「再就職不可能」の謎を追え! ~江若鉄道キハ51・52気動車に纏わる話~

かつて滋賀県に存在した大規模非電化地方鉄道「江若鉄道(こうじゃくてつどう)」。JR湖西線の開通によって廃止された後、活躍していたディーゼルカーやディーゼル機関車は日本各地の私鉄に譲渡されました。ところが、第二次世界大戦前のディーゼルカーが第二の職場を見つけたのに対し、戦後に製造された2両のディーゼルカー「キハ51」と「キハ52」はそのまま解体されてしまったのです。 製造から16年、人間でいえばまだまだ働き盛りの車両は、何故「再就職先」を見つけられないままスクラップにされてしまったのでしょうか? 日本鉄道史に残る謎の1つにまつわる一連のツイートをまとめてみました。
気動車 江若鉄道 中小私鉄 ディーゼルカー 鉄道 鉄道史
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【はじめに】

【江若鉄道キハ51・52について】
「江若鉄道(こうじゃくてつどう)」は、かつて滋賀県にあったローカル私鉄。
全線非電化のため気動車やディーゼル機関車が活躍し、その規模の大きさからかつての鉄道ファンから「東の関東、西の江若」とも称されていました。
自家用車やバスの発達による乗客減少に加え、現在のJR湖西線と路線が被る事から1969年をもって廃止されましたが、その5年前の1964年、最後の新車として導入されたのが「キハ51」「キハ52」の2両の気動車でした。

元は1953年、当時熊本にあった「熊延鉄道(ゆうえんてつどう)」というローカル私鉄が導入した車両で、路線廃止により江若鉄道へ揃って譲渡された経歴を持ちます。
エンジンは当時の国鉄気動車と同じ「DMH17」、変速機は液体式変速機(トルクコンバータ)を採用するなど比較的新しい構造を有していた一方、「総括制御」と呼ばれる、複数の車両を一度に操作できる機能は最後まで有していなかったそうです。

そんなキハ51とキハ52でしたが、江若鉄道廃止によりそのまま解体。どこの私鉄にも譲渡されることがないまま生涯を終えてしまいました。一体どうして…?

【※参考URL】
・【19783】今でも気になる江若鉄道(Ⅵ) (※現役時代のキハ51・52の写真が掲載されています)
・江若KIHA-51-KIHA 鉄道模型ペーパーシート (※キハ51・52の鉄道模型です)

甘木@欅道居士 @profenigma
江若は、車令がそこそこ若くトルコンも付いていて、総括制御ができないだけだった熊延車2両を譲渡せずつぶしていて、あれは特殊仕様過ぎた定山渓の日立製キハ以上に解せない
靖間 誠 @SEI_YASUMA
@profenigma 江若の車両譲渡は何か面倒な問題があった由で、加悦鉄道が老朽化したキハユニ51の代車として江若車の譲受を目論んだものの断念、仕方なく解体された車の川車製台車だけ譲受してキハユニ51装着の日車製台車と交換したと聞きました。現存する同車が日車製なのに川車銘板の台車装着なのはそれが原因だと。

【補足:加悦鉄道キハユニ51】
加悦鉄道(かやてつどう)は京都府にあったローカル私鉄。キハユニ51は中国地方の私鉄から譲渡された気動車で、車体の前後に荷物が積める大きなバスケットを有しているのが特徴です。
現在も「加悦SLの広場」で大事に保存されています。

靖間 誠 @SEI_YASUMA
@profenigma そういう状況なので、キハ51・52の解体も恐らく何か特別な事情があったと思います。まともに考えれば朝鮮戦争後の時期の帝車製気動車ですから車体の出来はかなり良かった筈ですし、機関がDMH17でTC2搭載ですから総括制御できないにしても機械式のままだったC9を2両買った岡山臨港などに最適の筈で。
靖間 誠 @SEI_YASUMA
@profenigma ただ、あれだけキハ42000や自社発注のC6・C10を手あたり次第改造して貫通・総括制御化していた江若が、いかに湖西線建設計画が進展していた時期の導入とはいえ車齢の若いまともそうな設計のトルコン車を放置したあたりを見ると、車両自体にも何か問題があったのではないかという疑いもあるのですが。

【補足:キハ42000形、C6形、C10形】
どれも江若鉄道廃止時まで活躍していた気動車。キハ42000形は元々国鉄の気動車で、C6形とC10形は江若鉄道オリジナルの車両でした。
どれも第二次世界大戦前に製造された車両にもかかわらず、「東の関東」こと関東鉄道など各地の私鉄に譲渡され、中には2001年まで在籍する車両もありました。
戦後に作られた新しいキハ51・52がスクラップになったのとは対照的に…。

