浪人生の俺が奴隷美少女を解放したら恩返しにおしかけ女房してきてどうなっちゃうのー?

美少女ってほど小さくない。 敦煌はクソラノベ。 素敵なイラストを描いてもらった! https://twitter.com/tsuchifuru_mifu/status/1172521055740542976
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帽子男 @alkali_acid

主人は気弱げに笑うと、そっと鎖に手を伸ばし、模様を指でなぞる。 「…姫李…ではなくて…霧けぶる…じゃなくて…白虹、日貫く…でもないな…」 「鎖は外れない」 「外れます」 「どうしてそんなに外そうとする」

2019-08-26 00:49:48
帽子男 @alkali_acid

「…そうしたいんです」 「外したら、殺す」 「…ひ…で、でも、外したいでしょう?」 「ああ」 「…むむむ…むむむむ…ではやっぱり鎖を外します…詩書の一節が鍵になってるんです…書によれば…こんな問題…試験としては簡単な…漁火の…夜明けの月…違うな」

2019-08-26 00:52:21
帽子男 @alkali_acid

雨が上がった。 どれぐらい時間が経っただろう。 日は暮れたか、昇ったか。月も星もない。 雲ばかり。 鏡の泉池の方から何かがやってくる。無数の光。 捕手かと一瞬緊張するが、ずっと淡く小さい。 木々の間をすり抜けて乱舞する。 黄、緑、黄とまたたく。 「貴紳蛍…オルニトだ!すごい…」

2019-08-26 00:54:40
帽子男 @alkali_acid

地上に星々が降りてきたようだった。 浪人生は思わず身を乗り出し、洞から落ちて水たまりに突っ込む。 「ぶべっ…きれいだ…谷洋経にある通りだ!オルニト、ラル…ウンテーオ…蛍はすなわち地の星…瞬く命はかなくとも、とこしえの光に似るもの…それだ!」

2019-08-26 00:57:12
帽子男 @alkali_acid

短いあいだにたやすく掻き消える蛍の火が、悠久に燃える星の光に似る不思議を詠んだ詩書の一節を唱える。 「人が儚くとも神々に似たることの喩えで、いつか天へ上がる望みを歌ったもので…キムリさん!答えが解りました。鎖を外す鍵が!」

2019-08-26 01:00:30
帽子男 @alkali_acid

ひょろりとした浪人生の呼びかけに、金髪に浅黒い肌のおとめは犬歯を剥いて、山吹の瞳孔を狭め、刺青だらけの四肢を洞の外にはい出させた。 「鎖を外したら、殺す」 「…だって」 「殺す」 「…そんな」 「殺す」 「…ええ…」

2019-08-26 01:02:39
帽子男 @alkali_acid

「もういい」 つぶやいた奴隷娘は四つ足で主人のそばによると、転んで汚れた服の腿あたりに頭をもたせた。 「いい」 「…書には…人の欲せざるところをなすなかれとありますが…しかし人の欲するとは」 「かみちぎらない」 「…ですから…はい?」 「かみちぎらない」

2019-08-26 01:06:21
帽子男 @alkali_acid

キムリはロウロの服の裾をつかんで上目遣いをした。 「本は読んだな」 「本?いろいろ読みましたが…」 「絵の本」 「絵…ってひょっとして房中術の…?いや…あ、そういえば読んだ。あれは男女の陰陽の気を巡らせて」 「すこしうるさい」 「ひっ」 「かみちぎらない」

2019-08-26 01:08:26
帽子男 @alkali_acid

どくんどくんと心臓が鳴る。 書には何と書いてあったか。 奴隷娘が主人にかみちぎらないと約束したときは。 浪人生はなんだか解らなくなって、異人のおとめを抱きしめ、震えながら、素肌に指を這わせ、髪から昇る麝香に似たにおいをいっぱいに吸い込んだ。 「キムリさん…」

2019-08-26 01:10:08
帽子男 @alkali_acid

「金莉花に似たる君。もし我が妹(いも)たれば…」 気づくと自然に恋歌を作り、つむいでいた。 おとめはただ抱擁に身をゆだねている。若者は息を吸い、唇を近づけ、

2019-08-26 01:14:57
帽子男 @alkali_acid

鎖にささやきかけるように蛍の詩を詠んだ。

2019-08-26 01:15:17
帽子男 @alkali_acid

青みがかった輪の連なりが蛇のようにのたうち、外れ、もがきながら地面に転がる。 閃光が木々のあいだを走り抜け、ちぎれた帯とともに一振りの長剣が宙を舞い、地に落ちる。 あとに立っていたのは金毛金眼、長い鬣に牙と爪を持つ巨獣だった。

