少女には運命の赤い糸が見えた。だが、まさか糸の全長が1000kmを超えていようとは。

性病! (去年のヨタです)
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帽子男 @alkali_acid

「死んじゃう!」 「踊るのをやめなれば殺される」 少女は踊る。ニンフが手をとって艶やかに笑う。ウィルオーウィスプが集まって光り輝く美丈夫となり、次を引き受ける。 ジプシーの踊り、娼婦の踊り、兵士の踊り、沙漠の踊り、剣の舞い、宮廷の円舞、教会の輪舞。

2018-10-16 00:02:26
帽子男 @alkali_acid

少女が一番うまく踊れたのは剣の舞い。短剣の技を学んでいたおかげか。木の枝を刃がわりにはげしく旋回する。 今は昼?それとも夜?赤い糸はこんがらかったまま。 どれだけ時間が過ぎたのかもわからない。 仮面の小人がまたかかとを打ち鳴らして跳ねる。

2018-10-16 00:03:48
帽子男 @alkali_acid

だが雷のような音がして木々のあいだを緑柱石の鱗のドラゴンが降りてくる。 「お宝を返せ!」 しつこいやつ。鉤爪が竪琴をひっさらう。 「ああ!女王様!」 情けない悲鳴をあげるフェアリーハープ。

2018-10-16 00:05:03
帽子男 @alkali_acid

「ついでにそのやせっぽちの小娘も腹にいれよう」 緑龍はあぎとを広げる。その鼻づらを仮面の小人が蹴りつける。きゃっきゃと笑う森の精。 「こっぱものどもが!」 毒の息吹に蜘蛛の子を散らす宴の衆。少女の手をまたしても赤い糸がひっぱる。

2018-10-16 00:06:21
帽子男 @alkali_acid

ひっぱってひっぱってひっぱって。娘が遠ざかりながら、かなたに同じように青い糸にひかれる小人、いや少年を見る。骨の笛をひとくさり吹いて、別れの挨拶。ほがらかに笑う下半分だけの顔はまだ幼い。 「さよなら!お元気で!」 せいいっぱい大声であいさつする。

2018-10-16 00:07:58
帽子男 @alkali_acid

ひっぱってひっぱってひっぱって。 たどり着いたのは浜辺だ。潮風が砂を叩きつけてくる。 沖合には帆船。砂の上には小舟。 半裸の逞しい男達が腕組みをして、ひとりの絵描きを囲んでいる。 「あのう」 「俺達は海賊」 「奴隷狩りもかねてる」 「運がなかったな」

2018-10-16 00:10:17
帽子男 @alkali_acid

「待って待って!私は…ええと、医者なの」 「うそをつけ」 「こんなちんけな医者がいるか」 「いる!」 少女が呪文を唱えると、海賊のにきびがとれる。 「すげえ」 「良し!気に入った!高く売ってやる」 「よかったな!」

2018-10-16 00:11:34
帽子男 @alkali_acid

掴みかかって来る男の一人を森の精の踊る身軽さと、騎士の組打ちの技で投げ飛ばし、腰の短剣を抜いて舞うように喉へ押し付ける。 「あれ」 「おや」 「まあ」 「こいつは」

2018-10-16 00:12:24
帽子男 @alkali_acid

「医者より役に立つな!」 「よしよし!」 「高く売ってやる!」 「そればっか!」 絵描きが吠える。 「できたぞ!」

2018-10-16 00:13:15
帽子男 @alkali_acid

「なにができたの」 「宝の地図が描けたのさ」 「え、すごい」 「偽物だ」 「偽物?」 「こいつを大海賊バルボアに売りつけ、かわりに奴のおうむをもらう。魔法のおうむだ。そいつはいつだって正しい天気を告げる」 「偽物の地図で?」 「大海賊ジャスパーの宝の地図として売るから大丈夫だ」

2018-10-16 00:14:37
帽子男 @alkali_acid

少女はパイレーツシップに乗り込む。 「やせっぽっちだが女は女。抱けば気持ちがいいだろう」 「性病」 「げ」 「下働きするから」 「ちっ。まったくしょうがねえ。高く売るためだ」

2018-10-16 00:15:39
帽子男 @alkali_acid

大海賊バルボアの根城をめざし、一行は海路をたどるが、大嵐が襲ってくる。 「ぎええええ」 「ひいいい!」 「その娘だ!海の女神が女を乗せたんで気を悪くしたんだ」 「投げ込め!」 掴みかかって来る海賊を逆に舷端から放り捨てる。 「ぎゃあああ」 「あー」

