コルセア乗りのミーナ

深海さかな @dzurablk_kai

武装民間機乗りで賑わうその酒場は、今日も変わらず賑やかだった。 「マ”ーサ”－－－ァァァ！！！　ファルカがまた胸のサイズで苛めたぁぁぁ！！！」 そんな叫び声に続けて、酔った羽根娘が転んだのか、テーブルがひっくり返されグラスが割れる音や数人の笑い声が響き渡る。 #荒馬とメイドの口説き方

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「全く、ここじゃ静かに酒も飲めやしねえな」 カウンター席の大柄な白人男性はそう言うと、傍らに座った黒羽根の羽根族女性に悪戯っぽく笑いかけた。 「飲めないも何も、今日のアルコールはそれで最後ですよ。酒代だって馬鹿にならないんですから」 #荒馬とメイドの口説き方

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切れ長な瞳と端整な顔立ち、しゃんと伸ばされた背筋、そのどれも微動だにさせず、平坦な声音で応えた女性が身につけているのは、驚くべきことに古式ゆかしいロングスカートのメイド服である。だが亜人種と各国の飛行気乗りが集う、この人種のるつぼのような酒場においては、 #荒馬とメイドの口説き方

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その奇抜な給仕服も不思議と違和感が無かった。 「つれないねえ、ミーナは」 「お給金が今より高ければ一杯くらいはお付き合いも致します。ですがここ数ヶ月は出世払いの繰り返し。それどころか機体に積むためのスーパーターボチャージャーまで買い足したとあっては、 #荒馬とメイドの口説き方

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皮肉の一つも出るというものです」 ミーナと呼ばれたメイド羽根ッ娘はそう返すと、これ見よがしに目の前のグラスの水を一息に飲み干す。ちなみに彼女が酒を口にする所は、いまだかつて誰も目にしたことがない。 「なあ、頼む！　もう一杯だけ、いいだろ！？」 #荒馬とメイドの口説き方

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ミーナの横に座っていたトム・オニールはそう言うと、両手を合わせて頭を下げた。いつの間に日本風のマナーを覚えたのだろうか、ミーナの知る限り彼が日本に滞在したという過去も、そういったエキゾチックな趣味も無かったはずだが。 #荒馬とメイドの口説き方

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ミーナは無感情の中にも不思議さを僅かに湛えた瞳で、すぐ横に座る身の丈180センチはあろうかという男性を見下ろした。金髪、ブルーアイなトムはそのガタイに反して、性格は子供っぽく行き当たりばったり。ここで折れたらきっとまた、要らぬ買い物をするに決まっている。 #荒馬とメイドの口説き方

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「ダメです、許可できません」 ミーナはきっぱりと『もう一杯！』を拒絶した。 「なあ頼むよジャスミンちゃーん！！」 「頼み事があるときだけ本名で呼ばないでください。そういうときのアナタはとりわけ気色が悪いです」 スラブ系らしい歯に絹着せぬ見事な物言いである。 #荒馬とメイドの口説き方

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「なあ、この頼み聞いてくれたら次は一番報酬がいい仕事請けるからさ！」 トム少佐からの重ねての懇願に、ミーナの銀髪ツインテールが微かに揺れた。脳裏で急速に計算尺が動き出す。今週の宿代と当面の弾薬費、それにターボチャージャーの追加で燃費の悪化した愛機のガス代。 #荒馬とメイドの口説き方

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それらに今宵の譲歩が導く新たな相方の浪費癖の被害金額を合算し、今現在で最も高値な依頼から差し引いた残高は…悪くない。 「…仕方ありませんね、それではもう一杯だけ」 「そうこなくっちゃ！！」 「マスター、私と彼に一杯ずつ…ミルクを」 「…」 #荒馬とメイドの口説き方

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「なんですか、飲まないのですか？　欲しがってた一杯ですよ？」 「いや、それは確かにそうなんだけどさ…」 「ああ、哺乳瓶で飲ませてほしいと？　生憎ですが私、メイドとはいえそういったサービスはサポート外でして」 「だからそうじゃなくってさあ…！？」 #荒馬とメイドの口説き方

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こうして、トムとミーナの新たな浪費は未然に防がれたのであった。 #荒馬とメイドの口説き方

