日向倶楽部世界旅行編第61話「安穏」

予選リーグが終了し、ひと時の休息を得る戦士たち。勝利したもの敗れたもの、それぞれは立ち止まり、自らの周りを見渡す。
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三隈グループ @Mikuma_company

「別に良いのよ、年長者にものを聞くのはきっと正しいわ。でも、憧れねぇ…」 彼女はパスタをくるくると回し続けながら、少しジッと考える、くるくるくるくる、パスタの塊が大きくなる。やがてその塊が口に入らなさそうな程になった頃、足柄は口を開いた。

2018-08-29 22:20:05
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「……ごめんなさい、考えた事も無かったわ。」 「えっ…?」 野分から見て、足柄は大人であった、芯の通った強い人であった。だから、この答えは意外だった。 「何になりたかったのかしらね…いつも当たり前を過ごして、そうやって今がある…」 足柄はつらつらと語る。

2018-08-29 22:21:41
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「ただ前に出された試験で点を取って、出来事をこなして…。大学に入った時も周りには持ち上げられたけど、それって私にとってはごく自然な成り行きだったわ。 エリートエリートって人は言ったけど、私はなろうとしてそうなったんじゃない…それは、ただの"結果"なのよ…」

2018-08-29 22:23:18
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黙ったまま聞く野分に、足柄は自嘲気味に笑った 「…まあ、そんな事言ったって、そういう状況や日々を受け入れてたのは確かなんだけどね。当たり前の日常を過ごして行く日々、そこに不満は無かった、そのはずなのよ…。」 彼女はそう言うと、窓の外の海に目を向ける。

2018-08-29 22:25:34
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「…でも何か満ち足りなかったから、言い知れぬ衝動に駆られて、それまでの積み重ねを放り出して、艦娘になったのかもしれないわね…。」 そこまで言うと、足柄はフフッと笑って野分の方に向き直る。 「ごめんなさいね、質問にも答えないで、何か変な話しちゃったわ。」 「いえ、大丈夫です…」

2018-08-29 22:27:00
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足柄ほどの女性から出た、あまりに意外な心情の吐露…野分は呆気に取られながらも、深く考えを巡らせる。 そんな彼女に、足柄は改めて言った。 「でもね野分、私…なりたいものは分からなかったけど、したい事ならはっきりと分かるわ。」 「そうなんですか?」

2018-08-29 22:28:48
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野分が食い入るように訊ねると、足柄は微笑む。 「ええ、心の底から願う、絶対にやりたい事がある…」 「すごい…どんな事なんですか?」 噛み締めるように言った彼女に、野分はさらに訊く。だが足柄は、クスクス笑いながら首を横に振った。

2018-08-29 22:30:14
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「フフッ、それは秘密。出来るかどうか、私も…まだ分からないから…」 静かなトーンで彼女はそう言うと、アイスティーを一口飲む。そんな彼女に、野分は強めの口調で言った。 「…足柄さんなら、絶対出来ると思います。」 「……あら、随分と言い切るわね、どうしてそう思うの?」

2018-08-29 22:31:33
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目的も手段も、何も分からないのに断言する野分に、足柄は笑いながら訊ねる。すると野分は、真剣な顔で言った。 「だって…当たり前のように色んな事を出来た人が、心の底から願う事なんです。出来ないはずがない、絶対に出来ますよ!」 足柄を真っ直ぐ見つめ、野分はきっぱりと言う

2018-08-29 22:33:32
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彼女の目は純粋に、透き通るように足柄を見ていた。足柄はその目を見て、優しく微笑む。 「………そう、そう思われて、悪い気はしないわね。」 「…あっ!す、すみません…なんか偉そうに…」 「良いのよ。変に畏まられるより、貴女くらいの方が良いわ。」

2018-08-29 22:34:50
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そう言って足柄がにこやかに笑うと、食後のデザートが運ばれてきた、美味しそうな焼きプリンである。二人は手を合わせ、それを口に運ぶ。 プリンは甘かった、メリハリのあるなめらかな食感と程よい甘さ、それは口内に穏やかな幸せを運ぶ。足柄はそれを飲み込むと、小さく呟いた。

2018-08-29 22:36:32
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「……美味しいわね」 それは他愛のない感想、しかし呟く彼女の姿は、どこか物悲しかった。 (小さな幸せに囲まれながら、穏やかで、静かに……。そよ風に吹かれて、時々現れる小さな波に、ほんのりと揺られる…。それはきっと、幸福なのよね…) プリンが甘い。甘く、小さな幸せ。 〜〜

2018-08-29 22:37:52
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〜〜 食事を終えた二人は、お互いやる事もあるため、なんの事なく別れる事となった。 「あの、ご飯ありがとうございました…」 「フフッ、良いのよ。貴女みたいな若い子が旅に出るって、大変な事なんだから。」 足柄は微笑みながら、レシートをくしゃっと丸めてポケットにしまう。

2018-08-29 22:39:38
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「決勝トーナメント、お互い頑張りましょうね」 「はい、頑張ります!」 野分も足柄も、互いに予選を抜けている。決勝トーナメントへの意気込みを表すように、野分は強く頷いた。 やがて二人は少しの言葉を交わすと、互いに別々の道へと別れて行った。

2018-08-29 22:40:57
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野分と別れ、歩いている途中…足柄はふと、周囲の景色に目を向けた。 小さな子供を連れた親子が、笑顔で道を歩いている。若いカップルが、仲睦まじくワッフルを食べている。色の綺麗な小鳥が、植え込みのそばで小さく鳴いている。 空は青く、雲はゆっくりと流れる…日が、時が、静かに流れる。

2018-08-29 22:42:53
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小さな幸せが、穏やかな日常を形作る。広いどこかには過酷な世界もある、しかし足柄の立つ場所は、幸せに彩られた世界だった。 「………」 ふと気付くと、足柄の近くにベンチがあった。まるで彼女が座るのを待つように、ベンチは静かに、席を空けている。

2018-08-29 22:45:20
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だが足柄は、座る事も近寄る事もなく、静かにそこを立ち去った。振り返る事も、歩みを遅めることもなく。 やがて足柄の去った方向から、そよ風が吹いて来た。座る者の居ないベンチの上を、風は静かに吹き去った。 第61話 「安穏」 おしまい

2018-08-29 22:46:50