丹生谷貴志ツイートまとめ(2018年1~6月)

丹生谷貴志さんの2018年1~6月のツイートをまとめました。
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nibuya @cbfn

余談。単純な図式。主観は幻想要素の本体であるとすれば徹底的に削り蒸発させねばならず、結果、「オブジェ」に近い幾何的表層の織物が「一種の」シュブスタンス-実在として露呈するが、それすらも「主観の芽」を内包し、「真」のためにはさらにその消滅が為されねばならない。神聖暴力の君臨。

2018-01-01 13:55:42
nibuya @cbfn

ホラ話。真理は実現されているのだし、「円成・成仏」も「エデン」も「終末」も「最終審判」も「絶対永遠」も・・・全ては「”ことの初め”から常にすでに」実現されているのだから、例えば「哲学」の主題などがあるとすれば、なぜ世界は「そんなはずはない」かのように振る舞うのかを知ることにある・・

2018-01-03 23:13:04
nibuya @cbfn

余談。「空想の美術館」は西欧以外ではさしあたり日本においてのみ成立したとマルローが言った時それは多分にリップサーヴィスだったろうが、敢えて言えば、西欧は「絶対真理の包摂性」を背景にそれを形成したとすれば日本は「真理性への根本的無関心」においてそれを形成したわけだろう。誇るべきか?

2018-01-05 23:47:01
nibuya @cbfn

馬鹿話。ゴールドベルクを聴くとデクター博士を思い出すと言う人がいて、無論第九ならば年末行事か演奏に聴き入る?ナチス高官の姿か、今ならEUか、或いはモーツァルト20番ピアノ協奏曲冒頭をラジオで聴きながら涙を流すスターリンなんて光景もある。音楽が含むこの完璧な無責任性は”本質的”だ・・・

2018-01-10 02:06:09
nibuya @cbfn

余談。「野を開く鍵」の身振りを擬態しつつ実はあらゆる「野への扉の無数の鍵」を閉じて行く「微細な」管理委員の集団・・・そう見えてしまうところに20世紀末以降の講壇研究者の肖像の、その「消毒液的灰色の臭い」がある・・・。その灰色の脳細胞を装備し運んでいる身体を詳細に観察すること・・・

2018-01-18 09:16:51
nibuya @cbfn

戯言。探偵は殺人の荒野を開くのか閉じるのか・・・どのみち殺人は行われてしまっており、やがて役所の裁判の向こうで隠れた「神明裁判」が開かれ・・・エリーニュスたち・・・ヘルメス・・・ディケー・・・アポロン・・・何よりも、死者たち・・・

2018-01-18 09:22:53
nibuya @cbfn

戯言。武人と農民は夜明けと昼を世界とし、貴族たちのそれは夕暮れから夜、夜会の世界へと移行する。ニュートンとアインシュタインの相違は前者が夜の計量であり後者が「白夜」の計量だったこと。モーツァルトの音楽は少年時の昼から貴族相手の夜に感染するその過程を表出し、で、しかし僕らの世界は?

2018-01-21 12:30:10
nibuya @cbfn

空疎な戯言。夜が失われれば昼の中に夜を見出すしかないし、昼が失われれば夜の中に昼を見出すしかなく、両者は「同じ場所」で出会い擦れ違うことになる。誰何の言葉、「誰なのか彼者なのか」「狼か犬か」等々・・・要は、昼の様でも夜の様でもある月の光の元で出会い「狂気を交わす」et cetera。

2018-01-21 12:45:00
nibuya @cbfn

余談。日本的(?)ベルグソン、ホワイトヘッド、或いはスピノザ、要は所謂「内在性の哲学」の受け入れ傾向への警戒心が昔からある。絶対外在の問いを本来持ったことのない日本的感性がそこに「安心の場」を見出してしまう性急さに対する警戒心。むろんだからドゥルーズを巡る受容にも警戒心がある。

2018-01-25 15:10:35
nibuya @cbfn

昔々、「『アキラ』より『わたしは真悟』の方が傑作だと思います」と言ったら当たり前のこと言うなという表情ながら嬉しそうに見え・・・和歌山の山間の廃校の夜という妙な場所で、横尾忠則さんが「僕は楳図くんを愛してるかも知れないじゃないか!」と横にいる楳図さんに言った。受賞おめでとうさん!

2018-01-30 23:25:43
nibuya @cbfn

復習余談。「人間は政治的動物である」は誤訳。原語の「zoon politikon」は「都市的生物」、無論「都市」はギリシア概念。「都市性を本性として有さない生物は人間以上か人間以下かのどちらかである」(アリストテレス)。ここに「idiot=孤独者は野獣か神かである」という素敵な予示概念も生まれる。

2018-02-11 10:55:25
nibuya @cbfn

余談。言うまでもなく「文明」は「文化」の上位概念ではない。「文明」はむしろ「動物性の直接外化」という意味において「非文化」乃至「反文化」の”平準化状態”とでも言うべきもの。野生の遍在化と言いたいところだが、残念ながら日本の山野と同じく完全に植林化された「野生」以上でも以下でもない。

