[R-18]魔女シリーズ7~ヘドロめいたババアがかわいい少女に惚れるが悲恋で終わる百合・中編
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老婆は、そばに引き寄せた幼いいそうろうの褐色の肌から髪にまで貝殻に入った膏薬を塗りたくり、口には真珠を含ませる。 「なんだべ」 「息吹の真珠に、圧し返しの脂だわえ。島の魔女なら扱えて当然の薬ぞ。さては勉強をさぼっておったのであろ」 「お…おら…魔女でねえもの」 「何をしらじらしい」
2018-08-16 21:42:40腐れた海霊は、見習い魔女をふところに抱いて大洋のあちこちを巡った。 たいていは暗がりで密やかに何かと話し合うばかりだったが、時折は鮟鱇(あんこう)や海蛍の灯があかあかと海底の景色を照らし、異形を浮かばせた。
2018-08-16 21:44:20「ひゃっ」 「し…声を立てるでないわえ」 かさごに似た顔と棘だった鰭を持つ人型が話しかける。ひどい訛りだった。 「ヘドローバ様。誰とお話でございます」 「誰でもないわえ」 「は…」 「それよりダゴ。首尾はどうだわえ」
2018-08-16 21:46:51魚人はうやうやしく応じた。 「は、我等深きものどもはむろん、甲羅を負うものども、鋏を振るうものども、触肢をうねらせるものども、不知火の娘ども、みな青海嘯の威に服すとの約定を交わしました…諸族は忘れておりませぬ…一度お目見えを」
2018-08-16 21:50:00泥の媼は淡々と返事をする。 「今はまだ時ではないわえ」 「しかしヘドローバ様のお声を聞けば、大洋の五十七州はこぞって」 「まだ足りぬわえ。神仙と相対すには兵も糧(かて)も得物も、それらを運びの流れも整っておらぬ。けしかけてもあたら滅ぶばかり」 「おおせの通り…」
2018-08-16 21:52:55ヘドローバは、ダゴと呼んだ鰭ある手下に語り掛ける。 「会合はいずれ開くわえ。だがその前に頭だったものだけを集めてもっと神仙の手強さを教えてやらねばならぬわえ」 「差配いたしまする」 「あまり脅し過ぎても、敵に通じるものが出ぬとも限らぬわえ」 「ありえませぬ」
2018-08-16 21:55:59ダゴは鰭をあおいで打ち消すしぐさをした。 「五十七州の民は、今なお、百千の神仙より青海嘯ただひとりを畏れておりますれば」 「その名を口にするでないわえ」 「は…」 「ゆけ」 魚人はくるりと回ってあいさつをすると、濁った肌を持つ老婆のもとを辞した。
2018-08-16 21:58:14ドゥドゥはやっと息ができる思いでヘドローバに話しかけた。 「海霊様…へ、ヘドローバ様」 「名を呼んでいいと言った覚えはないわえ」 「だめだか…」 「こにくらしいちびだわえ。好きにしや」 「あの、ヘドローバ様。今の難しい話はなんだか」
2018-08-16 22:00:17「戦(いくさ)の話だわえ」 「戦?なんだべ…」 「人と人が群なして命を奪い合うこと。わらわはその用意をしておるのだわえ」 「な、なんで…なんでそんなひどいこと」 「気に入らぬやからを滅ぼすために決まっておるわえ。きれいさっぱりと」
2018-08-16 22:01:54少女はもがいた。 「い、いぐねえだよそんなの」 「汝にはかかわりのない話だわえ」 「だども、もし、ヘドローバ様が命をおとしたら…」 老婆は襞でいそうろうをしめつけて黙らせた。 「覚えておきや。陸にも海にも鮫より飢えた人がひしめきおるわえ」
2018-08-16 22:04:59「うぐ」 「生き延びたければ、戦うか、かわすか、いつも気構えをしておくのだわえ」 おどろどろしい脅しに、見習い魔女はぎゅっとまぶたを閉じて縮れ髪を腕で守るようにし、弱々しく呟いた。 「おら…おら知ってるだ…島だって…同じだべ…」 「汝は…」
2018-08-16 22:07:02ヘドローバは小刻みに震えると、話の矛先を変えた。 「それにしても、こうして抱えているだけでは、ちっとも汝が働かぬのだから、つまらぬわえ」 「んだなや…」 「気が晴れぬゆえ、汝と同じほどこにくらしい阿呆どものところにでも連れてゆくわえ」
