「愛国」「自国愛」をめぐる諸々の出来事とその受け止め方について(Togetter)

表題に関連するツイートをまとめました。本当に「危険」なものは何なのか。白か黒か、好きか嫌いかという二項対立とは違う図式でこの問題を考えないと、国内の分断と対立を望む人々の思う壺ということになります。諸々の問題を考えるヒントになれば幸いです。 以下のまとめも関連テーマを扱っていますので、よろしければご覧ください。 「日本人番組」と「自滅的愛国心」について 続きを読む
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山崎 雅弘 @mas__yamazaki

きょう伊賀上野へ出かけた時、コンビニに寄ったら和風味のお菓子の棚に手描きのPOPが付いていて、その最初と最後に書かれていたのが「日本人でよかった」。客は全員日本人という前提なのもすごいが、たぶん書いた人はこれの何が問題なのか、全然わかっていない。ただ善良な気分でこれを書いている。

2018-06-12 20:15:59
山崎 雅弘 @mas__yamazaki

RAD野田「HINOMARU」歌詞について謝罪 「軍歌だという意図は1ミリもない」(excite music)excite.co.jp/News/music/201… この歌詞が「軍歌でなく日本の歌」だという弁明は、主観的にはウソではないと思う。あの「海ゆかば」も、1937年の国民精神総動員運動で「国民歌」と位置づけられた。日本の古語のつも

2018-06-12 20:18:23
山崎 雅弘 @mas__yamazaki

(続き)りで戦前戦中の「国体ワード」を無自覚に使ってしまうのも、学校できちんと問題点を教えていないのだから仕方ない。自分の生まれた国への愛着を表現したいと思った時、心の隙間にスッと入り込んでくるのが、伝統らしきものをたくさん背中につけた、戦前戦中型の「愛国の価値体系」という怪物。

2018-06-12 20:21:44
山崎 雅弘 @mas__yamazaki

戦後の価値観に合う「愛国」概念を構築する必要性をあちこちで書いたり述べたりしても、相手の反応はきわめて薄い。そこを空白にしておく危険性を正しく認識している人が少ないと感じる。その危険な領域を空白にしておく限り、善良な気分で戦前戦中型の「愛国ワード」をもてあそぶ日本人は増え続ける。

2018-06-12 20:23:18
山崎 雅弘 @mas__yamazaki

「いや、私は愛国という考え方が好きではないので」と言って、戦後の価値観に合う「愛国」概念を構築することから逃げる人は、「愛国」概念の恐ろしさをわかっていないのでは、と思う。古今東西の戦史や紛争史を研究していると、この怪物が人をどれほど狂わせるパワーを持っているかを思い知らされる。

2018-06-12 20:24:41
山崎 雅弘 @mas__yamazaki

戦後の価値観に合う「愛国」概念を構築して、戦前戦中型の古い「愛国」概念を封印しない限り、戦前戦中型の古い「愛国」概念は死なない。ずっと生き続け、心の弱った人、孤立や孤独から逃れたいと願う人、仲間との絆を求める人が増えれば、そうした人の心を虜にする。既にそれが「流れ」になっている。

2018-06-12 20:26:19
山崎 雅弘 @mas__yamazaki

「日本人でよかった」という言葉は、自分が日本生まれの日本人であること以外に誇れる要素、自信を持てる要素が見当たらない人には、魅力的に響く。孤立や孤独から解放され、立派な集団の一員だという「絆」意識が生まれる。これだけを切り取れば、一見問題がない。「これの何が悪いのか」と居直れる。

2018-06-13 14:09:34
山崎 雅弘 @mas__yamazaki

国家や民族への帰属意識を過剰に抱くことの危険性は、歴史を段階的な「流れ」と捉える思考習慣がなければ理解できない。戦後のドイツは、単に「ホロコーストをした」「戦争をした」という結果だけでなく、そこに至るまでの段階的な「流れ」を反省の材料としてきたが、日本はそうした作業を怠ってきた。

