- alkali_acid
- 3004
- 5
- 0
- 0
>高校時代に一緒にバカをやっていた親友が死んで15年、都会の大学と地元の大学、別の大学に進んだ後は年賀状のやりとり程度で疎… odaibako.net/detail/request… #odaibako_alkali_acid
2018-09-01 20:50:24◆◆◆◆ 次藤健作は、小さい頃から“時計屋”というあだ名だった。実際、時計の卸をやるようになったので、不思議なものだ。 小さい頃はかなり大きな、古い地方都市で育った。空襲でやられなかったので昔ながらの建物が残っていて、その軒をかすめそうなところを路面電車が走っている。
2018-09-01 21:07:38といっても自転車をこいでいけばすぐ田んぼと畑にかわり、もっと行くと山だの川だの池だのある規模だ。季節によって濃い霧がかかるので、霧の都とか、地方紙がかっこうをつけて呼ぶこともあったが、うけはよくなかった。 父は電電公社のため通信線敷設をする技師で、仕事のため家族で引っ越してきた。
2018-09-01 21:11:24女癖の悪い父と母は折り合いが悪く、喧嘩が絶えず、また霧の都の水もあわなかったらしく、あっさり出て行った。家政婦を雇っていたが、よく手を出すのでいつかない。 面白くないので飲みに行く。ひとりっこの健作にもあまりかまわない。
2018-09-01 21:13:14健作は健作で好き勝手にさせてもらうということで、父の持っている本を読みああさり、工具をいじりまわし、けがをしては叱られた。 「お前はとんでもない無茶をやるな。いつか自分で自分を吹っ飛ばすぞ」 電灯を修理しようとして、感電した息子に、父は呆れたようすで告げたが、それきりだった。
2018-09-01 21:15:35健作こと時計屋のネジが飛んだようなところは、感電がよくなかったのか、親がほうりっぱなしにしたのがいけなかったのか。もともとか。 不良というのではなかったが、どこか危なっかしい、普通なら思いとどまるようなまねをする子供に育った。
2018-09-01 21:17:07そうそう時計屋というあだ名の話だが、健作は壊れた時計の部品をかき集めて、自作の時計を作ったのだ。もちろんまともに動くはずはないが、カタログやら説明書やら、機械や電子工作の入門書やらを乱読し、失敗に失敗を重ねてだんだんと針が回るぐらいにはなった。 それをいつでも持ち歩く。
2018-09-01 21:19:24ヘンテコなちびだった訳だが、それを言えば霧の都の地元の連中だって総統におかしかった。時々、ふっと頭を上げて、特定の方角を見たり、耳を澄ませたりしている人間がいる。頭がおかしいのではない。ほかのときはごく普通の職人や物売りや、百姓やら主婦やら。
2018-09-01 21:21:03もちろんそんなまねをしない人間もいる。健作がなんとなく察したのは、古くから街や周辺に住んでいる家の連中はよくやるということだ。 あと、誰かがそういう仕草をしたあとはたいてい霧が出た。
2018-09-01 21:22:23だから“時計屋”が多少おかしかろうと、あまり目立ったなかったと言っていい。いや目立とうが目立つまいがどうでもいい。健作は他人にさほどの興味がなかった。
2018-09-01 21:23:03だから三好肇(みよしはじめ)と三好夕花(ゆうか)に出会ったときも、二人が川の真ん中で、そろって遠くを見るようなそぶりをしていた時も、「いつものあれか」と思って通り過ぎようとしただけだった。
2018-09-01 21:24:22肇は健作と同い年ぐらい、夕花は五つぐらいは年上だったろうか。姉弟、いや姉妹に見えた。 半ズボンにシャツの小柄な少年が、白いワンピースに麦わら帽子の背の高い少女の手を引いて、浅瀬を渡ろうとしていたところだった。
2018-09-01 21:26:25二人は素足にサンダルばきで、健作は「ヒルに食われそうだな」とふと考えたかもしれないが、すぐ今直している懐中時計の部品を手に入れる方法に気をそらした。小学生には無理な話だったが、考えずにはいられなかった。
2018-09-01 21:28:15夕花のサンダルが川にとられて流れてきた。 肇があっと叫んで追いかけようとするが、届くはずもない。 健作はもちろんそのまま無視してもよかったが、「とって」と相手が頼んできたのだ。 「めんどうだな」と思いつつも、機械の類を岸においてざぶざぶ水に入ると、サンダルをうまくつかんだ。
2018-09-01 21:30:33向こうが追いつくのを待って、「はいこれ」とサンダルを渡して帰ろうとすると、はじめ女子だと思っていたのが男子らしいのが分かった。かわいらしい顔が、ちょっとにらむような目つきをしてから、ぼそっと「ありがとう」と言った。「じゃあ」と健作はあいさつした。
2018-09-01 21:32:06だが岸に戻るとヒルが吸い付いていた。 「あ、食われてる」 言わずもがなのことを女顔の少年が言うので、健作は騒ぐのもしゃくになって、機械を入れた背嚢をあさって、発火装置を出した。電池式で、火花を散らす、だけ。一度感電したあれを改造したものだ。 「なにしてるの」 質問には答えない。
2018-09-01 21:33:51ばちばち火花を散らすと、ヒルは剥がれ落ちた。 「すごい」 相手が褒めるので、健作はさすがに得意になった。だが吸い跡から血は出ている。向こうはじっと傷をみてから、薄情なことを言う。 「僕、夕花姉にサンダルもっていかなきゃ」 「じゃあ」 「まってて」
2018-09-01 21:35:23少年は年嵩の少女を連れて戻ってきた。 「ありがとうございます。わたし、三好夕花(ゆうか)といいます」 「僕は三好肇(はじめ)」 別に名乗らなくてもいいのにと思ったが、いちおう答えねばならない。 「次藤健作です] 「あれ?転校生?」 「もう半年いる」 「同じ学校だね」 「じゃあ」
2018-09-01 21:37:19帰ろうとするのを、肇がさえぎった。 「うち来なよ」 「いい」 「そのけが、手当しますから」 「いいです」 「夕花姉の作ったおはぎがあるよ。僕のあげる」 「…あー」 おはぎ。
2018-09-01 21:38:54三好の家というのはお屋敷だった。顔色の悪いお年寄りが下働きをしているようだが、あとはがらんとしている。庭はきれいに整っているが、多分業者が入っているのだろう。何となく寒々としていた。とはいえ健作はおはぎ以外はどうでもよかった。
2018-09-01 21:40:21三個食べたあたりで、肇が目を丸くしているのに気づく。 「よくそんな入るね」 「べつに」 「もう一ついかがですか。でも、お夕飯にさしつかえる?」 「だいじょうぶです」 夕花のおはぎはうまかった。肇がうらやましかった。
2018-09-01 21:41:39「お茶もどうぞ」 「ありがとうございます」 「ねえねえ。次藤君の持ってるあれ、なに」 「発火装置」 「発火装置って何するの」 「火が出る」 「火?電気でしょ」 「そうだけど」
2018-09-01 21:43:34「機械が好きなの?」 「まあ」 「うちの蔵にもいっぱいあるよ。時計とかだけど」 「時計」 「あと蓄音機とか」 「蓄音機」 「あと…ラジオかな」 「ラジオ!」
2018-09-01 21:44:50健作は気づくと肇に詰め寄っていた。 「三好君」 「う、うん」 「友達ってことでいいか」 「えっ、うん」 「見せて」 「き、機械?」 「うん」 「いいけど…」
2018-09-01 21:45:44