「クリティック」って一体何だろう?
RT @dlit: #twifull_sap 【私見】cliticは、日本語の助詞の話の時は多く音韻論的な観点から語られるし、ロマンス語の話をするときは統語的な性質がfocusされたりするので、"現象としての"cliticと"(理論的)概念としての"cliticをしっかり区別する必要があると思う。
2011-05-24 11:46:35この「区別」について考えている。日本語の助詞をcliticとすると、音韻論的な観点から語られることが多いと@dlitさんからかつてご指摘をいただいているのだけど、なぜ統語的な性質はfocusされないのだろう。
2011-05-24 11:49:39統語的にはunmarkedということなのか、などと考えてみる。「私が」の「が」をクリティックと考えるとしよう。「が」が「私」に対する主要部で、主要部後置という点では統語的には無標だからfocusしようがない、ということでいいのだろうか。
2011-05-24 11:51:34とりあえず、通言語的な説明を目指すとして、WG流にcliticというカテゴリーはおいとくとして、ロマンス系言語などのクリティック(e.g. "Paul en mange deux."のenってその一例でOK?)も、日本語の「が」「は」等々もクリティックの一例、とできないか。
2011-05-24 11:59:31@yearman 僕は結構ほったらかしにしているのが多いので、ちょっとずつでもやらなきゃ、とずっとひっかかってはいるんですよね・・・
2011-05-24 12:00:17@adjunctisland @taiki_wger 物凄くアホな疑問に立ち返って、「Cliticって何」って思うんですけど、これって俺だけなんでしょうか?
2011-05-24 12:02:28@adjunctisland レレバントと思います。ただ、助詞のカテゴリーがあえてPではなくDだ、ということのようですね。日本語にDはあるのだろうか、というのは少なくとも議論を呼びそうですが・・・不勉強なのですがこのあたり、決着ついているでしょうか?
2011-05-24 12:02:35@koda_TO コンパクトに、"a clitic is a word whose whole is an affix." (Hudson 2001: 253)としておいていいのではないかと思うのですけども・・・ RT: 「Cliticって何」って思う
2011-05-24 12:05:15クリティックがなぜ問題になるかというと、結局special cliticがあって統語的にどうにも説明できない現象があるからそれをどうしようか、というのが大きいと思っていました。
2011-05-24 12:06:31もちろんそれだけが全てではないとは思うのですが。たとえばトルコ語でクリティックと従来言われているものは共通してアクセントを受けないというのはあるので。で、問題は、じゃあ他の接辞はアクセントを受けるってことでいいのかというと、そこがまたそうじゃないってところが難しいのですが・・・
2011-05-24 12:11:24@taiki_wger だとすると、何をもってAffixというのが次の疑問になりますねぇ。近代以降のP&Pだと、Wordが統語レベルでの最小構成素にならないんで、affix, clitic, wordは形態音韻的な問題ちゅーことになってしまいます。
2011-05-24 12:11:45@koda_TO そうなんですよね・・・結局そのあたりに解答を出さないといけなくなるのですが、これがまた大変で・・・むむむ RT: だとすると、何をもってAffixというのが次の疑問になりますねぇ。...
2011-05-24 12:13:58CliticについてはRomanceでもencliticとprocliticでは形態統語的性質が違うし、そもそも一枚岩の概念・現象ではないので、形態・統語・音韻的性質を別々に検証して理論化しないといけない(ここに書きました) http://bit.ly/mvZ1sB
2011-05-24 12:14:03@otoguro おおっ QT: ...Romanceでもencliticとprocliticでは形態統語的性質が違うし、そもそも一枚岩の概念・現象ではないので、形態・統語・音韻的性質を別々に検証して理論化しないといけない... http://bit.ly/mvZ1sB
2011-05-24 12:16:31僕もー(^-^)/ QT @koda_TO 物凄くアホな疑問に立ち返って、「Cliticって何」って思うんですけど、これって俺だけなんでしょうか?@taiki_wger
2011-05-24 12:16:32@taiki_wger どうなんでしょう?昔福井先生はDは日本語になくて、解釈はLF以降で補うというような考えだったかと思いますが、今は…?
2011-05-24 12:19:44