2018-02-15 15:03:09
nibuya @cbfn

余談。ショスタコヴィッチ第五・・・初演の頃「社会主義芸術の勝利!」なんて武田泰淳さん辺りが無邪気に(?)書いていた記憶。いろんな「曰く」を知らされている僕らはそう素直には聴けず、”誰もが感動する”ように”逼迫した狡知”で作られたあざといミュージカル音楽に聴こえてしまうのは致し方ない。

2018-02-23 10:49:56
nibuya @cbfn

・・・フーコーの『性の歴史』最終巻が届く。出版の判断留保から三十年以上が過ぎたことになる。残された書き込みやノートの編纂はフレデリック・グロ、大部の講義録の主任編集者でもありその労苦は称賛されるべきだが、なぜか僕はこの人に不定愁訴に近い不信感がある。無根拠だからグロに罪はない。

2018-02-24 11:41:57
nibuya @cbfn

ショスタコヴィチの第五は無論初めて聴いた訳ではなく、ベートーヴェンの最後のピアノソナタの冒頭のアタックを聴いて、”あ、そうか”という感じで第五を思い出した訳で・・・しかし”革命”という怪しげな俗称を持つ如何にも名曲らしく作られたこの交響曲は初めて聴いた時から「嘘臭さ」を感じていて・・

2018-02-24 11:51:14
nibuya @cbfn

・・・今見たら、二、三日前に書き込んだと思ったシュスタコヴィチの第五交響曲を巡る他の文が消えていて、今書いたものが唐突に見えるか。ま、どうでもいいですが。

2018-02-24 11:58:42
nibuya @cbfn

つまらない話。或る時期以降ヒット小説・音楽・映画やらのヒット性は大部分は「需要者の期待の地平」に応え得た「結果」で、だからそれらの「作品」はそれ自体が批評の対象となる理由はなく「なぜそれがヒットしたか」を巡る階層心理分析の対象であることは、作家自身がもっとも熟知しているはずである

2018-02-24 14:42:09
nibuya @cbfn

余談。神々であれ妖怪であれそうしたものが「迷信」であることは誰もが知っているとして、迷信を発生させることになった要件は定義上消え得ず所与として残り続ける。例えば我は死すべきものである「自分の顔」を日々見なければならず、つまりメデューサ発生の要因だけは残り、その条件は絶対に消えない

2018-03-03 10:43:08
nibuya @cbfn

映画の中に巻き込まれた男。映画の中から客席の自分が殺されるのを目撃する。自分を殺した犯人を告発せねばならない。しかしそれ以前に、映画の中に巻き込まれた彼は、論理上プリント数と上映の回数に応じて数万に分裂増殖して行くはずだ。死んでしまった自分と数万に増殖した自分との問題が彼を責める

2018-03-07 11:33:35
nibuya @cbfn

余談。芸大の同学年には美術史家・美術批評家を目指した者が一人もいない。史観や批評は限界の中で”腐り切り”、もはやその蘇生や再生が問題では無いまでに至っていると僕らは感じていた。美術や音楽や・・・それを研究であれ観賞・観照であれ「対象」として扱う猶予はゼロだ、それが暗黙の了解だった。

2018-03-17 10:33:04
nibuya @cbfn

余談。古代ギリシアは器楽音楽、特にフルートに奇妙に激しい「畏れを帯びた軽蔑」を表明する。どちらにしろ歌詞を伴った歌と器楽音楽を「別のもの」と捉えていた。これは重要なことだ。差し当たり私は日本において歌詞を伴ったものは、ヒップホップやラップも含め「歌謡曲」と呼ぶことにしている・・・

2018-03-22 04:41:41
nibuya @cbfn

・・・「声」と「歌詞」は言うまでもなく異なる。私の世代(!)は、英語力の問題以前に歌詞に殆ど興味持たない。例えばロックは「歌」ではなく「声帯楽器」に属するもの、「声の軋み・叫び音」に属しそこで「歌詞内容」は意味を成さず崩壊することを条件とする・・・

2018-03-22 04:55:30
nibuya @cbfn

余談。毎年の話、三、四月は外的行事に関係なくバイオリズムが最低値になりひたすら低空飛行を耐えるだけになる。待望の(?)フーコーの遺著も今は遠く眺めてヴェルナンやナケやP・ブラウンや西郷信綱(?)でキアロ・スクーロの仕立てに務め・・・と、言い訳の日々・・・

2018-03-30 15:16:59
nibuya @cbfn

余談。ノイズ系前後から「ロック」を聴かなくなったのはそこに「ノイズを音楽にしてしまいたい」という僕にとっては最悪の保守性を感じたから、「野生を庭にする」のと似た偽装した保守性の気配、ノイズが音楽化されるやノイズは飼い馴らされ「イージーリスニング化」し世界からそれ自体としては消える

2018-04-01 10:08:15
nibuya @cbfn

無意味なメモ。パンドラが送り込まれる以前の「人間」は(多分長髪の)「青年」だけからなる「擬似不死集団」であり「女は存在しなかった」とされるが、厳密には(?)人間は「男たち」だった訳ではなく「無性存在」だったことになる。彼らは不意に「現れ・消える」が「生まれず成長せず死にもしない」

2018-04-01 23:38:31