【書き起こし】「『三・一独立運動』から100年~その歴史的背景と現在における意味とは?」荻上チキ×加藤圭木×徐台教▼2019年3月1日(金)放送分 TBSラジオ 荻上チキ Session-22 #ss954

今年の3月1日、三・一独立運動100周年を記念し、韓国国内各地でデモや集会などが開催された。これに絡み、外務省が渡航に関する注意喚起をしたり、メインストリームメディアもそれに倣うように、韓国国内でさも危険な動きがあるかのようにあおり立てる報道をしていた。 三・一独立運動とは一体どういったものだったのか、ここでしっかりと学んでおく必要がある。
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橋本 至 @kid75

どうお感じになりますか?

2019-03-21 21:24:00
橋本 至 @kid75

徐:韓国で気をつけることというのは、一つしかないんですよ。それは何かというと、「辛い物に気を付けろ」ということしか、私の口からは言えません。その他に気を付けることは何もないと思います。

2019-03-21 21:24:00
橋本 至 @kid75

荻:多分「危険だ」とか「反日だから日本人が襲われる」みたいな、そういったイメージを利用した動きがあるように思うんですが、いかがですかそれは。

2019-03-21 21:26:07
橋本 至 @kid75

徐:非常に韓国を、仮想敵とまではいかないですけども、北朝鮮を悪魔化するような形でですね、それよりも段階は当然低いですけども、同じベクトルの力を日本から感じるというのは、韓国から見ていて非常にあります。 荻:特に気にせずに来てください、というような感じですかね。

2019-03-21 21:26:07
橋本 至 @kid75

徐:そうですね。これから暖かくなってくるので、楽しみにしていらしてくれればいいと思います。 荻:分かりました。徐さん、ありがとうございました。 徐:はい。ありがとうございます。

2019-03-21 21:26:07
橋本 至 @kid75

荻:ソウル在住のジャーナリスト、コリアンポリティクス編集長の徐台教さんにお話を伺いました。加藤さん、現地のレポートをどういうふうにお感じになりましたか?

2019-03-21 21:29:25
橋本 至 @kid75

加:日本に留学していた韓国人の留学生が帰って、きょうSNSに向こうの集会に参加した様子とかを写真で送ってくれたりしたんですけども、皆さんすごい生き生きとしていて、やっぱり朴槿恵政権を倒したろうそく革命というのが2016年から'17年にかけてありましたけども、

2019-03-21 21:29:26
橋本 至 @kid75

その中で「自分たちの社会は自分たちがつくっていくんだ。自分たちこそ主役だ」という意識が、ある種の自信のようなものを感じさせてくれるのですけども、そういうことが三・一運動、これは韓国では民主主義の起点として今すごく評価されているものですけども、

2019-03-21 21:29:26
橋本 至 @kid75

だからこそろうそく革命とつなげて、自分たちの社会を本当に自分たちでつくっていくということが、明確に社会全体を覆っているなと感じました。

2019-03-21 21:29:26
橋本 至 @kid75

荻:よく抗日だとか反日だという言葉で表現されたりしますけれども、日本統治下の圧政に反対するという運動が、その後今度は軍国主義に反対し、そして朴槿恵政権のようなある種のセットウ(?)政治や身内政治に反対していくというような歴史観を、

2019-03-21 21:29:27
橋本 至 @kid75

今回の演説の中にも入れ込んでいるというような形になるわけですね。ではあらためて、三・一独立運動がどういったものだったのかを伺っていきたいと思うんですが、加藤さん、100年前、1919年ごろの韓国は、当時はどんな状況だったのですか?

2019-03-21 21:29:27
橋本 至 @kid75

加:これについては、朝鮮が日本によってどんなふうに植民地化されたのかというところからお話しする必要があると思います。日本は19世紀の後半以降、朝鮮王朝に対して軍事的な圧迫を加えていくわけですけど、特に侵略が本格化したのが1894年の日清戦争です。

2019-03-21 21:31:03
橋本 至 @kid75

これは日本では日本と清国の戦争だということで、日本の国際的地位が上昇した戦争なんだということがよく言われますけども、この内実は朝鮮の侵略戦争で、朝鮮の民衆は抵抗するんですけども、3万から5万人がこの時虐殺されたと言われています。

2019-03-21 21:31:03
橋本 至 @kid75

そしてその後、朝鮮王朝は大韓帝国とというふうに国号を変えていくんですけども、大陸進出を目指した日本が日露戦争でこの大韓帝国の植民地化政策を本格化して、軍事的に制圧していくわけです。日露戦争と言っていますけど、実際には朝鮮を占領して屈服させていく側面があるわけです。

2019-03-21 21:31:03
橋本 至 @kid75

そういう中で日韓議定書ですとか日韓協約といった条約を強制して、主権を奪っていくわけです。そして武器を取って抵抗する人々を虐殺して、ついに1910年に完全な植民地化、韓国併合と言われていますけど、これを断行して。1919年というのはそれから10年近くがたった時だということになります。

2019-03-21 21:31:04
橋本 至 @kid75

荻:この1910年、それから9年後がこの三・一独立運動ですけれども、教科書にも出てくるこの韓国併合、一体どういったものだったんでしょうか?

2019-03-21 21:34:51
橋本 至 @kid75

加:日本の植民地化政策というのは、1904年から段階的に行われていくわけですけども、1910年の韓国併合がそれを完成させたということで、大韓帝国という国家を滅ぼした。

2019-03-21 21:34:52
橋本 至 @kid75

そして日本帝国の一部としたわけですけども、植民地として従属させるという、地図の上から朝鮮という国家を全く消滅させ手しまうという大きな出来事でした。

2019-03-21 21:34:52
橋本 至 @kid75

荻:そういえば、当時の言葉である「韓国併合」を、今でもナチュラルに使うことによって、当時の行為のリアリティーを損なうという点では、あらためて見直さなくてはいけないかもしれないですね。

2019-03-21 21:34:52
橋本 至 @kid75

加:そうですね。韓国併合という言葉は史学でもかぎかっこをを付けて使うべきだというふうに言われていまして、やはりそれは当時支配を合理化する際に「併合」という言葉を使ったということです。

2019-03-21 21:34:52
橋本 至 @kid75

だから人によっては『韓国を廃滅した』だとか『大韓帝国を滅ぼした』というような言い方をすべきだ」と言うことがあって、やはり用語というのは歴史認識にとって一番重要ですので、そのあたりは何らかの議論が必要で、

2019-03-21 21:34:53
橋本 至 @kid75

例えば「韓国強制併合」という言葉を使う人もいますし、それは結構ユイドク(?)かなというふうに思います。廃滅という言葉も大変に重要な言い方だと思います。 荻:シンプルに「植民地化」という言い方も。

2019-03-21 21:34:53
橋本 至 @kid75

加:はい。それも重要です。ただ難しいのは、1905年の段階で外交権を奪われているので、実質的に国家としては植民地化されているということもあって、その段階制を区別するために韓国併合という言葉が今も使われているという面があるわけですね。

2019-03-21 21:34:53
橋本 至 @kid75

荻:ある段階なんだ、ということが分かるようにしなくてはいけないわけですね。さてその1910年代、日本の影響力がどんどん増していく状況ですけれども、韓国という国がなくなっていくわけですが、当時の韓国国内の地域の出来事、あるいは動き、リアリティーはどういうものだったのでしょうか?

2019-03-21 21:34:54
橋本 至 @kid75

加:1910年代は、日本が徹底した露骨な軍事支配を行うんですね。武断政治というふうに言われています。 荻:武断。武士の武に、断行の断。

2019-03-21 21:38:50
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