時計屋シリーズ13~時計屋と腹黒百貨店の話~

アリクイはわりといっぱいいます。
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帽子男 @alkali_acid

コンクリートでできた建物の入り口のガラス戸は施錠のうえ木材で補強してあったが、先ほど回収した爆弾で吹き飛ばし、さらに奥へ。 人気のない長い渡廊下をたどり、広々としたロビーへ到着する。 男はソファーに少女を横たえ、刀を外して少年に持たせると、壁にかかった構内図を凝視する。

2019-03-03 22:29:40
帽子男 @alkali_acid

時計屋は何かの謎を解く鍵でも認めたかのように病棟の配置に見入った。 「そう。おかしいよね」 「外観と構内図は一致してない」 唐突に死角からの呼びかけがある。よく似た声で二つ続けて。 振り返った次藤は拳銃を構えていた。撃鉄を起こし、引き金に指をかけている。

2019-03-03 22:35:02
帽子男 @alkali_acid

あまり特徴のない容貌をした中肉中背の二人が立っている。 双子いや単によく似た赤の他人か。若者、あるいは中年。年齢不詳。 「この距離で、片手撃ちで当てられるかな時計屋?どう思う配達係」 「当てられそうだよ仕入係」 「でも爆弾魔が拳銃なんてやぼじゃないか」 「まったくだね」

2019-03-03 22:37:47
帽子男 @alkali_acid

時計屋は、仕入係なる方へ銃口を向けたまま動かさず、目を細める。 「医者はいないのか?」 配達係が応じる。 「いるよ。耳鼻科でよければ」 「耳鳴りぐらいなら治せると思う。でもさ」 相棒が後を引き取る。

2019-03-03 22:40:23
帽子男 @alkali_acid

「僕等をもっと気にした方がいいんじゃない?」 「そうそう。飛び道具があるからって油断しすぎちゃだめだよ」 次藤はまばたきした。 「腹黒百貨店が俺に用があるのか」 二人の面差しにぱっと明るい笑みが浮かぶ。 「…当てた!」 「僕等を覚えてたんだね?」

2019-03-03 22:41:54
帽子男 @alkali_acid

「腕時計」 ぼそりと時計屋が告げると、悪の秘密結社、腹黒百貨店の二人組は我に返る。 「そりゃそうだよ」 「時計屋の贈り物をつけてるんだった」 「でも偶然の一致も」 「ないない。時計屋は見落とさないさ」

2019-03-03 22:43:09
帽子男 @alkali_acid

「音叉式、軍用耐衝撃構造、形式は」 時計屋は、すらすらと仕入係と配達係のつけた腕時計の名称と仕様を述べてから、尋ねる。 「何か用か」 「あ…うん。ねえ時計屋。君とはずいぶん長く取引をしたよね。君の爆弾は色々役に立った。楽しかった」 「でも君は僕等を知りすぎた。危険だ」

2019-03-03 22:44:56
帽子男 @alkali_acid

不意にソファーに横たわった都築がうめく。椅子の裏に隠れた速人は、刀を抱いたまま首をねじって不安げに眺める。 次藤は深呼吸した。 「医者を探してる。用があるなら手短にしろ」 腹黒百貨店は顔を見合わせてからさっきより早口で喋る。 「君に犬の尾行をつけたの僕等だって」 「気づいてた?」

2019-03-03 22:47:24
帽子男 @alkali_acid

「可能性は考えた。で?」 すると双子もどきはまたまくしたてる。 「僕等は君を追い詰め」 「狩り立て」 「無慈悲に殺す」 「つもり」 「なんだけど」 「どう?」

2019-03-03 22:48:45
帽子男 @alkali_acid

時計屋はうっとうしげに眉根を寄せた。 「殺し合いがしたいのか」 「うんうん」 「そうそう」 空気がどろりと溶けた飴のように重くなった、ように感じられた。 少なくとも腹黒百貨店の二人には。

2019-03-03 22:52:42
帽子男 @alkali_acid

いつしか、仕入係と配達係、タロとジロはいつしかびっしょりと脂汗をかいていた。 「ねえタロ」 「なんだいジロ」 「無理そうだ」 「僕が撃たれてるあいだに君が殺れるだろ」 「そういう手でいこうと思ったんだけど」 「何が問題なんだよ」 時計屋は黙って騎馬警官の象嵌入り拳銃を構えたままだ。

2019-03-03 22:55:42
帽子男 @alkali_acid

「…ほら、前に福井で工作船を狙っただろ」 「欲しい装備があったからね」 「あの時は死ぬかと思ったよね」 「うん」 「あれよりまずいかもしれない」 「そうかな…そうかも」

2019-03-03 22:57:41
帽子男 @alkali_acid

仕入係が手をあげる。 「あのさ時計屋。ひとつだけ教えてよ」 「なんだ」 「君は、悪?正義?」 「ああ?」 「大事なことなんだ」 配達係が言い添える。 時計屋はしばし口ごもってから、返事をする。 「どっちもだ」 「なんだよずるいな」 「どっちもってのはずるいよ」

2019-03-03 23:00:05
帽子男 @alkali_acid

「じゃあもうひとつ」 「ひとつだけ、だろ」 次藤が切り捨てるように述べると、タロとジロは唇をとがらせる。 「良いじゃないか」 「ほんとに最後にするから」 「そうそう。あのさどうして引退するなんて言ったのさ」 「僕等が嫌になったの?」

2019-03-03 23:01:49
帽子男 @alkali_acid

時計屋は食い下がる腹黒百貨店をむこうに回して、穏やかに応じた。 「あんた等とは関係ない。こっちの都合だ」 「何だいそれ?」 「この街の異変とかかわりあるのかい?」 男は双子の片割れから目をそらさずにまた告げる。 「多分な」 「僕等が嫌になったんじゃないんだ」 「でもどうでもいい?」

2019-03-03 23:05:21
帽子男 @alkali_acid

次藤は引き金から指を外し、ゆっくりおろした。 「いいや。だが今は医者が要る」 タロとジロは顔を見合わせた。 「いいやって…確認だけどそれってさ…」 「よせよ。いくら何でも馬鹿みたいだ」 「うんそうか」 「あのさ、腕時計をありがとう時計屋」 「嬉しかったよ」 「医者のところに案内する」

2019-03-03 23:09:47
帽子男 @alkali_acid

腹黒百貨店の二人はそろって手招きすると、足取りも軽く、暗い病院の廊下の元来た道を戻っていく。 「…おじ…さん…」 ソファーから、おりよく意識を取り戻した都築がつぶやき、次藤は近づいて、ひざまずく。 「すぐ医者に診てもらう」 「…なんか…声した…おじさんの…ともだち?」

2019-03-03 23:12:34
帽子男 @alkali_acid

男は頬をひくつかせてから、横たわる少女の血の気のない横顔、次いで椅子の裏からようすをうかがう少年の潤んだ上目遣いにも気づき、肩を落とす。 「まあ…そうだ」

2019-03-03 23:14:05

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