松井和翠=責任編集『推理小説批評大全総解説』を読んでの感想

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シン@本 @naosarakyaa

結局この件は「我々は近代人になるべきだ」という佐野洋の理想と「我々はかなりのところ古代人だ」という巽昌章の認識との衝突といえるかもしれません。複雑な世界を一本の線でまとめようとする佐野洋と、複雑な世界に蜘蛛の巣を張り巡らしてさらに複雑にする巽昌章とでは合うはずがないのです。

2018-11-08 01:18:25
シン@本 @naosarakyaa

これはかなり野放図な想像ですが、佐野洋による戦前探偵小説の否定には戦争責任の問題も絡んでくるのではないでしょうか。海野十三など軍国主義のイデオロギーと化した作家が何人もいました。また佐野の文語文嫌いは意味が通らなくても権威をもってしまった歴史(教育勅語がいい例)から来ています。

2018-11-08 01:18:48
シン@本 @naosarakyaa

「現代推理小説と批評」を読むと、佐野は推理小説と現実の政治を結びついて語ることに非常に慎重です。権力者である警察官はなるべく主人公にしたくない、便宜的に記者を主人公にすることが多いがマスコミもまた権力者である、冤罪事件の片棒をかつぐことも多々あると述懐しています。

2018-11-08 01:19:11
シン@本 @naosarakyaa

佐野は日本共産党のシンパでしたが、小説ではあからさまな礼賛は慎んでいます。文語調を捨て講談調を捨て土着性を捨て名探偵を捨て視点の混乱を捨てた佐野洋。その異常なまでにストイックな無色透明さは、政治に振り回された苦い経験から来ているのではないでしょうか。

2018-11-08 01:19:31
シン@本 @naosarakyaa

と、ここで思い出すのは丸谷才一のこんな発言です。「この間、山口瞳さんが、「私は、亀井勝一郎とか清水幾太郎とか、ああいう美文で若い者をそそのかして生計を立てた人間は、絶対にいやだ」と書いていた。ああいう文章を読むと、本当に同世代の人間がいるという気持ちになる」

2018-11-08 01:19:51
シン@本 @naosarakyaa

(「昭和史は誰でも参加できる歴史研究」『丸谷才一と17人のちかごろジャーナリズム大批判』所収)この山口瞳の文章の出典はわかりませんが、山口の代表作『江分利満氏の優雅な生活』には主人公の江分利満氏が昭和十二年の大学野球を思い出し、若い彼らを戦地に追いやった大人を憎む場面があります。

2018-11-08 01:20:13
シン@本 @naosarakyaa

「しかし、白髪の老人は許さんぞ。美しい言葉で、若者たちを誘惑した彼奴は許さないぞ。神宮球場の若者の半数は死んでしまった。テレビジョンもステレオも知らないで死んでしまった」 「美しい言葉で若者を釣った奴(略)みんなが許しても俺は許さないよ、俺の心の中で許さないよ」

2018-11-08 01:20:42
シン@本 @naosarakyaa

江戸川乱歩ですらしぶしぶ時局に迎合した諜報もの『偉大なる夢』を書かざるをえなかった、という事実を思うと、佐野洋のいう旧探偵小説に反発した「僕ら」という言葉には仁木悦子や松本清張や結城昌治だけでなく「僕ら戦後民主主義者」という意味合いも込められているように思えてくるのです。

2018-11-08 01:21:19
シン@本 @naosarakyaa

閑話休題。権田萬治『日本探偵作家論』が古びてしまい今はレトリックのみが残るという論旨には異議あり。確かに各論ではよりすぐれた評論が出ていますが、大乱歩もマイナー作家も同等に扱う本書を通読することで時代性や比較対照が見えてくる仕組みになっている。総体としての読み心地は唯一無二です。

2018-11-08 01:21:57
シン@本 @naosarakyaa

また松井は90年代に入ってスパイ小説と冒険小説が力を失ったのは批評の少なさもあるのではと推測していますが残念ながらこれは批評への過大評価かと。スパイ小説の衰退は冷戦崩壊の影響、冒険小説衰退は主要作家が別分野に移行したのと不況下での取材費減少と読者が男の美学に酔えなくなったからでは?

2018-11-08 01:22:19
シン@本 @naosarakyaa

そもそも冒険小説評論はともかく、スパイ小説評論は日本ではあまり多くなかったような気がします。 さてここで『推批大解』の編集方針について見ていきたいと思います。繰り返しますが、ほとんど前例がない中で黒岩涙香から有栖川有栖までを推挙した松井の偉業は称えられるべきです。

2018-11-08 01:22:54
シン@本 @naosarakyaa

もちろん自分だったらこれを選ぶ、これは選ばない、と異議を唱える読者も出てくるでしょう。かくいう私もその一人です。しかしこれは『推批大解』を全否定するわけではありません。むしろ発展であり、継承でもあります。批判なくして継承なし。本書は批評を誘発する批評本とも言えるでしょう。

