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編集部イチオシ
2019年3月21日

かつてお好み焼きは新聞紙に乗せて売っていた 容器としての新聞紙の活用いろいろ

明治時代末から高度成長時代まで、お好み焼きなどは新聞紙に乗せて売っていました
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近代食文化研究会@「焼鳥の戦前史」発売中 @ksk18681912

これは昭和20-30年代のものと思われる、東京のお好み焼き屋台の写真。 左下に「二枚以上お皿・箸あげます」との注意書きが書かれています。 逆に言うと、1枚のみの注文のときは、皿も箸もついてこないというわけです。 pic.twitter.com/XCXvp8xDOT

2019-03-19 03:21:08
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近代食文化研究会@「焼鳥の戦前史」発売中 @ksk18681912

戦前のお好み焼きの値段は1銭とか2銭。現代でいうと10円とか50円の値段です。 その大きさは小さく、皿や割り箸などつけていたら赤字です この写真の10円お好み焼き屋も、1枚のみの注文に皿や箸をつけていたら赤字になってしまうのでしょう。

2019-03-19 03:21:09
近代食文化研究会@「焼鳥の戦前史」発売中 @ksk18681912

それでは皿や箸なしにどうやってお好み焼きを食べていたかというと、新聞紙に乗せて、手で直接口に運んでいました。 これは昭和初期の広島における一銭洋食を描いた四國五郎の絵。 古新聞を四角に切ったものの上に、直径10センチぐらいの小さな一銭洋食。これを手づかみで食べます。 pic.twitter.com/0nqYKtcZsA

2019-03-19 03:21:09
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近代食文化研究会@「焼鳥の戦前史」発売中 @ksk18681912

こちらは巣鴨の縁日に出る昔ながらのお好み焼き屋。 sugamo.or.jp/fair/fair003.h… 値段は150円と格安。なのでプラスチックパックや割り箸はなし。 衛生的な紙に乗せて、手で食べます。 値段といい提供の仕方といい、これぞお好み焼きの伝統的な姿です。 pic.twitter.com/tdIKRMbJnB

2019-03-19 03:21:10
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近代食文化研究会@「焼鳥の戦前史」発売中 @ksk18681912

この巣鴨で大正11年に生まれた評論家安田武が、約100年前の縁日におけるお好み焼き(どんどん焼)について次のように語っています。 ”それよりもドンドン焼き。紅生姜と葱のショウガ天、さくらえびと葱のエビ天、するめと葱のイカ天、それから焼きそば” pic.twitter.com/K8ddCyg0pr

2019-03-19 03:21:11
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近代食文化研究会@「焼鳥の戦前史」発売中 @ksk18681912

”みんな、青海苔をたっぷりとかけ、四角に切った新聞紙にのせてくれる。それを掌の上に受けて食べる。冬の寒い日には、ほのかな温もりが、新聞紙を透して、掌を暖めてくれた。いま考えれば、ずいぶん非衛生的だったが、誰もそう神経質には考えていなかった。”

2019-03-19 03:21:11
近代食文化研究会@「焼鳥の戦前史」発売中 @ksk18681912

実際には誰がどう使ったかもわからない新聞紙を衛生面から問題視し、子供の買い食いを禁止する家庭もあったのですが、安田武の家庭はおおらかだったようです。 ちなみに安田が回想するように、お好み焼きの一種であるソース焼きそばも、新聞紙に乗せて提供されていました。

2019-03-19 03:21:11
Harry Takeuchi @jetawabi

@ksk18681912 1970年代の漫画「男おいどん」で大山昇太が小麦粉を手に入れ、水で溶いて焼いて「おいどんのクニではこれを洋食と言う」と言って新聞紙に載せて食べる描写がありました。実際東京でも70年代のお祭りのお好み焼きはこんな内容でした。流石に新聞紙じゃなくて肉屋でコロッケ買う時につつんでくれた緑の紙

2019-03-19 05:37:14
色物技研🚴平坦専用機 @iromonoRD

新聞紙で包むのかも(戦前の広島での1銭洋食のイメージ) twitter.com/ksk18681912/st…

2019-03-19 12:48:53
くらはし @TareObjects

私が子供の頃(昭和40年代、東京のいなか)は、経木だったなぁ。ペラっとした経木に焼きそば乗せてくれた。 twitter.com/ksk18681912/st…

2019-03-19 15:04:01
開田裕治 @kaidaikaizyu

私の子ども時代の頃も屋台の食べ物は新聞紙に包んで渡されてました。お肉屋さんのコロッケとかメンチカツなどでも新聞紙が活躍してましたね。店頭におつりを入れた笊と同様に束ねてぶら下げてあった記憶があります。 twitter.com/ksk18681912/st…