2018-06-13 14:11:17
山崎 雅弘 @mas__yamazaki

「戦争をした」こと、軍国主義が支配したこと、滅私奉公型の「愛国心」が国を暴走させたこと等の「結果」は反省したが、そこに至るまでの段階的な「流れ」、1930年代の日本国民の思考形態の段階的変化についての批判的な検証を徹底的にしなかった。それでまた同様の思考形態の段階的変化が起きている。

2018-06-13 14:13:45
山崎 雅弘 @mas__yamazaki

もちろん「愛国」という表現が必須です。そうでなければ「新しい(人権や人命を尊重する)愛国概念」で「古い(人権や人命を尊重しない)愛国概念」を上書きするという効果は得られません。先方にも分からせる云々でなく「社会の空白を埋める」ことが必要不可欠という話です。 twitter.com/shinspl99/stat…

2018-06-13 14:15:46
山崎 雅弘 @mas__yamazaki

「個人として『愛国』という言葉や概念を好きか嫌いか」と「社会全体の中で『愛国』という言葉や概念の定義を『更新』しないことの危険性」は、全然次元が違う話ですが、後者の問題提起に前者の次元で答える人が多いと感じます。好きか嫌いかではなく「危険か否か」で考える必要があります。@shinspl99

2018-06-13 14:19:22
山崎 雅弘 @mas__yamazaki

「愛国」という言葉や概念には、問答無用で人を威圧し黙らせ従わせるパワーがあり、過去に多くの人をそれで不幸にしたという側面があります。そのパワーを、今のままでは「戦前戦中型の(人権や人命を尊重しない)愛国概念」を振りかざす人間だけが独占的に持つことになります。非常に危険な状態です。

2018-06-13 14:20:56
山崎 雅弘 @mas__yamazaki

「愛国」という言葉や概念を、「戦前戦中型の(人権や人命を尊重しない)愛国概念」を振りかざす人間だけが独占的に持つことを今後も許容するなら、社会にはますます「反日」という言葉が溢れるだろう。何が「愛国」で何が「反日」なのかを一元的・独断的に決めつける権限を、彼らに与えることになる。

2018-06-13 14:22:21
山崎 雅弘 @mas__yamazaki

私も『週刊金曜日』2017年2月17日号に寄稿した「社会に氾濫する『反日』という言葉の暴力性」という記事で、この言葉がどう使われているかの事例を挙げながら分析した。yamazaki-archives.blog.so-net.ne.jp/2017-05-04 「愛国ポジション」を独占的に謳歌する人間は、自分たちに敵対する人間を「反日」と決めつけて罵倒する。 pic.twitter.com/j2VScvxKvI

2018-06-14 14:19:35
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山崎 雅弘 @mas__yamazaki

『1937年の日本人』(朝日新聞出版)で紹介した、プロレタリア文学の小説家・武田麟太郎の「国を愛すること」という記事(『中央公論』1937年9月号)の一文。彼は、社会のあちこちで目撃されるようになった「非常時を口実にした押し売り、ゆすりなど」を挙げ、義憤を込めてこう書いた。「誰が非国民 pic.twitter.com/rbLcTlzVUh

2018-06-13 14:25:13
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山崎 雅弘 @mas__yamazaki

(続き)呼ばわりされたいものか。換言すれば、誰が国を愛さず、民を憂いないものがあるか。それにもかかわらず、その愛国心はともすれば固定化されてしまって、専売化されてしまう。いわゆる問答無用であり、論議は許されない。だが、本当に国を愛するものは、もっと公正でなければならぬであろう」 pic.twitter.com/PuFBYvKHve

2018-06-13 14:27:19
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山崎 雅弘 @mas__yamazaki

