歴史に関する、おもしろ何でもツイート&リンク集

わたくしも、相変わらず飽きずに必死で色々togetterまとめてるのだけど「ちょっと分量的に短いかな?」みたいなテーマもあります。手元に偶然、そういうのが集中したので、それをひとまとめにしたらいいじゃん、と思いました。個人的趣味がかなり入りますけど、編集可能にしてるんで何かあったら皆さんも追加してください。
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巫俊(ふしゅん) @fushunia

そんな人物の神話が、今日まで紙に書かれて伝世していて、しかも日本中のどこの図書館に行っても、「中国文学大系」とかそういうシリーズの「楚辞」の本の中に、しっかりと王亥が牽引用の牛(僕牛)を飼ったお話が載ってるという、凄い話なのです。

2019-06-10 02:45:05
巫俊(ふしゅん) @fushunia

ちなみに、王亥が牽引用の牛を飼った『楚辞』の故事は、後漢時代にはもう正しく読めなくなってまして、20世紀に甲骨文字が出土するまで、ずっと別の人の話だと誤解されてました。ちなみに、今日図書館に行くと、司書さんに「楚辞?見慣れない本ですね」と言われました。開架に普通に置いてるけど… twitter.com/fushunia/statu…

2019-06-10 02:49:18
巫俊(ふしゅん) @fushunia

アンソニーの『馬・車輪・言語』は、インドヨーロッパ語族の元になった人たちを黒海北岸附近にいた新石器時代の採集民に求めてるので、カフカスから北上してきたとする説を警戒してか、マイコープ文化の年代を300年ほど下げてたのが気になりました。

2019-06-10 03:25:20
巫俊(ふしゅん) @fushunia

『馬・車輪・言語』によると、インドヨーロッパ祖語集団の元になった人たちは、旧石器時代の終わりにウラル祖語の元になる人たちと離れ離れになったとしてて、かつインドヨーロッパ祖語集団はオリエントのセム語と間接的な弱いつながりがあるとされてる。

2019-06-10 03:30:35
巫俊(ふしゅん) @fushunia

『馬・車輪・言語』は、カフカスの険しさを強調し、初期の農耕民がカフカスを越えるのは困難だとしてる。なので、8000年ほど前にギリシャからハンガリーを経てウクライナ西部に入って来たセム語?の農耕民が、採集民だった先インドヨーロッパ集団と接触し、先印欧が牛とムギを育て始めたとしてる。

2019-06-10 03:34:41
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