2019-03-19 15:07:36
此花 百合杏 @2009yurien

@kaidaikaizyu 野菜も新聞紙を使った袋でした。お魚も。

2019-03-19 17:38:20
ツインテール真鴨 @magamo2jp

サイバラの漫画でも新聞紙のほうにソースを塗るとお好み焼きが新聞紙にくっつかない貧民の知恵みたいなこと書いてあった気が… 高知は新聞紙で!?と思ったけど場所の問題じゃなかったみたい…

2019-03-20 09:48:05
ひでまろ @hidemaro75

幼少の頃商店街の出店で売ってた具無しお好み焼きみたいなのを思い出した。クレープみたいに伸ばして、そこに焼きごてで「ロボット」とか「ロケット」の絵を焼き付けるんだけど、手渡される時はクレープみたいに三枚折りにして紙に包むから絵が見えない思い出(´・ω・`) twitter.com/ksk18681912/st…

2019-03-20 10:04:29
荒井禎雄 @oharan

@ksk18681912 私の母が埼玉の行田の人なんですが、子供の頃はお寺の前に「フライ」や「ゼリーフライ」を売る屋台が来てて、当たり前のように新聞紙包みでそのまま食べるスタイルだったそうです。 十代の子が小遣いで食べられる金額だったそうで、お好み焼きの原点に近そうです。

2019-03-20 12:41:06
にゃ @nyanyapi77

@ksk18681912 下町育ちでコレがデフォでした。その頃もお箸は2枚以上だった気が…この安さに慣れていると一枚600円のお好み焼きは社会人になるまで食べてませんw 縁日繋がりでおばあちゃんが10倍位の大きさに焼いてくれるおばけせんべい(たぬきせんべい?)というのがありましたが、ここ20年くらいは見かけてません。

2019-03-20 15:05:30
吟醸派 @ginnjyouha

高知のお好み焼き屋に賢いおばちゃんがいて、新聞紙のほうにソースを塗ってお好み焼きを包むとくっつかないという「発明」をしたと今はなき西原理恵子が言っていました。 twitter.com/ksk18681912/st…

2019-03-21 03:37:16
森高有紀 aka Saori @bravery_you

値段はいくらだったかなぁ?小学生の頃まで(昭和50年代)まで、紙で巻いて渡してくれたお好み焼き屋さんが近所の商店街にいたはず。 100円前後か、切ってるかだったかなぁ? twitter.com/ksk18681912/st…

2019-03-21 03:22:35
ぬりえ屋(自称古本屋) @nurieya2016

40年代の熊本だと固定の店で新聞に挟んだ奴が15円と安い店があったな。 夜市や神社の屋台は高くて買えなかった twitter.com/ksk18681912/st…

2019-03-21 04:22:17
猫軍団 @nekoarmynekogun

@ksk18681912 椎名誠が焼きそばについて書いたエッセイで、彼が子供時代の屋台の焼きそばも箸がなく、経木に盛って渡されたものをそのままアグアグ食べたとありました

2019-03-21 05:06:27
嘘八万八千八百 @ZCS8xvCraXlDHok

名古屋の昔ながらの持ち帰りのお好み焼き屋も提供する値段は150円前後で紙に包んで食べる感じだった気がする。 今でも名鉄の中京競馬場前駅近くに競馬客相手のお店が数件あったような。 大須の鈴木商店も具材に肉が入って容器と割り箸付けて値段もややグレードアップしてるけど一銭洋食の名残が。 twitter.com/ksk18681912/st…

2019-03-21 08:19:08
西村 好華 @konokanisi0921

@togetter_jp @ksk18681912 そういや、よく繁華街で売ってた大判焼きも新聞紙に包まれてた

2019-03-21 13:12:05
浜栗之助@なんかかけや @maybe_moonlight

西原理恵子のマンガにも「新聞紙に直接ソースを塗ってそこにお好み焼きを乗せる」という描写がある。 当時は誰も不潔だなんて思ってなかったし、「ソースにインクの隠し味が効いて」ぐらい感じてたw

