少女には運命の赤い糸が見えた。だが、まさか糸の全長が1000kmを超えていようとは。

性病! (去年のヨタです)
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帽子男 @alkali_acid

王子は優しく色の手管にも長け、たちまち少女を蕩かす。船上での破瓜。 七つの国の言葉で愛を囁きながら、若者は娘を開花させていく。 「これが…私の…運命?」 赤い糸は導く。大きな港。あまたの塔の立つ都に。

2018-10-16 00:36:35
帽子男 @alkali_acid

小船が陸につくまで、少女は王子から風の読み方、あまたの言葉を学ぶ。 知らない文字も、背中に指で描かれて。 「君は覚えがいいね。まるで魔法みたいだ」 「ええとお」

2018-10-16 00:37:54
帽子男 @alkali_acid

王子の国元へ帰りつくと、人々は驚き、やがて騎士団がやってくる。 「おお、大帝の孫にして西の半分を受け継ぎし兄弟王の片割れの子」 大臣からこみいった挨拶。 「して隣にいる小娘は」 「僕の妃だ!」 「また!」

2018-10-16 00:39:07
帽子男 @alkali_acid

「また?」 「いったい何人目の妃ですかな」 「いいじゃないか、世界中のおとめが僕に恋するんだから」 少女は唖然としているうちに豪奢な服を着せつけられ後宮へ放り込まれる。 「まあ新しい仔がきたわ」 「貧相ね」 「ひまだしかわいがってあげましょう」 伸びてくる手をとらえて投げ飛ばす。

2018-10-16 00:40:27
帽子男 @alkali_acid

「今のなに?」 「この子なに?」 「乱暴だわ」 娘は咳払い。 「踊りです」 「踊り?」 「ほんとうに?」

2018-10-16 00:41:01
帽子男 @alkali_acid

少女は歌と踊りを披露する。どこからか持ってこられた竪琴も弾いてみせる。 「まあこの子面白い」 「王子様ったら、しばらく行方不明になっていたと思ったら、こんなおもちゃを持ってきてくれるなんて」 「素敵」

2018-10-16 00:41:54
帽子男 @alkali_acid

後宮の奥方たちはかわりに化粧とおしゃれ、礼儀作法を教えてくれる。 「どう?化粧って別人になれるの」 「すてき…」 「じゃあ次は町娘に化けるやりかたね」 「え?」 「ばかね。城が落ちたとき逃げるのに貴族の顔をしていたらすぐ捕まるでしょう」 「あ、そうか」 「常識だから」

2018-10-16 00:43:30
帽子男 @alkali_acid

化粧を覚えた少女はたいへん美しくなり、王子も喜ぶ。 「君は僕の妃の中でもいちばんきれいだ」 「誰にでも言うんでしょう?」 「そんなことないさ。君には僕の世継ぎを生んでほしい」 「世継ぎ…」 ちょっととまどう。考えたことがなかった。

2018-10-16 00:44:39
帽子男 @alkali_acid

「助産の呪文なら覚えている気が」 「さあ今日も僕と遊ぼうね」 寝台に押し倒す王子。また美しい異国の言葉で歌いかける。 「悪くないか…これが私の運命…」

2018-10-16 00:45:29
帽子男 @alkali_acid

遠くで聞き覚えのある笛の音。笑うような、くすぐるような。 でもあまりにかすか。

2018-10-16 00:46:09
帽子男 @alkali_acid

政変がある。 大帝の国の東半分を受け継いだ叔父が、大臣を抱き込み、王子を暗殺する。 後宮にも謀反の兵が押し込んで好き放題。 少女は数人を投げ飛ばし、短剣を奪い取って、耳や鼻や指を切り落とすが、追い詰められる。 「信じられん。王子の妃が?まるで騎士だ」 「海賊のような身軽さだ」

2018-10-16 00:48:34
帽子男 @alkali_acid

窓から外へ出て、猫のように外壁を伝い、逃げる逃げる。 途中で足をすべらせるが、赤い糸がひっぱってまた別の足がかりへ。 「運命…ひどすぎる…」 だが泣き言ばかりも吐いていられない。捕まれば陵辱のすえ死か、まあそんなところ。