ダービー @darbyz80
10年落ちC11の譲渡価格の803万円今の貨幣価値に換算すると4000万円位から考えるとキハ51・52も浅経年をいい事にかなり譲渡価格ふっかけた気がしてきた。総括制御できない、サイドのデザインが古めかしい、開閉湘南窓は冬期の気候が厳しいところには向かない、誰も買わないな。twitter.com/darbyz80/statu…
ダービー @darbyz80
それでも、安けりゃ関東鉄道なら買ったかもしれない、多少高くても総括制御車は殆ど買って行ったんだから。よっぽどふっかけたか? なにか尻込みする訳あり物件だったのか?解明がまたれる・・・
【仮説:台車のせい?】
甘木@欅道居士 @profenigma
@SEI_YASUMA 元の発注会社が熊本のローカル私鉄といえど、昭和28年の帝国車輌なら、相応に真っ当な仕事をしてるはずですものね。 湯口徹先生の「偏心台車考」(鉄道史料70号)を見ると、熊延ヂハ201・202は駆動台車が偏心台車だったようですが、逆に言えば特別なのはその程度ですね。どこがいけなかったのだろう?
ダービー @darbyz80
@profenigma @SEI_YASUMA HBの中心が動力側がずれてる熊延ジハ201・202、偏心台車ってTR29改造で作れるとは思えない・・・湯口徹先生の「偏心台車考」読んでみたい、でも帝車のカスタム新造台車?帝車で台車作れないことああないか・・・譲渡時に嫌われ要素になるかどうかは不明。
靖間 誠 @SEI_YASUMA
@darbyz80 @profenigma TR29やTR26の場合、菱枠台車ですから帯材の長さを変えて組んだら割と簡単に偏心台車が造れますよ。湯口先生が実車実見されながら見落とされていたキハ41000準同型車の中国鉄道キハ二210(1937年川崎車輛製)の動台車がTR26準拠ながら軸距850㎜+1250㎜でした。
靖間 誠 @SEI_YASUMA
@darbyz80 @profenigma 後、どうでもいい事ですが軸距はWheelBaseなのでWB(天賞堂のパワトラの型番がWBだったのはこれが理由)ですな。
ダービー @darbyz80
@SEI_YASUMA @profenigma すみません・・・また大ポカですね。
【仮説:保守の問題?】
靖間 誠 @SEI_YASUMA
@profenigma 今手元で熊延ヂハ201の諸元を確認出来ないので断言は出来ないのですが、島原キハ4500、つまり私鉄版10系初号形式の直前に設計製作された事を考えると、在来構造で自重が問題となった可能性があるのかなぁと思います。あるいは、最初期のDMH17搭載車故に保守上何か大きな問題があったのかと。
甘木@欅道居士 @profenigma
@SEI_YASUMA DMH17は、機械式用の無印と、電気式用17A、液体式対応の17B・Cとでそれぞれ出力側の作りが異なっていたと聞きますが、熊延時代の液体式化改造の際に、どういう措置をしていたのかは気になりますね。 駆動系いじるにしても、戦前型よりよほど使い出がありそうなものでしたが
彩葉 / Rail No.109 @iloha_train
@profenigma @SEI_YASUMA 熊延の201,202はトルコン化はしたけど総括制御は出来なかったようで…。江若では、3連化の対象から外され日中の単行運用に重宝されてたようですね。

【補足:3連化】
江若鉄道では1960年代中盤以降、既存の気動車を改造して2~3両編成の「気動車列車」を多数作り上げていました。中にはエンジンや運転台を撤去し、編成の中間に挟まれる事を前提とした車両も存在したそうです。

【仮説:重量オーバー?】
ダービー @darbyz80
@SEI_YASUMA @profenigma 自重は未記載でいいのか?余程重かったのかもしれない、 無理無理でトルコン化して何処かおかしくしてるのではないかと疑念? 動力台車がTR29と諸元表には記されてるけど、こんなHBのTR29は無い、改造台車だとすると台車に欠陥の疑念も捨てられない? 経年が比較的浅いので江若がふっかけた?←オチ? pic.twitter.com/pHtaZPeJxH
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靖間 誠 @SEI_YASUMA
@darbyz80 @profenigma 各軸の軸重が図示されているので、それを合算すると新造時の公称自重は22.6tとなり、さほどおかしな値ではありませんね。ただここに恐らくトルコンの重量が加算されるので、キハ41000クラスでギリギリのところだと厳しそうです。
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コメント

Yoshiteru Kawai @yoshikun2009 2月26日
アメリカでプロスペクターという2両編成に寝台食堂座席を詰め込んだディーゼル特急があったけど山岳運用でエンスト多発して輸送力必要な戦時中なのに即スクラップにされた例があった。あれもメーカーのバッド社がやらかしたような気がする。
特急ニセコ @ExpressNiseco 2月26日
yoshikun2009 確かプロスペクターの性能が山岳地帯に合致してなかった結果だと何かの書籍で見たことがあります…。
Yoshiteru Kawai @yoshikun2009 2月26日
ExpressNiseco プロスペクターは192馬力エンジン*2とキハ52並みで、そこに寝台と食堂入った過大重量の車体なので山でエンジンが焼けたようです。RDCは馬力強化したりかなり対策を講じていますね。
Yoshiteru Kawai @yoshikun2009 2月26日
しかし、俗に言う軽量車体(電車の近鉄2250系、西鉄313系など)に相当する設計のディーゼルカーって小田急キハ5000からと思うが、それ以前の車両でも湘南型だったりノーシル・ノーヘッダーだとそれっぽく見えるな。
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