2019-03-21 13:13:06
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コメント

ISW @ISW007 2019年3月21日
昭和40年代でも新聞に包まれてた記憶があるけど、回収された古新聞じゃなくて、「押し紙」みたいな新品の新聞だったな。さすがにそこから新聞業界の闇に思い至ることはなかった。
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@izanamu 2019年3月21日
昭和40年代の頃、お好み焼きじゃ無くて「わらび餅」だったけど、新聞紙では無く何かちゃんとしたそれ専用みたいな紙製の舟型の容器みたいなモノに入れて売り歩いてました(表面が耐水性の油紙ぽいヤツ)。夏限定でおばちゃんがリヤカー改造した荷台を自転車で引きながら行商してた。冬場は軽トラを改造した石焼き芋売りがよく来てて、それはオッサンが売ってたけど、焼き芋は新聞紙にくるんでいたと思う。
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逆さまつげ @kitayokitakita 2019年3月21日
便所紙として使われてたりもするけど、使う新聞社によってはケツも頭もアカくなるから、やめようね!
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TTE @TTE001 2019年3月21日
焼き芋なら記憶にある
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バラライカ宮崎 @b_miyazaki 2019年3月21日
そういえば、伝統的なフィッシュ・アンド・チップスの包装も新聞紙だったなあ。
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kartis56 @kartis56 2019年3月21日
肉屋も昔は経木だったよね。プラ使用減らすんならそういうところから戻さなきゃいけないけど、経木が生産できるかな?
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kaworu @KaworuKaworuel 2019年3月21日
kartis56 経木は今でもそれなりに手に入りますよ。国産牛専門の精肉店等で現役だったりします。
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f。 @_ffff 2019年3月21日
izanamu それが経木ですね。「経木 舟」とかで検索すると懐かしいのが出てくると思います。自分の思い出だとタコ焼きが乗ってます。
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m.t @Ellfas3 2019年3月21日
ソ連では刻みたばこのマホルカを新聞(プラウダ)で巻いて吸ってたという話があったような
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kartis56 @kartis56 2019年3月21日
KaworuKaworuel スーパーとかの方が流通数が多いので
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kartis56 @kartis56 2019年3月21日
KaworuKaworuel 自分が見てる範囲だと、納豆だけが経木で包んで売られてます。個人商店の肉屋はほぼ壊滅してて、肉よりも惣菜(プラ容器)のほうが売れてるように見える。そして経木の生産元って関東だと群馬の少数の生産者しかいなかったはずで、原木の入手もだんだん難しくなってるとか。ソースは新日本風土記だったかな
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kartis56 @kartis56 2019年3月21日
新聞紙で油もの包むとインクが滲むんだよね
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九十九 @hakqq 2019年3月21日
下手をすると、新聞紙の方にソースを塗るのである。なお当時新聞周りは鉛などが使われている
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エムアイ @em_ai 2019年3月21日
らんま1/2の右京がお好み焼きを売るときに紙に乗せて手渡ししていたけどあれは昔のやり方をしていたと言う事なんだね。熱そうなのにといつも思ってました。
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はやし・しのぶ @Hirarinmac 2019年3月21日
kitayokitakita 昔々の甲子園で「阪神電車、ボロ電車!」「読売新聞、便所紙!」と野次りあってたなぁと(まぁそういう巨人ファンも「ボロ電車」で甲子園通ってた訳ですが……。なお名誉のために言うと関西の大手私鉄で阪神が一番車齢的に若いような……)。
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限界集落ぐるぐる温泉 @otozuke 2019年3月21日
サイバラ先生が「インクの隠し味がまた...」とかなんとか
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転倒小心 @tentousho 2019年3月21日
紙包みも色々あって、わら半紙みたいな荒い緑色の紙で包んだ上から新聞紙、てのもよく見かけましたねえ。あと経木に焼きそば入れて食べ物が直接触れるとこはパラフィン紙みたいな白い紙乗っけてから新聞紙で包むとか。懐かしいですねー
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大滝よしえもん @gyokusaiclub 2019年3月21日
言われて見れば、昭和の頃は新聞紙で食品を包むのがよく見られたザマスな そして今でも英国のフィッシュ&チップス屋台では新聞紙に包む所が多いようで
