松井和翠=責任編集『推理小説批評大全総解説』を読んでの感想

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シン@本 @naosarakyaa

松井の公正さは大岡昇平「松本清張批判」評や「除夜を歩く」評にも表れています。「除夜を歩く」評は松井と孔田多紀と秋好亮平による巻末座談会で、これまでの収録作を振り返る内容になっています。「松本清張批判」は大西巨人「俗情との結託」に似ているという秋好の指摘は鋭い。

2018-11-08 00:59:40
シン@本 @naosarakyaa

感傷が最もいい形で出たのが「夢幻の錬金術師」評。人格円満な秀才作家山村正夫が人格低劣な天才作家大坪砂男に憧れるという図式にしびれます。『夜間飛行』評も読ませる。「乱歩妖説」評と『戦前戦後異端文学論』評も山田風太郎への感傷が心に残ります。

2018-11-08 00:59:57
シン@本 @naosarakyaa

もちろん松井の持ち味は愚直公正感傷だけではありません。北村薫の評論を高さで選ぶならこれ、深さならこれ、広さなら……と挙げてゆく「『日本探偵小説全集11名作集1』」評の楽しい呼吸。「柳桜集跋」と「一人の芭蕉の問題」、『地獄の読書録』と『紙上殺人現場』等を隣合せる趣向。

2018-11-08 01:00:16
シン@本 @naosarakyaa

「『ちみどろ砂絵・くらやみ砂絵』解説」評でのシンポ教授こと新保博久はクライム・クラブ系と書誌学系のハイブリッドであるという納得の指摘。(私はシンポ教授なら宮部みゆき『ステップファザー・ステップ』(講談社文庫)解説を挙げたい。ほとんどインタビューの引用で構成された超絶技巧!)

2018-11-08 01:00:32
シン@本 @naosarakyaa

『物語の迷宮』評は内田隆三『ロジャー・アクロイドはなぜ殺される?』との併読を勧めて「それ以外に、付け加えるべきことは、特にない」と僅か三行で終るあっけなさ。まるで丸谷才一『新々百人一首』の赤染衛門評釈「夫の死の翌年春の詠である、といへば付加へるべきことは何もない」(全文)のよう。

2018-11-08 01:00:49
シン@本 @naosarakyaa

文体模写が最も上手くいったのは「風を視る」評での『人間臨終図鑑』の真似でしょう。私は「あれ、あの本に高木彬光の項があったのすっかり忘れてた。横溝正史は覚えてるけど」とすっかりだまされてしまいました。一方、植草甚一の真似は遊歩性が出ておらずよくない。やはり松井の持ち味は愚直さです。

2018-11-08 01:01:04
シン@本 @naosarakyaa

ではここで『推批大解』のまとめを。 名選出ベスト3 松本清張「新本格推理小説に寄せて」 「第一回〈幻影城〉新人賞小説部門 選評」 波多野健「『ブラッディ・マーダー』」 選考文ベスト3 山村正夫「夢幻の錬金術師」評 佐野洋『推理日記Ⅰ』評 有栖川有栖「除夜を歩く」評

2018-11-08 01:01:21
シン@本 @naosarakyaa

名選出について。あの社会派の巨匠清張が本格派復興の旗揚げをするという面白さ。泡坂妻夫のデビュー作への低評価にパラダイムシフトを見るという着眼点。そしてジュリアン・シモンズは新本格をどう評したかを鬼気迫る勢いで想像する平行世界SFのような書評。博覧強記にひれ伏すしかありません。

2018-11-08 01:01:36
シン@本 @naosarakyaa

選考文について。前述したように「夢幻の錬金術師」評は空想的な感傷が心地よい。『推理日記Ⅰ』評のリストは労作。そして「除夜を歩く」評の巻末座談会は何度も読み返したくなる。三人の知性に圧倒されます。そして私と三人の間の距離も明らかになる気がして、そこがまた面白いのです。

2018-11-08 01:01:51
シン@本 @naosarakyaa

その距離はどこから来るのかというと、佐野洋への評価の違いから来るのではないかと思います。三人とも、苦手だけど評価せざるを得ないというスタンスなのですね。ところが私は佐野洋が大好きで、積極的に評価したい。これはいい悪いではなく(というかいいも悪いもない)違いが面白い。

2018-11-08 01:02:06
シン@本 @naosarakyaa

巻末座談会で佐野洋の視点理論は実例がないのが惜しいという流れになっていますが、実例は宮部みゆき『長い長い殺人』ではないでしょうか。理論の実例が本人である必要はありません。また視点理論を「佐野洋の人間性みたいなところに回収されがちなのはいかがなものかな」とありますがこれは一体?

