[R-18]魔女シリーズ2~食用人種なのに貧相で出荷されない少年がお姉さんに世話してもらう話

災いの仔ムンリトと戎牙(じゅうが)すなわち獣人の牧童カズサの物語 ほかのお話は以下 魔女シリーズ一覧 続きを読む
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帽子男 @alkali_acid

食用人種の牧場主はほほえんだ。 "これも…またよきかな…" そうしてうなだれ、息絶えた。

2018-07-07 20:08:22
帽子男 @alkali_acid

◆◆◆◆ カズサが我に返ると、周囲を赤、青、黄の子が囲んでいた。 「へいき?」 「ぐあいわるくない?」 「くるしくない?」 皆やつれはてているのに、育ての親の心配をしている。 「私は…私は…大丈夫だ…でもお前達は…」

2018-07-07 20:12:09
帽子男 @alkali_acid

「ムンリト!なんかしろ!」 真紅の鱗を持つ少年、サルウが振り返って叫ぶ。すると山中の大厳洞にはりめぐせたまま枯れた根や枝の上の方から、蔦の髪を持つ男児があらわれ、何かを投げてくる。 「なんだこれ」 透き通った肌を持つ青の子、シュトイが受け止める。 「桃です」

2018-07-07 20:14:41
帽子男 @alkali_acid

「桃?」 尋ね返す翼の少女、ウィリンカに、幼い樹人はまたおだやかに告げる。 「神仙の命でできてるので、仙桃という名前にします」 サルウが鼻にしわを作る。 「あいつの?」 「体にはいいと思います」 「やだな…」 ためらうシュトイをかたえに、ウィリンカが風の刃で皮をむき実を切り分ける。

2018-07-07 20:17:16
帽子男 @alkali_acid

「はい」 切れ端をつきつけると、少年たちは顔を見合わせてから眼をつぶってかじりつく。幼い娘はにっこりして、臥せったままの年嵩の女にも差し出した。 「カズサ。あーん」 「私は…」 「あーん!」 「む…あむ…」 牙のあるあぎとが、観念したように咀嚼する。

2018-07-07 20:19:29
帽子男 @alkali_acid

樹人の仔はほかにかまわず、中腹にある窓から外を眺めやった。 「はれました」 省みて下に報告すると、らまた声がのぼってくる。 「ムンリトー!お前は食べないのかよー!」 「はい」 「えー。俺達だけに食わせんのずりー」 「誰か来ます」 指さす先の天のかなたから、翼の影が大きくなってくる。

2018-07-07 20:22:53
帽子男 @alkali_acid

ウィリンカによく似た、四枚の翼を持つ男だった。 蹴爪の生えた肢を持ち、頬をとりまく髭のかわりに羽毛が生えている。 「もしや…さらわれた子等か」 「そうかもしれません」 「どっちだ」 大人と子供は無言のまま見つめ合った。 「さらわれた子等だな?」 「そうかもしれません」 「ええい…」

2018-07-07 20:27:46
帽子男 @alkali_acid

話にならないといったようすで、男は内部に舞い降りる。 「間違いない…がらんどうのものどもが、我等を襲い…奪っていった最後の子等だ…おお、天魔がいる」 そのまま鉤爪のある肢を伸ばして、ウィリンカに優しく呼びかける。 「失われし子よ…同胞はそなたを歓迎する」 少女は驚いて見つめた。

2018-07-07 20:30:39
帽子男 @alkali_acid

「あなたは?」 「そなたと同じ天魔だ。ながらく神仙と戦い、そなたらを救い出そうとしてきた…我等はもうやつらの餌食になるほど弱くはない。樹精と結んだ魔女の助けを借りて…いや、おさなごに話しても詮無いことだったな。とにかく故郷へ連れ帰ろう。来なさい」

2018-07-07 20:32:00
帽子男 @alkali_acid

しかし天魔の娘は獣人の女にすりよった。 「私はカズサと一緒に牧場に帰るから、いきません」 「何を言う。ああ…その牧童は…我等を飼いならすために神仙が操るしもべ…確かに子供のうちはあらがえずなつくが…だが騙されてはならぬ…」 「あなたなんか知りません!あっちにいって!」

2018-07-07 20:33:44
帽子男 @alkali_acid

赤と青の少年も立って阻む。 「そうだぞ」 「カズサにひどいことしたら許さない」 「まだがんぜない年ゆえ分からぬだろうが…大きくなれば」 牧童はあえいで半身を起こした。 「その…天魔の言う通りだ…」 「カズサ?」 「起きちゃだめ!」

2018-07-07 20:35:17
帽子男 @alkali_acid

獣人の雌は息を荒らげつつ子等を遠ざけようとする。 「私は…お前達を…食用人種として飼いならす…道具…牧場主が死んで…分かった…だから…それぞれの故郷に帰れ」 しかしあどけない娘は断ち切れた翼をはためかせて年嵩の女の首にしがみついた。 「やだ!カズサは私と番(つがい)になるの!」

