将棋界の「ジェンダーの壁」:現実とフィクション
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なにしろ香子は、奨励会退会後に妻子あるプロ棋士の愛人となりさらに傷つくのだ。この作品での香子は、将棋に関わる女性が男性から受ける抑圧・支配の象徴ではないかとすら思える。作中世界においてこの構造が打破されるときはいつか来るのだろうか。
2018-08-17 00:37:30将棋めし
将棋めしの主人公峠なゆたは、最初から正真正銘のプロ棋士として登場する。つまりジェンダーの壁を乗り越えた存在である。それどころか1話でタイトルホルダーになる。多くの将棋ファンが夢見る女性棋士の具現化のようなキャラクターかもしれない。
2018-08-17 00:37:41彼女がジェンダーの壁を乗り越えるに当たってどのような苦労をしたのかは、作中からは明らかではない。彼女の歩んできた道には多くの困難が伴ったであろうが、今のところはそれを描くことがこの作品の主題ではない。
2018-08-17 00:37:50むしろこの作品は、一流の女性棋士を登場させることにより、現実世界で将来女性棋士が誕生したときに生じえるであろう問題を前もって浮き彫りにしている。それは、女流棋士の存在意義である。
2018-08-17 00:38:01第1巻で、大盤の解説と聞き手の両方を女性が担当する場面が出てくる。解説は女性棋士のなゆた、聞き手は女流棋士である。女流棋士が次の手の予想で自分の意見を言うと、なゆたは即座にその手の問題点を指摘し、代わりの候補手を提示する。
2018-08-17 00:38:19実際に指されたのはその候補手だったので、女流棋士は自分がなゆたに劣ることでコンプレックスを抱く。なゆたは自分の母親も女流棋士であることを話して、女流棋士を軽視していないことを打ち明ける、というストーリーだ。
2018-08-17 00:38:28ここで多くの読者は否応なく、解説が男性棋士だったなら、同じことが起きたとしてもこの女流棋士はコンプレックスを抱いたか?と疑問に思うだろう。恐らく抱かなかったのではないか。男性棋士と女流棋士では、男性棋士の棋力が上回るのが当然であり、現実だからだ。
2018-08-17 00:38:41この女流棋士がなゆたにコンプレックスを抱いたのは、突き詰めればなゆたが同じ女性だからではないか。女性でありながら女流棋士を超えた存在であるなゆたを前にして、自分の存在意義に疑問を抱いたからではないか。
2018-08-17 00:38:49なゆたもそう考え、母親のことを話した。女流棋士が将棋界における「お花」のような存在であろうとも、誇りを持ってその活動に携わる女流棋士には敬意を抱いていることを告げた。とはいえ、将来的に女性棋士が多数誕生したときに女流棋士がどうなるのか、という問題に対する回答は提示されていない。
2018-08-17 00:39:12女性棋士の誕生自体、現時点では可能性の話に過ぎない。しかしこの作品の作者は、将来これが現実となる可能性について肯定的である。そうであればこの場面も、今は顕在化していないが将来的に発生しえる状況について問題提起していると見るのが自然と思う。
2018-08-17 00:39:24なゆたの周囲の男性棋士たちは概ね紳士的であり、なゆたとも普通に接しているように見える。幸いにして男性からの妨害や嫌がらせなどはなゆたは経験しなかったのかもしれない。しかし、だからといって将棋界において女性ならではの困難に直面しないとは限らない。
2018-08-17 00:39:40りゅうおうのおしごと!
りゅうおうのおしごと!の作中世界ではジェンダーの壁は突破されていない。しかしこの作品には、多数の女流棋士に加えて、奨励会に所属して棋士を目指す、「女流棋士ではない女性」が登場する。空銀子二段(後に三段)である。
2018-08-17 00:40:04銀子のモデルは里見香奈であるかのように紹介されることもあるが、女流棋士ではないという立場を考慮するとむしろ西山朋佳に近いだろう。ただし銀子は際立って早熟の天才であり、中学生にして将来プロになる可能性は十分あるとされている。
2018-08-17 00:40:17それにも関わらず、銀子の弟弟子である主人公が銀子を上回る超天才で、銀子を追い抜いてプロになったばかりか、高校生の年齢で竜王になってしまったため、銀子は彼においていかれるという焦りと不安を常に抱いている。
2018-08-17 00:40:28この辺りの力関係はかなりシビアに描かれている。女流棋士から見ると銀子は絶対的な強さの存在で、「化物」「怪物」「心がない」などと評され、銀子に勝てないあまり精神を病む女流棋士まで登場する。
2018-08-17 00:40:47しかし主人公を含むトップ棋士からは、銀子の才能はプロにはなれても自分たちを脅かすほどとはみなされていない。
2018-08-17 00:40:54この作品で興味深いのは、今まで女性棋士が誕生しなかった理由について、よく言われるのとは異なる点に注目していることだろう。銀子の言葉を借りると、プロ棋士や有望な奨励会員はみな「将棋星人」であり、銀子を含めその他大勢はただの「地球人」なのである。
2018-08-17 00:41:04どういうことかというと、「将棋星人」は「駒の利きを感覚として捉える」という常人にはない能力を持っている。この能力があるので、盤面を見た瞬間に読みを入れるまでもなく高い精度で良い手を指せる。たとえ棋力が同等でも、この能力のある者とない者では実戦での強さは当然違ってくる。
2018-08-17 00:41:18史上最強の女将棋指しとして描かれる銀子自身が、自分は将棋星人とは違うと語ることにより、今まで女性棋士が誕生しなかったのは、この能力を持つ女性が現れなかったから、という理由が暗示される。
2018-08-17 00:41:32とはいえ、この作品のヒロインである女子小学生は将棋星人であるとされており、この能力が男性特有のものと作者が考えていないのは明白だ。
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