2018-11-08 01:02:22
シン@本 @naosarakyaa

秋好は佐野洋を「稀有な抑圧者」と呼んでいます。しかしその伝なら小鷹信光も笠井潔も「抑圧者」ではないでしょうか。なぜ佐野にだけ否定的な意味合いのある呼び方をしたのでしょう。このあたりの言葉の使い方に佐野洋との距離を感じます。くどいようですが、これはいいも悪いもないのです。

2018-11-08 01:02:43
シン@本 @naosarakyaa

私は十年前、永井路子『岩倉具視』を読み「私は丸谷才一と永井路子と佐野洋を尊敬している。いずれも1920年代産れで、共通するのは、理性。この三人は「情緒」や「空気」にまっこうから逆らい(略)理性を大事にしてきた。そこには清潔な色気が漂う」booklog.jp/users/naosarak…と書いたことがあります。

2018-11-08 01:05:37
シン@本 @naosarakyaa

私は佐野洋の明晰な理性が好きです。鋭い批評を書きながらも眼高手低に陥らず大量に小説を書き続けた旺盛な執筆活動が好きです。いつでもあっさり読める透明感のある作風が好きです。日本の推理小説批評家を一人選べと迫られたら悩みますが、二人選べと迫られたら迷わず佐野洋と瀬戸川猛資と答えます。

2018-11-08 01:05:52
シン@本 @naosarakyaa

『推理日記』で北方謙三『棒の哀しみ』の文体実験を評してその不徹底と矛盾を追及し「そんなことを言っていたら小説が書けなくなってしまうではないか、と言われるかもしれない。そう、本当に書けなくなってしまうのである」ともらすおかしみは余人にはなかなか出せません。

2018-11-08 01:06:12
シン@本 @naosarakyaa

三人それぞれミステリ評論書ベストテンを選出しているのですが、三人とも選んでいるのが佐野洋『推理日記』と巽昌章『論理の蜘蛛の巣の中で』なのは象徴的です。巽は新本格の伴走者で「宿題を取りに行く」で佐野洋を批判しています。そして『推批大解』は「宿題を取りに行く」を採っているのです。

2018-11-08 01:06:27
シン@本 @naosarakyaa

こうなってくると、『推比大解』という大河ドラマのクライマックスは佐野洋と巽昌章の対決にある、と言えるかもしれません。その「宿題を取りに行く」は「幻影城」1982年2月号の佐野洋と権田萬治の対談「現代推理小説と批評」第2回への反論です。巽はこう書きます。

2018-11-08 01:06:43
シン@本 @naosarakyaa

「そして七八年二月号に掲載された権田との対談中で、佐野洋が、探偵小説の再評価そのものを否定するに至る。それは要するに、「鴉殺人事件」的な幼稚さの批判であり、読者が我慢して読まねばならないような稚拙な小説を発掘するなというものだった」

2018-11-08 01:06:56
シン@本 @naosarakyaa

しかし佐野洋は「探偵小説の復権を否定」などしていないのです。対談の終り際、権田に「最後に『幻影城』の批判をひとつやってくれという編集部の注文です」と促されて、佐野はこう言っています。「つまり『幻影城』が、いわゆる昔の埋もれた作家を取り上げたりなんかしているわけでしょう。

2018-11-08 01:07:12
シン@本 @naosarakyaa

そういうのを読んでみた感想を率直にいいますとね。確かに理想は、いわゆる作品の理想というのはあるんだけども、結局これは埋もれたのは埋もれるだけの理由があるなということなんです。結局アマ・プロ非分離時代のアマの作品だという感じなんです。僕らが見るとね。

2018-11-08 01:07:27
シン@本 @naosarakyaa

アマの持っている、その゛初々しさ゛っていうのはあるだろうし、それの良さは認めるけれども、それが、こんなかたちで、探偵小説の復権というものが叫ばれるんでは、かなわないなという……」

2018-11-08 01:07:44
シン@本 @naosarakyaa

「幻影城」が前年の1977年に復刻していたのは小舟勝二「デパートメントストア狂想曲」和氣律次郎「二重の陥穽」田中総一郎「ものいう犬」松浦美壽一「宝猫」埴輪史郎「極南魔海」南沢十七「夢の殺人」蒼井雄「霧しぶく山」甲賀三郎「勝者敗者」西尾正「陳情書」大庭武年「13号室の殺人」

2018-11-08 01:07:59
シン@本 @naosarakyaa

多々羅四郎「臨海荘事件」酒井嘉七「京鹿子娘道成寺」「探偵法第13号」「空飛ぶ悪魔」山本禾太郎「小笛事件」持田敏「遺書」橋本五郎「疑問の三」木村清「黒鳥共和国」村田等「山脇京」寮快太郎「豪華なるX殺人事件」八重座蛍四「鴉殺人事件の真相」黒田米平「氏原正直殺害事件」といった顔ぶれです。

2018-11-08 01:08:13
シン@本 @naosarakyaa

佐野は明言していませんが、批判しているのはこのあたりの作品でしょう。「僕らが一番、いわゆる旧探偵小説に反発するのはね、文章の点なんです。現実的な世界じゃないなんてことはね、それはね、そういうのを認めりゃいいんですよ、だけど同じ現実的な世界を書いてないんでも、文章のひどさね。

2018-11-08 01:08:27
シン@本 @naosarakyaa

それで、これはたかが探偵小説なんだからと、半ば諦めて読まない限り、読めないものがほとんどだった。だからそれに対して一番反発して、僕らが曲がりなりにもやってきた努力が、またこんな変てこりんな、文章にもなってないもんでね、読者がまたそこに戻られたんじゃかなわないなという……」

2018-11-08 01:08:42
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