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結局その日は早々に酒場を後にして、二人は宿の自室に戻ることになった。その背景にあったのは、外食は結果的に高くつく、という守銭奴メイドの勧めが大きい。 二人が戻った部屋はダブルの一部屋。これも部屋代を浮かすための苦肉の策である。 #荒馬とメイドの口説き方

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「少々お待ちになってください、今何か簡単なものを作りますから」 荷物から携帯コンロを取り出しつつ、部屋の窓を開けてそう言うミーナを、トムは背後から抱きしめた。 「…窓が開いているのですが」 頭一つ半低いところからの、抗議の意を孕んだ声と視線。 「知ってるよ」 #荒馬とメイドの口説き方

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「お食事がまだなのでは？」 「飯より旨そうなのが、目の前にいるからな」 屈強な白人はそう返すと、強引にミーナと唇を重ねた。 エプロンドレスの腰紐が解かれ、シックな紺のスカートが徐々に捲り上げられる。 そのまま一つに重なった人影は、ダブルベッドに倒れこんだ。 #荒馬とメイドの口説き方

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二人がこういう関係に至ったのは、今から数年前のこと。 ロシア革命で行き場を失った良家のメイド、その家系に生まれた羽根族の少女が再び欧州に吹き荒れ始めた戦火を逃れ満州に逃げ延びたことと、アメリカ海軍のパイロットを引退した元少佐が出会ったことに端を発する。 #荒馬とメイドの口説き方

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男からすれば、ほんの遊びのつもりだった。酒場で出会う羽根族の少女のお尻を叩いてからかう程度の、軽い気持ち。 それが今では恋に育った。 女からすればそれは、費用対効果を鑑みてだった。彼が外で女を買うより、自分で発散してくれた方が遥かに出費が少なく済むという、 #荒馬とメイドの口説き方

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経済的な理由。 そんなすれ違ったままの男女は、今宵も肌を重ねては互いの肉欲を悦びと共に感受するのであった。 #荒馬とメイドの口説き方

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明くる朝。 二人の姿は飛行場にあった。 「いやあ、残念だったよな！　あの一番稼げそうだった飛竜討伐を、他のやつに取られちまってたとは！」 あえておちゃらけた口調で言うトムに、ミーナは返事を返さない。 怒るととりわけ無口になるのは、この羽根族の娘の特徴だ。 #荒馬とメイドの口説き方

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「…昨日のミルクも、ツケだったんですよね。情けない…」 そんな独白が聴こえた気がしたが、トムは敢えて聞き流した。というか、返す言葉も無いというのが本音だった。 せめて今日受け負った仕事くらいは、無事に済ませて金を稼がねば。 #荒馬とメイドの口説き方

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そう改めて気合を入れつつ。 「ほらミーナ、つい今朝ローンチしたばっかりの新しい機体だ！　これなら前よりもっとバリバリ稼げるぜ！？」 トムはエプロンに仲良く寄り添う二機のF-4Uコルセアに駆け寄った。 #荒馬とメイドの口説き方

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F-4U　コルセア。 アメリカ海軍の1938年の性能要求に際しヴォート社が設計した、スカイロケットやエアロボニータといった競合を制し生み出された傑作機である。 エンジン径ぎりぎりまで絞られたボディや後方へずらされたコックピットは同世代の機体に比して一際偉才を放つ。 #荒馬とメイドの口説き方

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中でも、正面から見るとW字型になった逆ガル翼は一際目を引く本機の特徴だ。この主翼が生み出す低空での飛行性能と降下時の安定性、それに地上からのクリアランスによる武装ペイロードの大きさは、この機体が地上攻撃用の戦闘爆撃機として大成した事実を言外に主張している。 #荒馬とメイドの口説き方

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後寄りになったコックピットがもたらす前方下方視界の悪さと、低速域での安定性の低さからアメリカ海軍からは空母航空隊での運用を拒否されたものの、そういったコルセアの魅力はイギリス海軍の空母イラストリアス他、各太平洋の飛行場において高く評価されていた。 #荒馬とメイドの口説き方

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トムが向かった乗機はF-4U-4系列のカスタム機。F-4Uコルセアシリーズの初期型F-4U-1の欠点を解消すると共にエンジンをR-2800-8から、水噴射装置により戦時緊急馬力を発揮できるR-2800-18Wに換装したF-4U-4のうち、二〇ミリ機関砲を四門搭載したF-4U-4Bが母体のカスタム機だ。 #荒馬とメイドの口説き方