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Tamejirou @Tamejirou
初めに謝っておく。ご容赦頂きたい。俺は頭の中に文字が溢れ出し、吐き出さずには居られない時がある。これは排泄行為の類とすれば人様にお見せすべきではないのかも知れないが、一方で誰かに読んで貰いたくて堪らないのである。ご容赦頂きたい
Tamejirou @Tamejirou
何から始めようか。俺が何を規範と見做し、何を虚構として切り捨てているかの話に辿り着くために。俺が世間的に悪徳とされる行為や嗜好について、様々な考察をするときの話から始めよう。
Tamejirou @Tamejirou
ある人は読解力の為か「犯罪行為を正当化するための理屈を捏ねている」と言って俺を批難するのだが、俺の意図はそうではない。単に生物学的合理性、或いは歴史的に見てそれが生存に有利であった環境の存在可能性について客観的に想像しているだけだ。
Tamejirou @Tamejirou
またある人は言う、「お前は一神教的な絶対的帰依の対象を持たないから倫理観が歪んでいるのだ」と。しかし俺は一神教の弊害をより重視するが故に、多神教に魅力を感じつつも基本的には唯物論者なのだ
Tamejirou @Tamejirou
俺は以前にも書いたようにキリスト教的な新興宗教(と言っても100年超えだが)のもとで育ったため、何かに帰依することで思考停止に陥ることのほうをより危険視する。また、絶対的正義なるものの危うさ、胡散臭さを常に警戒している
Tamejirou @Tamejirou
もちろん、そういった宗教的規範ですら俺にとっては1つの考察対象に過ぎないことは過去ツイートからも伺える。なぜ一神教が発生し、それが人々の支持を得るに至ったのかには興味があるが、同時にこれは幼少時のトラウマを抉るので普段は考えないようにしている
Tamejirou @Tamejirou
もちろん、犯罪行為や特殊性癖(誤用)の合理性について取り上げる際に、所謂「誤解を招く」ことを承知していないわけではない。むしろ外面に釣られて激昂した人と少しく語り合うことにより、自分と世間とのズレを再確認することが出来る
Tamejirou @Tamejirou
より重要と思われるのは、その様に人々の琴線に触れるデリケートな問題を、知ってか知らずか踏み越えることの出来る人ほど、人類史に偉大な足跡を残してきたという点である。しかしこれは本題とは外れるようである
Tamejirou @Tamejirou
人類がどう生きるべきかという点について、矛盾する様々な考え方が存在する。例えば美しく生きねばならない、或いは他者を尊重せねばならない、といった規範があるが、これは一方で弱者には重い負担となりうる。
Tamejirou @Tamejirou
俺の個人的な考えでは、人類に課せられた最大の責務は「持続」ということであり、人類という種もいずれは衰退する故に、進化によって現れる新しい世代の覇者に取って代わられるまで地球の資源と環境をできるだけ維持することにあると考える
Tamejirou @Tamejirou
ただこれも一部誤っており、例えば藍藻類は酸素を作り出すことで海中で大虐殺を行った。サンゴの祖先は二酸化炭素を石灰岩へと変えることで地上の大型シダ植物たちを衰退させた。こういった経緯がある以上、人間が直接の殺戮や環境の「破壊」によって多数の生命を絶滅させるのもまた不可避。
Tamejirou @Tamejirou
このように生物種間・ならびに生物種内ですら競争し殺し合うのが生命の本質(の1つ)であると考える。それを直視せずに理想だけを語るのは、俺はフェアではないと考えるのである
Tamejirou @Tamejirou
であるのに「持続・維持」を最上に置くのは、やはり「現生人類こそが至高の存在である」という傲慢な考えを否定したい為なのであろう。人類はこれからも発展して賢くなっていくし、いずれは「次」の存在に取って代わられる。あえて次の「知的」「生命体」などとは書かない
Tamejirou @Tamejirou
その時に余りに環境が過酷であったり、深刻な汚染、資源の枯渇などが「次」の者たちの足枷にならないようにすることが、人類の務めではないかと考えるのである。もちろん人間は「酸素や酸化鉄層、石灰岩、石炭など前時代の廃棄物」を存分に活用してきたのではあるが