2018-07-07 20:38:18
帽子男 @alkali_acid

赤と青の男児は負けじと抱き着く。 「だめだ!カズサは俺と番になる」 「ちがうよ!ちがうよ!俺と!俺と!」 愕然とした男はどうしたものかと四枚の翼を揺り動かす。だが成熟した天魔とて牧童には強く出にくいようだった。 「ううむ…」

2018-07-07 20:39:58
帽子男 @alkali_acid

思いあぐねて頭上を仰ぐ。 「そなたから何か言ってくれ。樹人の仔よ」 枯れ枝に座って足をぶらつかせている緑の子に呼びかける。 「なぜでしょう」 「そなたは皆の頭(かしら)だろう」 「多分ちがいます」 「いやそうに違いない」

2018-07-07 20:42:00
帽子男 @alkali_acid

天魔は飛びあがってムンリトの隣に移った。 「樹人の王、父祖たるムンザは神仙の道を外れた魔女ヴィヴァリーチェとの間に子をなし、直系には今も優れた知勇と魔力とが備わると聞く」 「そうなんですね」 「そなたは魔女の血を引いているだろう」 「そうかもしれません」 「もしや神仙を滅ぼしたか」

2018-07-07 20:45:26
帽子男 @alkali_acid

樹人の仔はのっぺりした面持ちで答えた。 「よく分かりません」 「ぐぬ…ともかく、そなたの言葉ならほかの子等も聞き分けるだろう」 「聞かないと思います」 「ぐぬ…」 「牧場はいいところです」 ムンリトはほほえんだ。異種の男でもどぎまぎするような可憐な笑いだった。

2018-07-07 20:47:40
帽子男 @alkali_acid

「こんど遊びに来てください」 「…どうやら、そなたに任せておくしかないようだな」 天魔は顎髭の代わりに生えた羽毛を震わせると、最後にもう一度だけ同族の少女を心配げに見下ろして、飛び去って行った。 「あのひと、いっちゃった?」 不安げに黄の子が問いかけると、緑の子はうなずいた。

2018-07-07 20:49:22
帽子男 @alkali_acid

「帰りましょう。牧場に…これから僕等が暮らす、新しき牧に」 「なになに?」 「ムンリトむずかしいこと言うなよ」 家畜として面倒を見てきた子等に囲まれながら、牧童はまぶしげに最も発育の悪かった少年を仰いだ。 「ムンリト…お前は…」 「はい」 「なんでもない」 「分かりました」

2018-07-07 20:51:53
帽子男 @alkali_acid

◆◆◆◆ 雪原の中にある牧場には、毛皮と爪と牙を持つ逞しい女が牧童として、赤、青、黄、緑の少年少女が家畜として暮らしている。 柵として取り巻くのは寒さを遮る泡の幕だ。以前より小さくなったが、緑の子が新たに生み出して支えている。作り方は「なんとなく」覚えたという。

2018-07-07 20:53:52
帽子男 @alkali_acid

「お前達…食事だぞ!」 栄養はあるが味はたいしてよくない豆の粥を皿に盛って出しながら、カズサが呼ばう。あまりうれしくなさそうにサルウ、シュトイ、ウィリンカ、ムンリトが席につく。 「あれ?カズサその布なに?」 青の子がふといつもとようすが違う獣人の雌に気づいて尋ねる。

2018-07-07 20:57:06
帽子男 @alkali_acid

「人間のつける服だ。人間は毛皮がないからこういうものを作ってつける」 お館に仕える小間使いのお仕着せを模した、白と黒の衣装。なんとも筋骨のしっかりしたカズサには似合っていないが、そもそも服を着るならわしを知らない皆には判断のつけようもない。

2018-07-07 20:58:57
帽子男 @alkali_acid

黄の子は得意げだ。 「私がね!この前、翼のおじさまにねだって持ってきてもらった、人間のご本にのってたの!」 「本?」 「いろんな絵が描いてあるの」 「へー」 「それでね。カズサに着てもらいたいなって」 「へー」 「なんか、カズサきれいだ!」 「うん!」

2018-07-07 21:01:07
帽子男 @alkali_acid

騒ぐほかの少年少女をよそに、気の進まぬげに匙を動かす緑の子に、お仕着せ姿の女が近づく。 「ちゃんと食べろ」 「はい」 カズサは咳払いしてから小声で尋ねる。 「お前は…どう思う…この格好」 「いいと思います」 「そうか」 「はい」 子供の上目遣いと見下ろす大人の視線がぶつかる。

2018-07-07 21:03:11
帽子男 @alkali_acid

「ならいい」 「あー!ムンリトなに話してんだよ!」 「そーだよ!」 「カズサだっこ!」 次々しがみついてくる家畜を牧童が順に抱え上げる横で、萌葱の肌を持つひとりは、匙ですくった豆をじっとにらみ、ぽつりともらした。 「これ、やっぱりおいしくはないですね…」

2018-07-07 21:05:42
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