戦後の日本が「1930年代の日本国民の思考形態の段階的変化についての批判的な検証」を徹底的にやらず、その代わりに、愛国心という概念そのものを全否定する価値観を国民の頭に刷り込んだのは、結果的には失敗だったように思う。戦前回帰を許す道筋を、あらかじめ空けていた。 twitter.com/mas__yamazaki/…

2018-06-14 13:37:34
山崎 雅弘 @mas__yamazaki

「あの時、日本(人)はなぜ戦争に向かったのか」と語られる際、重点は「戦争」に置かれるが、当時の社会状況を丹念に観察すれば、誰も「自分たちが破滅的な戦争に向かっている」と自覚しておらず、それどころか1937年の日中戦争開始後でも「戦争当事国としての自覚」が薄かった事実を認識させられる。 pic.twitter.com/LHlCIrba4v

2018-06-14 13:42:58
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山崎 雅弘 @mas__yamazaki

つまり当時の国民は、当時の日本社会で共有された「権威」に従う良き国民であろうとしていただけで、それが戦争なのか何なのかは二の次でしかなかった。軍隊や愛国心を全否定すれば戦争や軍国主義の再来を防げるという、戦後の日本で根強く流布された固定観念が正しかったのか、検証すべき時期だろう。 pic.twitter.com/81wy6Pdmge

2018-06-14 13:46:35
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山崎 雅弘 @mas__yamazaki

人気ロックバンドが、戦前戦中の国体思想的な「日本愛ソング」を素朴な感情で歌うのを、道義的観点から批判しても仕方ない。日本愛を表現するのに適した語彙や概念を、戦後の日本が別のもので上書きしてこなかったのだから、自然な感情としてそれを求める若者は、戦前戦中の国体思想に自然と惹かれる。

2018-06-14 13:49:53
山崎 雅弘 @mas__yamazaki

新しい愛国心の問題について書くと、ジョン・レノンの「イマジン」を引用して「国という概念」を自分は認めないという「個人レベルの好き嫌い表明」を送ってくる人もいるが、社会全体の問題と自分個人の理想論を区別して考えられないなら重症だと思う。自然な感情の発露としての自国愛は否定できない。

2018-06-14 13:52:09
山崎 雅弘 @mas__yamazaki

20世紀最後の四半期、日本人は経済的に恵まれ、雇用も相対的に安定していたので、自国愛など特に必要としなかった。しかし時代が変わり、自信も将来の展望も持つのが難しい社会になれば、自然な感情の発露としての自国愛が再び大衆に求められる。そんな時代がまた来ることを、日本人は想定しなかった。 pic.twitter.com/qmiEtM8RYm

2018-06-14 14:05:07
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山崎 雅弘 @mas__yamazaki

権力欲や支配欲が強く、民衆を従わせることでそれを満たすタイプの権力者にとって、自然な感情の発露としての自国愛は魅力的な「蜜」であり、それを巧みに利用して支配と被支配の構図を創り出す。自尊心や生きる意味の拠り所を持たない国民が増えれば増えるほど、支配と被支配の構図は創りやすくなる。

2018-06-14 14:44:43
山崎 雅弘 @mas__yamazaki

従って、経済政策や福利厚生の縮小で国民を痛めつけ、夢や希望を抱けなくし、自尊心や生きる意味の拠り所を他に見つけられない国民を増やすほど、魅力的な「蜜」としての自国愛の魅力は高まる。自国愛を道具として利用する政治家は、そんな弱い国民をさらにいじめ、耐えることが自国愛だと錯覚させる。

2018-06-14 14:47:35
山崎 雅弘 @mas__yamazaki

諸々の政策で明らかに不利益を被る立場にいながら、安倍政権を支持する人々を見ると、「苦痛や理不尽に耐えることが自国愛」だと錯覚させる手法が一定の成果を挙げているようにも見える。経団連にも都合がいい状況。戦前戦中の日本国民が落ちた大きな穴に、また集団でパラパラと国民が落ち始めている。

2018-06-14 14:49:27