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これは昭和20-30年代のものと思われる、東京のお好み焼き屋台の写真。 左下に「二枚以上お皿・箸あげます」との注意書きが書かれています。 逆に言うと、1枚のみの注文のときは、皿も箸もついてこないというわけです。 pic.twitter.com/XCXvp8xDOT
2019-03-19 03:21:08戦前のお好み焼きの値段は1銭とか2銭。現代でいうと10円とか50円の値段です。 その大きさは小さく、皿や割り箸などつけていたら赤字です この写真の10円お好み焼き屋も、1枚のみの注文に皿や箸をつけていたら赤字になってしまうのでしょう。
2019-03-19 03:21:09それでは皿や箸なしにどうやってお好み焼きを食べていたかというと、新聞紙に乗せて、手で直接口に運んでいました。 これは昭和初期の広島における一銭洋食を描いた四國五郎の絵。 古新聞を四角に切ったものの上に、直径10センチぐらいの小さな一銭洋食。これを手づかみで食べます。 pic.twitter.com/0nqYKtcZsA
2019-03-19 03:21:09こちらは巣鴨の縁日に出る昔ながらのお好み焼き屋。 sugamo.or.jp/fair/fair003.h… 値段は150円と格安。なのでプラスチックパックや割り箸はなし。 衛生的な紙に乗せて、手で食べます。 値段といい提供の仕方といい、これぞお好み焼きの伝統的な姿です。 pic.twitter.com/tdIKRMbJnB
2019-03-19 03:21:10この巣鴨で大正11年に生まれた評論家安田武が、約100年前の縁日におけるお好み焼き(どんどん焼)について次のように語っています。 ”それよりもドンドン焼き。紅生姜と葱のショウガ天、さくらえびと葱のエビ天、するめと葱のイカ天、それから焼きそば” pic.twitter.com/K8ddCyg0pr
2019-03-19 03:21:11”みんな、青海苔をたっぷりとかけ、四角に切った新聞紙にのせてくれる。それを掌の上に受けて食べる。冬の寒い日には、ほのかな温もりが、新聞紙を透して、掌を暖めてくれた。いま考えれば、ずいぶん非衛生的だったが、誰もそう神経質には考えていなかった。”
2019-03-19 03:21:11実際には誰がどう使ったかもわからない新聞紙を衛生面から問題視し、子供の買い食いを禁止する家庭もあったのですが、安田武の家庭はおおらかだったようです。 ちなみに安田が回想するように、お好み焼きの一種であるソース焼きそばも、新聞紙に乗せて提供されていました。
2019-03-19 03:21:11@ksk18681912 1970年代の漫画「男おいどん」で大山昇太が小麦粉を手に入れ、水で溶いて焼いて「おいどんのクニではこれを洋食と言う」と言って新聞紙に載せて食べる描写がありました。実際東京でも70年代のお祭りのお好み焼きはこんな内容でした。流石に新聞紙じゃなくて肉屋でコロッケ買う時につつんでくれた緑の紙
2019-03-19 05:37:14私が子供の頃(昭和40年代、東京のいなか)は、経木だったなぁ。ペラっとした経木に焼きそば乗せてくれた。 twitter.com/ksk18681912/st…
2019-03-19 15:04:01私の子ども時代の頃も屋台の食べ物は新聞紙に包んで渡されてました。お肉屋さんのコロッケとかメンチカツなどでも新聞紙が活躍してましたね。店頭におつりを入れた笊と同様に束ねてぶら下げてあった記憶があります。 twitter.com/ksk18681912/st…
2019-03-19 15:07:36@kaidaikaizyu 中津のから揚げは今もこれ(・∀・) pic.twitter.com/QNLdRIeWLJ
2019-03-19 15:38:38サイバラの漫画でも新聞紙のほうにソースを塗るとお好み焼きが新聞紙にくっつかない貧民の知恵みたいなこと書いてあった気が… 高知は新聞紙で!?と思ったけど場所の問題じゃなかったみたい…
2019-03-20 09:48:05幼少の頃商店街の出店で売ってた具無しお好み焼きみたいなのを思い出した。クレープみたいに伸ばして、そこに焼きごてで「ロボット」とか「ロケット」の絵を焼き付けるんだけど、手渡される時はクレープみたいに三枚折りにして紙に包むから絵が見えない思い出(´・ω・`) twitter.com/ksk18681912/st…
2019-03-20 10:04:29@ksk18681912 私の母が埼玉の行田の人なんですが、子供の頃はお寺の前に「フライ」や「ゼリーフライ」を売る屋台が来てて、当たり前のように新聞紙包みでそのまま食べるスタイルだったそうです。 十代の子が小遣いで食べられる金額だったそうで、お好み焼きの原点に近そうです。
2019-03-20 12:41:06@ksk18681912 下町育ちでコレがデフォでした。その頃もお箸は2枚以上だった気が…この安さに慣れていると一枚600円のお好み焼きは社会人になるまで食べてませんw 縁日繋がりでおばあちゃんが10倍位の大きさに焼いてくれるおばけせんべい(たぬきせんべい?)というのがありましたが、ここ20年くらいは見かけてません。
2019-03-20 15:05:30高知のお好み焼き屋に賢いおばちゃんがいて、新聞紙のほうにソースを塗ってお好み焼きを包むとくっつかないという「発明」をしたと今はなき西原理恵子が言っていました。 twitter.com/ksk18681912/st…
2019-03-21 03:37:16値段はいくらだったかなぁ?小学生の頃まで(昭和50年代)まで、紙で巻いて渡してくれたお好み焼き屋さんが近所の商店街にいたはず。 100円前後か、切ってるかだったかなぁ? twitter.com/ksk18681912/st…
2019-03-21 03:22:3540年代の熊本だと固定の店で新聞に挟んだ奴が15円と安い店があったな。 夜市や神社の屋台は高くて買えなかった twitter.com/ksk18681912/st…
2019-03-21 04:22:17@ksk18681912 椎名誠が焼きそばについて書いたエッセイで、彼が子供時代の屋台の焼きそばも箸がなく、経木に盛って渡されたものをそのままアグアグ食べたとありました
2019-03-21 05:06:27名古屋の昔ながらの持ち帰りのお好み焼き屋も提供する値段は150円前後で紙に包んで食べる感じだった気がする。 今でも名鉄の中京競馬場前駅近くに競馬客相手のお店が数件あったような。 大須の鈴木商店も具材に肉が入って容器と割り箸付けて値段もややグレードアップしてるけど一銭洋食の名残が。 twitter.com/ksk18681912/st…
2019-03-21 08:19:08@togetter_jp @ksk18681912 そういや、よく繁華街で売ってた大判焼きも新聞紙に包まれてた
2019-03-21 13:12:05西原理恵子のマンガにも「新聞紙に直接ソースを塗ってそこにお好み焼きを乗せる」という描写がある。 当時は誰も不潔だなんて思ってなかったし、「ソースにインクの隠し味が効いて」ぐらい感じてたw
2019-03-21 13:13:06