2018-11-08 01:23:16
シン@本 @naosarakyaa

『推批大解』は丸谷才一「エンターテインメントとは何か」を採つてゐますが、ウーム、わたしは首をひねりました。丸谷のミステリ論の中でこれが特にいいとは思へません。この時期の丸谷の文章はまだまだ硬く味はひに欠ける。グレアム・グリーンの文学と探偵小説について語る内容もそこそこの出来。

2018-11-08 01:23:42
シン@本 @naosarakyaa

丸谷のミステリ論といへばなんといつてもチャンドラー論でせう。あの台詞を有名にした感傷的な名文「フィリップ・マーロウという男」その後日談「チャンドラーと角川映画の奇妙な関係」改めての作家論「これが文学でなくて何が文学か」村上春樹訳を歓迎する「ハードボイルドから社交界小説へ」。

2018-11-08 01:24:05
シン@本 @naosarakyaa

どうです、豪華でせう。これに最後の一文で評伝の役割を崩壊させてしまふ恐るべき書評「星と星との距離」も加はるんだからすごいよ。丸谷にとつてチャンドラーがたいへん大事な作家だつたことがわかりますね。丸谷の作家論でこんなに充実してゐるのはほかにジョイスと大岡昇平くらゐぢやないかしら。

2018-11-08 01:24:28
シン@本 @naosarakyaa

もちろん『推批大解』全体を見渡せば「エンターテインメントとは何か」を採つた理由もなんとなく推察できます。この本は一体に推理小説と文学との違ひについて考察する文学原論を好む傾向があるんですね。しかし原論ならば丸谷には「なぜ読むのだらう?」「茨の冠」がある。

2018-11-08 01:24:59
シン@本 @naosarakyaa

「なぜ読むのだらう?」は探偵小説を読む読者の心理を冗談半分に考察する短文で、あの有名な「筋のねぢれの力学」といふ言葉を生み出した。「茨の冠」は卑小な人間の聖化といふ観点から文学史をおさらひし、探偵小説にもふれてゐる。わたしなら「なぜ読むのだらう?」を選ぶね。さうしない手はないよ。

2018-11-08 01:25:23
シン@本 @naosarakyaa

しかしこれは原論に限るならといふ話で、限らなくていいならチャンドラー論を選びます。松井の選考文も要領を得ませんね。花田清輝が「エンターテインメントとは何か」を意識してゐたとは思へないよ。おや、丸谷だけで大分時間をとつてしまつた(君ももううんざりでせう)。さあ、次に行かなくちやあ。

2018-11-08 01:27:24
シン@本 @naosarakyaa

中村真一郎からは「スープのなかの蠅」が採られています。推理小説と文学の関係について論じた堂々たる評論で、丸谷と違ってこちらは順当な選択。しかし私は順当ではない選択をしたい。赤川次郎との対談「赤川くんこれまでに何人殺しました?」に差し替えようと思います。

2018-11-08 01:27:50
シン@本 @naosarakyaa

中村の俗っぽい好奇心と赤川の真面目な文学志向がうまくかみ合った、実に楽しい対談です。初出オール讀物1985年12月増刊号。底本『ビッグ・トーク』(文春文庫)。なぜこれを採りたいかというと、どうしても赤川次郎論を入れたかったからです。 pic.twitter.com/Sb87YKySfk

2018-11-08 01:29:01
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シン@本 @naosarakyaa

日本推理小説の時代を変えた作家といえば第一に江戸川乱歩、第二に松本清張。第三は誰かというと島田荘司でも綾辻行人でも京極夏彦でもなく赤川次郎だと思うのです。新本格後の三十年のミステリの潮流について綾辻行人は「ミステリの現実離れ」と名言を吐きましたが、これは赤川以後の潮流ではないか。

2018-11-08 01:29:42
シン@本 @naosarakyaa

今と清張の時代では小説中のジェンダー観も相当変りました。転換点はと考えると、これも赤川以後ではないか。赤川のジェンダー観は同時期の流行作家だった西村京太郎や山村美紗と比べても圧倒的に新しい。そして客層が若かった。もちろん小峰元や栗本薫もいましたが赤川の売上は桁違いです。

2018-11-08 01:30:16
シン@本 @naosarakyaa

これほど偉大な赤川次郎ですが、本格的な赤川論がなかなか見当らない。(今 #赤川次郎完全攻略 という試みが継続中ですが、完結したらよい手引きになるでしょう)そこで奇手としてこの対談を、と思った次第です。現代世相からクリスティーやディケンズにまで話が及び、読み応え抜群。

2018-11-08 01:30:42
シン@本 @naosarakyaa

中村「あなたの小説のおもしろさは、ぼくが知らないこと書いてあるんですよ(略)つまり若い女の子なんか出てくるでしょう」「(注:事件が)起こんなくても大丈夫なんだなあ、あなたの小説は」 赤川「大学生が『トニオ・クレエゲル』読んで全然わけがわからなかったというから、それはちょっとねえ」

2018-11-08 01:31:21
シン@本 @naosarakyaa

中村「しかし、みんな男がだらしなくて、女がしっかりしてますね。あれは何かあるんですか?」赤川「やっぱり自分がそうなのかもしれませんけどね。(笑)女の子を主人公にした方が明るいっていいますか、想像で勝手に書けるから、気が楽なんですね」

2018-11-08 01:31:50
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