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sukebenayaroudana @Sukebenayarouda 2019年3月21日
東京のぎりぎり23区では昭和から平成になるくらいまで、魚を新聞紙に包んで売ってくれる魚屋さんがいたよ。おやじが脳梗塞で倒れてそのまま店をたたんだが。
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yuki🌾㊗️6さい🎉⚔ @yuki_obana 2019年3月22日
Lorem ipsumなアーティクルタイプのハイカラな包装紙で提供されるブーランジェリーはふつうに見かける(´・ω・`)EU圏の人にしてみれば緩衝材にエキゾチックな浮世絵ジャパニーズカルチャー!ワオ!してる感じが好き。
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@izanamu 2019年3月22日
_ffff ああいや「経木舟皿」じゃ無いですね。子供の頃の記憶ですが、経木舟皿のヤツは他の商品に使われていたのを覚えているので違うモノである事は断言出来ます。材質は紙製で、自転車リヤカーの屋根の軒先にそれを数十枚単位で糸で括り付けて垂れ下げているのを、おばちゃんがピッと引っ張って1枚ずつちぎり取って皿状にしてわらび餅をよそってくれてたのを覚えています。その後、自分が小学校高学年になる末期には容器が現代風の発泡ウレタン製?の白い皿容器になり、やがておばちゃんも見かけなくなりました…
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新稲法子 @niina_noriko 2019年3月22日
昭和40年代、公園の前に売りに来てたたこ焼き屋は、新聞紙を三角錐の形に丸めた中にたこ焼きを3個入れ爪楊枝を付けて10円で売っていた。
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f。 @_ffff 2019年3月22日
izanamu なるほど、失礼しました。それだと自分の記憶には無いわらび餅の包装ですね。ちなみにお好み焼きはアルミ箔と紙で包まれてました(というか今もかな(名古屋だけかも))
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のりしあん @noricyan2 2019年3月22日
紙経木というのがあります。実家の店で餃子の持ち帰りの時に、上にのせて紙で包んでました。
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ろんどん @lawtomol 2019年3月22日
昔、肉屋で包んでくれたあれは「経木」という名前であること、木で出来てること、初めて知って目からウロコが
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@izanamu 2019年3月22日
_ffff noricyan2 気になったので色々と調べてみたら…ありました!どうやら「蝋紙」と呼ばれるモノではないかと思います。記憶の中のモノと若干、色や模様が異なりますが表裏で質感が異なる点や耐水性で水を弾き透明感があった事など合致する部分が多いので間違い無いかと。 http://blog.livedoor.jp/taiji141/archives/65789670.html
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f。 @_ffff 2019年3月22日
izanamu なるほどこちらは見覚えありますね。納豆やわらび餅はあまり覚えてませんがお団子とかそんなイメージです。
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kghdt @kghdt 2019年3月22日
潔癖症とか寄って来ないでいいよ。これは愛すべきガチの下町文化。
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バレルロール @zoahunter 2019年3月22日
大阪の老舗のアイスクリーム屋さんで、六角形のもなかのやつがあるんだけど、先代のばあさんが大変な頑固で。いくら性能の良い紙製品を勧めても「新聞紙がいい、新聞紙がうちの歴史や」と言って変えてくれなかった……。食品衛生法が改正されてやっとオシャレペーパーに替えてくれたけど、なんかやっぱり、新聞紙の「気安さ」が良かったかな、と思い出したり。
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朝雑炊 @Jingisukan512 2019年3月22日
あしたのジョーで白滝を入れる袋が新聞紙で出来ていたよね。
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ども @ku9Nps8FqeEWBRK 2019年3月23日
唐揚げ揚げた後、新聞紙の舟に持って油切ったよなぁ。今はキッチンペーパー一枚置いてその上に。揚げ玉作る時なんかもザルより油吸ってくれるからカラッとする。
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かめあたま さおたろう @yamasan73 2019年3月23日
魚屋では新聞紙でくるんでいたけど、40年前でも焼きそばやタコ焼きはプラのパックだった気がする。(・∀・)
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ひえたろう@笑顔と上機嫌こそが最高の化粧 @hietaro 2019年3月26日
新聞紙にはいろんな役割があったが、今はその多くを担えなくなってる…
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OOEDO @OOEDO4 2019年3月27日
いま「近代食文化研究会」を、タグに追加させていただいたのですが、ご自身で入れるのはちょっとやりにくいのは分かるのですが(笑)、読者の一覧性・検索性のためでありますので、ぜひ今後のまとめにはそれをお入れくださいませ。
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