日向倶楽部世界旅行編第61話「安穏」

予選リーグが終了し、ひと時の休息を得る戦士たち。勝利したもの敗れたもの、それぞれは立ち止まり、自らの周りを見渡す。
0
三隈グループ @Mikuma_company

姉の言葉に、沈黙を守っていた筑摩も思わず反応する。そんな二人の様子を見て、扶桑は口元に手を当ててクスクスと笑った。 「もう、本当に貴女達は良い姉妹ですね、いつまでもその様に仲良くするのですよ。ところで…」 扶桑、利根、筑摩…三人はしばらく、談話室で言葉を交わした。 〜〜

2018-08-29 21:42:12
三隈グループ @Mikuma_company

〜〜 またまた場所は変わり、ここはブルネイ泊地のトレーニングジム。普段はブルネイ泊地所属の人間しか使えないが、大会期間中は参加者も利用する事が出来る。 最も、予選が終わった直後の今日、多くの参加者が休養を取っていた為、利用者はまばら…というか、ほとんどいなかった。

2018-08-29 21:43:35
三隈グループ @Mikuma_company

その閑散としたジムの中で、足柄は身体を動かしていた。彼女はマシンを使い、適度な運動をこなす。 前日まで激しい戦闘を繰り返していたのだから、激しい運動は行わない。タブレット端末で電子書籍を読みつつ、軽めの運動で身体の調子を整える…その表情は涼しげで、余力があった。

2018-08-29 21:44:50
三隈グループ @Mikuma_company

筋骨を使うだけではなく、柔軟体操も欠かさない。新体操の選手と見紛うほど柔らかく変化する身体は、惚れ惚れするほど完成され、スマートで無駄がなかった。 そんな彼女から少し離れたところでは、苦悶の表情で激しい運動を続ける男がいる。だらだらと汗を流し、がむしゃらに動いていた。

2018-08-29 21:46:01
三隈グループ @Mikuma_company

だが悲しいことに、そのトレーニング法は効率的ではなかった。あれは筋肉を鍛えるのではなく、ただただ浪費するだけのもの、素人の鍛錬だ。 対する足柄が行うのは、適切な負担をかける計算された鍛錬。スマートに涼しい顔をしている彼女の方が、あの男より強くなっているのだ。

2018-08-29 21:47:10
三隈グループ @Mikuma_company

やがて足柄はクールダウンするとトレーニングを終え、サッとタオルや小荷物を持ち、シャワー室へと向かった。 その間も、男はがむしゃらに動き続けていた。 〜〜

2018-08-29 21:48:31
三隈グループ @Mikuma_company

〜〜 水の雫が落ちてくる。 足柄は長い髪を濡らしながら、シャワーで汗を流していた。その温度は低い、水は冷たい雨のように彼女の身体を、汗と共に流れ落ちていく。 「………」 無言で水を浴びる、ピチャピチャという水の音だけが、一人のシャワー室に木霊する。

2018-08-29 21:50:13
三隈グループ @Mikuma_company

その空間の中で、彼女は目を閉じ、壁に手をついて項垂れた。頭頂を冷たい水が打つ、文字通り頭を冷やすように、少し重い冷水が、打つ。 引き締まった肢体、張り付くように垂れた長髪、端正で整った顔立ち…そしてそこに水が流れ落ちる様は、実に煽情的な光景であった。

2018-08-29 21:52:10
三隈グループ @Mikuma_company

しかし所々にある小さな傷跡が、彼女がそういう人間ではないことを示していた。大きな傷跡こそなかったが、彼女の激情を表すにはこの小さな傷で十分だろう。 やがてしばらく水に打たれた後、足柄は目を開いた。項垂れた眼下では、水が渦を巻きながら排水口に流れていく

2018-08-29 21:53:25
三隈グループ @Mikuma_company

今流れているこれは、水素と酸素の化合物に、他の少しの元素だけ、他のものを流してはくれない。足柄の身体を伝う水は、ただただ、水として流れて行く。 その渦を巻く水の上に、足柄は赤いものが落ちるのを見た。それは赤い液体だ、彼女は顔を上げ、正面の鏡に目を向ける。

2018-08-29 21:55:12
三隈グループ @Mikuma_company

鏡には、口から赤い血を流す女が映っていた。足柄は口元に手をやり、その血を拭う、どうやら無意識のうちに口の中を強く噛んでいたらしい。その証拠に鏡に映る足柄の白い歯は、夥しいほどの真っ赤な血で染まっていた。 「………」 鏡に映る血塗れの女の顔を、足柄はじっと見つめる。

2018-08-29 21:57:05
三隈グループ @Mikuma_company

濡れた髪をかきあげるその女は、修羅の如き顔をしていた。端正な顔立ちで、クールな立ち振る舞いをするエリートには似つかわしくない、激情の表れた表情。しかし修羅の如きそれは、修羅そのものではない。 「……こういう顔なのね」 足柄は手を伸ばし、鏡の女と手を合わせる