2018-10-16 00:17:02
帽子男 @alkali_acid

生贄は男でもよかったのか、嵐は収まる。だが乗員は減っている。 「こうなったらお前に船の仕事を手伝わせる。帆の張り方畳み方、舳先と船尾の警戒、もちろん掃除や飯もな!」 「これが私の運命!??」

2018-10-16 00:18:20
帽子男 @alkali_acid

溺れ死んでは困るということで、泳ぎも教わる。 「私泉で泳いだことはある」 「は!!海と陸の泉を一緒にできるもんか!俺がお前を海驢みたいに仕込んでやる!」 「塩でべたべたしそう…」

2018-10-16 00:19:42
帽子男 @alkali_acid

魔女の術のおかげで物覚えはよく、なんとか潮の中でも泳げるようになる。 「ちっ、まったく痩せっぽっちの小娘だ」 「じろじろ見ないで」 「ほんとに性病か?」 「試してみる?歯が抜ける」 「冗談じゃねえ…南で性病になったやつを見たがあれはブルル」

2018-10-16 00:20:49
帽子男 @alkali_acid

絵描きも手ほどきをしてくれる。 「お前さんなかなか筋がいい」 「どうも」 「芸術家の手をしとる」 「前にも言われた」 重なる手と手。 「私性病なんです」 「わしもだ。気にせんよ」 「そう、です。か」 掌をひねりあげる。

2018-10-16 00:22:18
帽子男 @alkali_acid

仲間を減らした海賊達は落ち込むこともあるが、少女が歌と踊りで慰めると陽気に。 「お前はなんでもできるな奴隷!」 「いい海賊の女房になる!」 「高く売れる!」 「そればっかり!」

2018-10-16 00:23:22
帽子男 @alkali_acid

大海賊バルボアの根拠地に。 「こいつが宝の地図だと」 「もちのろん、あんたのおうむと交換だ」 「ふん…どうだかな…実はそっくり同じ触れ込みのジャスパーの地図を手に入れたんだ…こっちが本物じゃないかな?」 二枚の地図を比べる。 「どう思うおうむ」

2018-10-16 00:25:09
帽子男 @alkali_acid

極彩色の鳥は、バルボアの出してきた二枚目の地図の周りを舞う。 「こいつは天気のことも宝のことも間違ったためしがない。てめえらはうそつきの騙しやだ!皆殺し!!」 海賊同士のちゃんばらが始まる。飛び散る血しぶき。 少女は逃げまどいつつ、二三人をころばせ、つきたおし、かわし、小舟へ。

2018-10-16 00:26:44
帽子男 @alkali_acid

船の操り方は知ってている。だが風がない。オールを漕いでも腕力が足りない。 「ああどうしよう」 そこへおうむが飛んでくる。とたんに赤い糸が動いて、ひっぱるひっぱるひっぱる。

2018-10-16 00:27:41
帽子男 @alkali_acid

少女がとっさに糸を帆柱に巻き付けると小舟は波を切るように進んでいく。 「ああ助かった…のかな?」 「タスカッタ!タスカッタ!」 おうむが喋る。

2018-10-16 00:28:45
帽子男 @alkali_acid

おうむは色々な国の言葉を知っている。少女も竪琴から歌では習っていたが、もっと違った、卑しい語彙まで含めて。 それに風の読み方、潮の辿り方も。 「博学…まるで何人もの家庭教師について教わったみたい。ほら、昔話に出てくる」 「オウジ!」 「それ」

2018-10-16 00:30:21
帽子男 @alkali_acid

船から海に飛び込んでは魚を海驢のように獲り、生のまま血をすすり、いやがるおうむに分け与える。 「水がない…」 「フッテクル!」 「ほんと!?」 空の樽をあけて、布を広げて待つ。空を黒雲が通り抜ける。 ざーっと雨。 「やったあ!」

2018-10-16 00:31:42
帽子男 @alkali_acid

うれしくてオウムを抱き寄せ口づけをする。 すると極彩色の衣装をまとった若者がそこにいる。 「やあ美しいお嬢さん」 「え」 「僕はとある国の王子だ。学識と口舌を鼻にかけ、社交を広げたはてに、魔女にあたってね。呪いで変身させられていた」 「鼻にいぼのある?」

2018-10-16 00:33:38
帽子男 @alkali_acid

「よく知ってるね。僕の女友達に嫉妬していぼをつけようとして失敗して、自分につけたんだ。それを逆恨みして僕をこの姿に」 「そっか…世間は狭い」 「さてお嬢さん。僕を救ってくれた君を妃にしたい」 「え、私性病で」 「はは。違うのは分かっているさ」

2018-10-16 00:34:56