2018-10-16 00:50:06
帽子男 @alkali_acid

出入り口のない城の離れの塔へたどり着く。振り返ると敵が追いかけてくるかわりに、なんと足場を鑿と鎚で壊している。 「ああなんてこと。これが私の運命?」 閉じ込められた。

2018-10-16 00:51:17
帽子男 @alkali_acid

かつて扉があった場所にはずいぶん前に石と煉瓦が塞いだようだ。金糸の縫い取りのある衣装をまとった骸骨がうずくまるようにして倒れている。 「誰かをここへ幽閉したんだ」 “お前の王子の腹違いの兄さ” 骸骨から青白い影が立ち上がる。 “あいつだって兄弟を殺して世継ぎになりあがった”

2018-10-16 00:53:26
帽子男 @alkali_acid

“だが王位継承の印、大帝の玉璽は手に入れられなかった。だから即位もできないのさ。そこを隣国につけこまれたんだ” 「そ、そうなの」 “玉璽はどこにあると思う?” 「さあ?」 “隠し場所を教えてやってもいい。お前の体を俺に貸してくれるなら” 「結構です」 “では無理矢理でも貰う!”

2018-10-16 00:54:57
帽子男 @alkali_acid

幽霊が襲ってくる。 少女は森の精と海賊じこみの身軽さで逃げる。逃げる。逃げる。 だが壁を素通りして追手は近づく。 “無駄だぞ!” 「ああもう!これが私の運命!?」 “俺は今度こそ王…いや大帝になるんだ!お前の体を使うから女帝だな!さああ!” 「いやだっつーの!」

2018-10-16 00:56:43
帽子男 @alkali_acid

赤い糸がひっぱる。上方向。宙に浮かぶ少女。だがさすがに空は飛べない。 「ああ!もう!もう!どうすればいいの!」 笛の音が響き、羽ばたきが聞こえる。不機嫌な唸り。緑柱石の鱗のドラゴンが降りくる。背中に仮面の少年。足に青い糸。 「こ、こんにちわ」 挨拶すると骨の楽器を吹き鳴らし返事。

2018-10-16 00:59:08
帽子男 @alkali_acid

“龍だと!無礼だぞ俺の城に!” 幽霊が飛び掛かろうとするより速く、少年の少女より華奢な手が伸びて、獲物をかっさらう。 毒の息吹が吹きつけ、塔の骨組みを腐らせ、崩壊させる。

2018-10-16 01:00:15
帽子男 @alkali_acid

「ありがとう。助かった!あ、あれ?」 あらわになった塔の基礎に煌き。玉璽とやらだろうか。 「ええと、大帝のなんとかかんとか」 少年は肩をすくめ、靴のかかとで竜の背を蹴る。長虫はうなってそのまま城を飛び去る。宝をあきらめる無念さにまた咆哮。

2018-10-16 01:01:46
帽子男 @alkali_acid

宮殿から山を四つ、谷を三つ離れた草原に降りる。もう王の威光の届かぬ地だ。 「二度と貴様にはかかわらんぞ、疫病神の小僧っこめ」 グリーンドラゴンは呪いとともに逃げてゆく。あんぐり見送る娘。おかしそうに笛を奏でる童児。

2018-10-16 01:03:34
帽子男 @alkali_acid

「どうして助けてくれたの?」 少年は少女の手についた赤い糸を指さす。 「これのせい?じゃあ…」 うなずく。 「私達が似てるから?じゃあ…」 赤い糸がひっぱる。青い糸もひっぱる。別々の方向に。

2018-10-16 01:04:44
帽子男 @alkali_acid

少女はちょっぴり悲しそうに笑う。 「そっか…あなたは私の…運命じゃないんだね」 少年は骨の仮面をかぶりなおして元気よく腕を振る。 「うん。またね!」 かくして二人はそれぞれの道をゆく。いつ果てにたどりつくとも分からぬ糸が導くまま。

2018-10-16 01:06:29