2018-08-29 21:58:53
三隈グループ @Mikuma_company

冷たい鏡の感触が手に伝わる、とても冷たい、凍てついた温度。 足柄はもう一度、鏡の女を見る。口から血を流し、激しい感情を表している顔…だが、そこには葛藤があった。 その葛藤が何か、足柄はよく知っている…そしてそれがあるから、修羅の如き顔であっても、修羅そのものではないのだ。

2018-08-29 22:00:12
三隈グループ @Mikuma_company

シャワーの音が、雨のように響く。美しさや切なさはない、ただただ冷たく、無機質な雨だ。足柄はその雨を止め、濡れた髪を粗雑にまとめてシャワーを終える。 「………」 去り際、彼女は一度だけ振り返った。 鏡がある、鏡の中の一人の女が、悩ましげにこちらを見ている。

2018-08-29 22:02:17
三隈グループ @Mikuma_company

だがその女はすぐ、身を翻して立ち去った。 足柄もまた、同じように立ち去った。足柄は振り返る事なく、鏡の女も振り返る事はなく、二人の女は静かに、誰もいないシャワー室を立ち去った。 〜〜

2018-08-29 22:03:26
三隈グループ @Mikuma_company

〜〜 トレーニングを終え、シャワーも終えた足柄はジムを出る。昼時を回ったブルネイ泊地、予選期間中はスタジアムにいたであろう人々が行き交い、人通りは賑やかであった。 そんな時である。 「わっ…!」 足柄に、小さな人影がぶつかった。

2018-08-29 22:05:21
三隈グループ @Mikuma_company

「あらごめんなさい、怪我はない?」 ぶつかって来た人影に、足柄は優しく問う。 「は、はい…大丈夫です…すみません…」 人影は黒い髪をした少女、彼女は申し訳なさそうに謝り、足柄の顔を見上げる。それと同時、少女は目を瞬かせて声を上げた。

2018-08-29 22:06:55
三隈グループ @Mikuma_company

「あ、足柄…さん…」 「…?」 何故か自分の名前を知っている少女に、足柄は疑問符を浮かべる。だが彼女も、少女の顔にどこか見覚えがあり、訊ねた。 「…貴女、野分?」 足柄がそう問うと、少女は首を縦に振る。 「は、はい…!トラック泊地所属…いえ……野分です。」 〜〜

2018-08-29 22:08:22
三隈グループ @Mikuma_company

〜〜 野分と再開した足柄は、小洒落たレストランに入っていた。 「すみません、こんな事まで…」 「良いのよ、まだお昼食べてなかったし、同じ艦隊のよしみでね。」 おずおずとしている野分に、足柄は微笑みながらメニューを渡す。お腹の空いていた野分は、迷いながら注文を決める。

2018-08-29 22:09:42
三隈グループ @Mikuma_company

やがて二人は注文を終え、ゆったりと一息つく。 「まさか貴女がトラックを出るなんて、正直思ってなかったわ。」 スマートフォンを懐にしまいながら足柄は言った。少し前に野分はトラック泊地を旅立った、彼女もそれは知っていたが、いざ目の前にするとやはり驚きがある。

2018-08-29 22:10:56
三隈グループ @Mikuma_company

特徴的な髪型はシンプルなサイドテールに、銀の髪は地毛であろう黒に…驚くべき変貌ぶりだ。 「髪型まで変えて、何かあったの?」 「その…はい…」 那珂との出来事やそれに伴う葛藤、理由が多過ぎて上手く言葉に表せず、野分は口ごもる。そんな彼女に、足柄は優しく微笑む。

2018-08-29 22:12:40
三隈グループ @Mikuma_company

「…まあ、話したくないのなら良いわ、人には色々あるものだから。」 「あ、ありがとうございます…」 緊張からか、野分は少したどたどしい。最も、足柄は直属でないにせよ野分の上司に当たる存在、しかも文武両道の実力派艦娘なのだから、緊張するのはむしろ自然でもあった。

2018-08-29 22:13:46
三隈グループ @Mikuma_company

しばらくして、二人の料理が来た。足柄はサーモンのシーフードパスタ、野分はビーフシチューとパン、カロリーは野分の方が上だった。 「うわぁ…いただきます」 「いただきます。」 二人は手を合わせた後、それぞれの料理を口へと運ぶ。どちらの料理も美味しく、食事はテンポ良く進む。

2018-08-29 22:15:17
三隈グループ @Mikuma_company

その間、二人は他愛のない言葉を交わす。足柄は突如出奔した野分の事が気になっていたが、深入りする気は無かった。 そんな彼女に、野分は恐る恐る訊ねた。 「あの…足柄さん」 「何かしら?」 くるくるとパスタを絡め取りながら、足柄は先の言葉を待つ。そこへ野分は、少し間を置いてから続けた。

2018-08-29 22:16:50
三隈グループ @Mikuma_company

「…足柄さんって、何か憧れていたものとかって、ありましたか…?」 「憧れ…?」 足柄は手を止め、疑問符を浮かべる。 「憧れ…随分唐突な質問ね、心理クイズとかじゃあ無いわよね?」 「ち、違います…だけどその、いきなりすみません…」 萎縮してしまう野分に、足柄は微笑む。

2018-08-29 22:18:14