2018-08-16 22:09:07腐れた海霊が少女を連れて行ったのは波の上、燦々と日の降り注ぐ、無人の環礁だった。すぐに三角形の背びれがよってくる。鱶(ふか)かと身構えたが、海豚(いるか)だった。 甲高く鳴いてじゃれついてくる海獣の群に、ヘドローバはドゥドゥを投げ渡した。 「せいぜい泳ぎ回るわえ」
2018-08-16 22:10:55はじめは怯えた娘は、おどけた道化の群にじゃれつかれ、すぐけたけたと笑い始めた。さんざん遊んだあとで、へとへとになって保護者のもとへ戻って来ると、いつのまにか椰子の実が浮かんでいる。 ちょっと身構えてから、意を決しておy研いで近づくと、すでに吸い口が空けてあった。
2018-08-16 22:13:06「ヘドローバ様…」 「さっさと腹を満たして帰るわえ」 「…おら…椰子は…」 「嫌いかえ。なら海豚どもに貝でもとってこさせるわえ」 「あ、へいきだ。おら、ヘドローバ様からいただいたものならいありがてえだ」
2018-08-16 22:14:36それからも二人はあちこちを訪れた。たいていは誰かと会って難しい話をするだけで、ドゥドゥにはさっぱり分からなかったのだが、ヘドローバはあえて連れに耳を傾けさせているようだった。 たまさか相手に、腐れた海霊が飾りものを贈ると、向こうは珊瑚や真珠をためすすがめつしてから感心をあらわす。
2018-08-16 22:18:46「近頃は脅しよりも、ものをくれてやる方が手なずけやすいわえ」 「おらの作った飾りもの…あんなに喜んでもらえるだなんて」 「海を知るものが、海を思って作ったがゆえ…海に住まうものは心を惹かれずにはおかぬのだわえ」 「…えへへ…そんだか…おら…えへへ…へ、ヘドローバ様は?」
2018-08-16 22:20:52老婆はじろりと少女をにらんだ。 「この腐れた身に似合う飾りものなどないわえ」 「似合うだ!おら…そんなら、ヘドローバ様のために新しいの作るだ」 「無用だわえ」 「作るだ!」
2018-08-16 22:22:16しかし機会はなかなか訪れなかった。ヘドローバはドゥドゥを片時も離さず、いつもそばにおいておいたからだ。 海霊が集う貝の都にまでこっそりと連れて行った。そうなると、見習い魔女の存在はほかのものに知れてしまった。
2018-08-16 22:25:34巻貝の塔の並ぶ街並みに気をとられた娘が襞から転げ落ち、老婆の与えた飾りものにうっとりしていた海霊の奥方が目を止めたのだ。 「あら、ヘドローバ様その子は」 「おほん…わらわの昼餉に頭から食ってやろうと…」 「はじめましてだ、あ、奥様もおらの飾りもの気に入ってくれただか!」
2018-08-16 22:27:14「まあまあこの子が!飾りもの作り!皆!ヘドローバ様の養い児ですよ!あの美しい細工はみんなこの子が」 「…ぐ…」 「わ、わ、海霊様があんなにいっぱい。おっ父が言ってた通り、青くて透き通った肌しててきれいだなや…」
2018-08-16 22:28:51たちまちドゥドゥは、海霊の女どもの寵を一身に受けた。 大人は自分に似合う飾りものを作ってと恃み、子供は飾りもの作り方を教えてと持ちかけた。めまぐるしい時間が過ぎてゆき、少女は気づけば貝の都の広場で百も千もの人だかりを前に真珠や珊瑚の連ね方を説いていた。
2018-08-16 22:31:31「あれ、ヘドローバ様は…?」 急に不安になって尋ねると、女どものひとりが教えてくれる。 「ヘドローバ様なら、男衆の集まる帆立の天蓋にゆかれたようね」 「なんだべ…」 「さあ、魔女がどうとかって」
2018-08-16 22:32:57◆◆◆◆ 「話が違うではないか!魔女は禁忌と言っておきながら、飼いならしてそばにおいていたとは」 「もしや、魔女の力をひとりじめするためか」 「そういえば聞いた覚えがある。刀自(とじ)は若きころ、魔女と交わりがあったとか…やはり…」 百の戦士は喧々諤々のおしゃべりをしていた。
2018-08-16 22:35:16