Tamejirou @Tamejirou
例えば大型シダ類は石灰岩となった二酸化炭素を活用できなかった故に滅びたが、それ自体が石炭と化して我々の為の資源となった。我々が作り出す樹脂のゴミや核のゴミなども、或いは「次」の重要な資源になるのかもしれない。こういったことを想像するのは愉しい。
Tamejirou @Tamejirou
しかしそれは億年単位の話であり、当面、俺が考えたいと思うのはやはり、これからの100年、また1000年、文明を持続させるにはどうすべきかということになる。そのためには環境の変化は緩やかな方が良いし、処分に困る廃棄物は少ないほうがいい。これが俺の規範の1つ。
Tamejirou @Tamejirou
一方で社会の激変を防ぐ事も、非力な大多数の個体にとっては重要なポイントである。その為には人類の本質、どちらかといえば理想論ではなく動物的本能に衝き動かされる範囲の事柄について考えずには済まされない。何ツイートにも分けて冗長に書いてきたが、これが理由です。
Tamejirou @Tamejirou
ではこの時に俺が虚構として切り捨てるものは何か。例えば宗教的規範。キリスト教的なもの、儒教的なもの、いずれも無意味とは思わないが、特定の環境下でしか成立し得ない点を多く含んでいる。突っ込んで言うと、これら2つは、「ある程度均質な都市人間集団」でしか成立し得ない
Tamejirou @Tamejirou
また、宗教的規範の中には只、現状肯定の為に都合よく利用されるものが含まれる。例えば広義のカーストの固定や、服従を美徳とする類のもの。これらは「安定」には寄与するかもしれないが、停滞を招くとともに、社会にフラストレーションを蓄積させて却って寿命を縮める。
Tamejirou @Tamejirou
国際関係における規範や秩序、といったものにも俺は疑問の目で見ている。古来、技術革新や民族移動(蛮族侵入)、人口爆発によって戦乱が起きては、数十年の後に沈静化する、ということを大なり小なり繰り返してきたのが歴史である、という前提に立つ
Tamejirou @Tamejirou
その前提に立てば、今ある秩序もまた新たな民族移動や技術革新によって覆ることは自明なのである。現状下において、自己の属する集団が「次の戦乱」に対する備えを怠るならば批難されるべきである。
Tamejirou @Tamejirou
もちろん軍備を重視するあまり飢えては何にもならない、とする向きもあろう。儒教では軍備と食糧、政治への信頼、この3点に優先順位をつけている。しかし現実には軍備を最初に省く国家は大国に隷属し、食も信頼も失うことになるのである。
Tamejirou @Tamejirou
このあたりはBCE3世紀に既に韓非子が指摘していたように思う。帝道や王道では、平和を作ることはできない。剣を持たずに対話を始めることはできない。また、ローマ人は言う、「兵士で富は作れても、富で兵士を作ることはできない」。
Tamejirou @Tamejirou
またギリシア人は言う「戦争は儲からないが、戦争に備えなければもっと儲からない」これによって導かれる結論の一つは日本のような交易に依存した国家には自明である。交易路を自力で防衛できなくなれば通商国家としても2流以下に落ちるのである
Tamejirou @Tamejirou
今ある規範や秩序を絶対視しないこと唯一神に帰依しないこと、この2つが結果的には人の、国家の、そして人類文明全体の持続と発展を担保するのである、これをひとまずの結論としておく。今日はおしまい。
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コメント

にゃほ @Temp002a 2018年7月26日
持続性と安定を重視するのなら、産業革命は良かったのか悪かったのか。
Tamejirou @Tamejirou 2018年7月26日
Temp002a 良し悪しというより必然と捉えています。工業力の増大・科学の発展によって人口が増え、試行錯誤のダイスを振れる回数が増えたとは言える。しかしその工業力・科学力は他民族を虐げるのにも使われた。産業革命に限った話でもないですが。
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