただ……」 情けないくらいに弱々しい声が出た。 「お前にもらったお守りが、ない」→

2018-09-20 19:00:05
壱子 @1co_xxxx

@hamu2march 不安そうに僕を見上げる長谷部くんの視線とぶつかる。長谷部くんにタオルを手渡して湖を覗き込む。手漕ぎボートが浮かぶ湖は底を映してはくれず、これから日も沈んでいく時間だ。探すのは難しいだろう。 「みつただ……」 長谷部くんのか細い声にはっとする。

2018-10-20 20:34:41
壱子 @1co_xxxx

@hamu2march 大丈夫だよ、と口の動きだけで返事をすると、僕はボート小屋のおじさんに落し物をしたことを伝える。見つかった際の連絡先を添えて。 「長谷部くん、そろそろ宿へ向かおうか」 「光忠、俺……」 長谷部くんの視線は湖へと向けられている。落としたお守りを探したいのだろう。

2018-10-20 20:35:00
壱子 @1co_xxxx

@hamu2march 落としたのが僕であれば僕もきっとそうしていた。けれど、タオルで拭いたとはいえ水をたっぷりと吸い込んだ衣服のままの長谷部くんをこのままにしておく訳にもいかず、僕は長谷部くんの鞄を手に取り立ち上がるよう促す。

2018-10-20 20:35:31
壱子 @1co_xxxx

@hamu2march 「……うん。大丈夫だから、このままじゃ長谷部くんが風邪をひいちゃう。ほら……ね?」 「でも、」 「じゃあ、僕は少し探してから追い掛けるから、長谷部くんはタクシーを呼んで少し待っていて?」 「それなら、俺も……っ!」 「長谷部くんはだぁめ」

2018-10-20 20:35:46
壱子 @1co_xxxx

@hamu2march ほら、お願い。と背中を押して長谷部くんを遠ざける。電話を掛けながらも此方を気にしている長谷部くんの視線を感じた。 僕は再び湖の傍へと向かうと、中を覗き込む。相変わらず底は見えそうにない。 僕は鞄を桟橋へと置いて膝をついた。上着は脱ぎ右袖を捲り上げて、水底へと腕を突っ込んでやった。

2018-10-20 20:35:59
壱子 @1co_xxxx

@hamu2march 指を動かしても指に触れるものは何もなかった。 同時に、腹部に抱え込んだ僕の鞄に左手を滑り込ませて、鞄につけた自分自身のお守りを長谷部くんに見えないよう外す。湖から引き上げた手で手元に置いた僕のお守りを握れば、お守りを見つけたように見えるだろうか。

2018-10-20 20:36:10
壱子 @1co_xxxx

@hamu2march 僕は水に濡れた手でお守りを握り締めて長谷部くんの方を振り向いた。 「!、長谷部くん……!」→

2018-10-20 20:36:30
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