2019-08-26 01:17:10
帽子男 @alkali_acid

「天…陽…獅…ダル…ガール…谷洋経にある万古の霊獣…金目人は祖と崇め…」 度肝を抜かれながら、浪人生は呟く。双眸からは滂沱の涙があふれていた。緑水苑に入ってあまた玄妙の鳥獣草木にまみえたが、眼前にあるのは一切を超えた神にも等しい何かだった。

2019-08-26 01:22:28
帽子男 @alkali_acid

こんな生きものに鎖をかけた誰かを、田舎生まれの学生は、生まれて初めて憎しみという情で思い、すぐに忘れ去った。 「きれいだ…金莉花より…どんな書にある…花より…鳥より…獣より…」 咽びそうになって身をくの字に折り、天陽獅の前肢にある短剣のように長く鋭い鉤爪に気づく。 「…っ」

2019-08-26 01:26:49
帽子男 @alkali_acid

寒気とともに現(うつつ)が戻って来る。 鎖を外せば殺す。 当然だ。ダルガールがそうしない理由はない。 脂汗がまたしたたり落ちる。鼻水も出る。 千書万卷から適切な命乞いの言葉を引用しようと考えが巡る。

2019-08-26 01:29:17
帽子男 @alkali_acid

だが浪人生はゆっくり息をつくと、 ひざまずいたままあぎとの下に首をさしのべた。 かみちぎりやすいように。 ひとときキムリと呼ばれた霊獣は、すさまじい咆哮を放つと、肉球のついた掌で勢いよく人間を強打した。

2019-08-26 01:31:46
帽子男 @alkali_acid

浪人生の痩躯はきりもみ回転しながら、鏡の泉池まで飛んで行き、ぽちゃんと落ちた。

2019-08-26 01:32:17
帽子男 @alkali_acid

ちなみにロウロウは意識を失う寸前、ダルガールの雌が発した吠え声の意味が解った。勉強していたから。 ごく単純な一語。 「大嫌い」 だ。

2019-08-26 01:34:09
帽子男 @alkali_acid

眼が覚めると浪人生は、七彩鱒が蔦から落ちた幡桃をついばむ横に浮かんでいた。岸が近い。あがくと何とかそちらに近づける。いつの間にか泳ぎが身についていたらしい。多分奴隷娘にひっぱられて池を渡った時だろうか。 「…びえっくしょ」 濡れ鼠のまま陸に上がる。まだ園丁は通りがからない。

2019-08-26 01:36:56
帽子男 @alkali_acid

ロウロウはそのままこそこそと緑水苑を立ち去った。一度だけ樹々の茂る対岸を振り返ったが、もうあの日輪と紛うほど輝かしく麗しい姿はどこにもなかった。

2019-08-26 01:38:05
帽子男 @alkali_acid

若者は以前世話になった道観にまた転がり込み、お札書きやら薬の調合やらを手伝い、道姑について家々をめぐってお祓いのまねごとを少しやり、いくばくかの金がたまると、こっそりようすを見に学生街に戻った。 死んだ学生の件は皆忘れたようで、次の試験に備え勉学に余念がない。

2019-08-26 01:41:06
帽子男 @alkali_acid

捕吏がうろついているかと思えばそうでもない。 いずれは帝国を差配する文官になったかもしれない学生の死に、随分冷淡な扱いだった。とはいえ長く留まっていては危ういのですぐ昔の住処をあとにする。 せめて父兄や母と合わせて祈りを捧げようと寺院に向かう。

2019-08-26 01:44:26
帽子男 @alkali_acid

女神像の前で弔いの句を口ずさむとまた涙が出る。なぜかはよく解らない。 「どうした…ものかな」 前に祈った時からすこしも変わってない。 何かしているつもりになって、何もしていなかった。 ただ懐の銀がなくなっただけ。

2019-08-26 01:47:04
帽子男 @alkali_acid

まぶたを閉ざす。兄や父や母の顔を思い浮かべようとしてもやっぱりぼんやりしたままだ。 天陽獅の威容ははっきりとまだ瞼に焼き付いている。今ははるか南の地を闊歩し、金梨花の畑に寝転んでいるだろうか。 ふと、おとめのかんばせが浮かんでくる。

2019-08-26 01:49:35
帽子男 @alkali_acid

じっと見たつもりはないのに、髪の毛一筋、指先の爪のかたちさえはっきり描ける。刺青の模様の一つ一つだって。 「かみちぎって…くれたほ方がよかったのに…」 奴隷娘の一太刀で首が落ちたあの学生は、気の毒だけど、すこし妬ましかった。

2019-08-26 01:52:32
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