浪人生の俺が奴隷美少女を解放したら恩返しにおしかけ女房してきてどうなっちゃうのー?
- alkali_acid
- 13108
- 32
- 1
- 0
「女神さまの涙は不吉を招くんですよ」 通りがかった寺院の下働きが横からとがめるように言う。 「すいません…もう行きます」 「おひとり?なら気を付けて下さいね」 「ああ。兵士くずれが出るんですね…どうということもないです」 正直もうどうでもよかった。
2019-08-26 01:53:57ぼんやり歩いてゆく。 懐の銅貨を指でさぐる。道観で稼いだ駄賃は、書や文具を売って得た銀に比べるとはるかに少ないが、安酒ぐらいは飲める。賢い道姑があれだけ好むのだからきっとよいものなのだろう。 ロウロウはふらりと酒楼をめざした。 その襟を誰かがとらえ、路地裏にひきずりこむ。
2019-08-26 01:55:42「よう小僧。相変わらずしけたなりだな。あれからたいして吉福はなかったみてえだ」 「…あなたは…」 刀をたずさえた大男だ。兵士くずれ。 幕営の道士に率いられ、天陽獅を狩る奇妙な任務について壊滅した隊の生き残り。かつては精鋭だったはずだが、今はすさみ落ちぶれている。
2019-08-26 01:57:36「まだかみちぎられてねえのか。ならあの奴隷はどこだ」 「…もういません」 「そんなはずはねえ!まさか売ったのか?だとしてもすぐ戻ってくるはずだ…へへ…あれだけの上玉、手を出さずにすむ男はいねえ…」 「書に曰く。万象のうち虚ろわるもんなし…もう終わったことです」
2019-08-26 01:59:30「うるせえうらなり書生が!!」 大男は若者を蹴り飛ばし、さらに続けて腹に踵を打ち込んだ。 「うげ…げええっ」 「悟りすました面しやがって。一発食らっただけで反吐吐くような雑魚が!!」 「やめ…ろ…」 「奴隷を!どこへやった!!」
2019-08-26 02:01:27「もういない…あの…ひ…あのいきものは…奴隷じゃない…太陽だ…太陽に…鎖なんか…かけられるもんか…」 「くだらん!!」 兵士くずれの鋭いひと蹴りが、浪人生を弾き飛ばす。 悲鳴を上げて転がる標的に大刀が伸びる。 「目から抉るか?鼻からそぐか?」 「…ひゃめろ…ひゃめてください…」
2019-08-26 02:04:21あっさり泣きが入る。 「さっきまでの威勢はどうした?え?太陽がどうとか?おら!」 頬に赤い筋が走る。 金創警すべし。 ロウロウは咽びながら這い、逃れようとして、背を踏まれた。 骨が軋む。 「お前を殺せば、奴隷は俺のもとへ戻って来る。いずれな。かみちぎられてれば面倒がなかったが」
2019-08-26 02:06:39「だがただ殺すんじゃつまらん。よく見りゃ面はいい。骸骨みたいに痩せてないで、もっと肉さえつきゃ女に騒がれる優男だろうな。そういうのを好きな金持ちに手足をもいで売るか?え?」 「ぐえ…うっ…ひゃめ…ひゃめろ」 「ほら。得意のお勉強でなんとかしてみろ。書はこういうとき何て言ってんだ?」
2019-08-26 02:09:49浪人生の脳裏を、軍略の範である劉氏の兵法書の内容が駆け抜ける。 大約すると 「死地に入ったらだいたい死ぬ。だから入らないようにしようね」 といった内容。 終わりだ。
2019-08-26 02:11:37「長生きしてもらっても困るからな。やっぱりここで血を流してじたばた踊ってくたばれ」 大男は刀を振り上げ、あまり間を持たせずぶざまにもがく若者へ振り下ろす。 まず右腕。すっぱりと落ちる。すさまじい切れ味。 鮮血が噴き出す。勢いあまって左腕も一緒になくなっている。
2019-08-26 02:14:29「お…あ…」 あまりに見事な一撃に、兵士くずれはつい言葉を失う。 刀は音を立てて石畳に転がる。 「俺の…腕が…?どうなって…え…?」
2019-08-26 02:16:05大男はがたがたと震えだした。 もう思い出したくもない南方での戦。 幕営の道士に従い、金目人の集落を襲撃した際の悪夢。 地上に降りた太陽の如く恐ろしく猛々しい怪物。
2019-08-26 02:17:56天陽獅、ダルガールの雌は次の一撃で兵士くずれをくず肉の塊に変えた。 だが返り血はたてがみにも、そばにつっぷす若者にもかからないよう気を使った。
2019-08-26 02:19:44「…どう…して…南へ…帰ったんじゃ…君は…どこだって…いけるのに」 霊獣はべろりと浪人生をなめてから、毛並みをゆすって鎖を落とし、前肢で押しやる。 「な…に…」 ロウロウは訳も解らぬまま青みがかった輪の連なりを掴む。すると枷は蛇のごとく踊って、ダルガールの首に巻きついた。
2019-08-26 02:22:46天陽獅は掻き消え、浅黒い肌に金髪金眼、刺青の娘があらわれる。首に奴隷の印をつけて。 「立てるか」 「ちょっと…待っ」 「弱い」 おとめは若者を横抱きにすると、軽々とした足取りで歩き始める。 「もっと肉をつけた方が良い」 「…書にいわく…」 いつもの口上を接吻が黙らせる。
2019-08-26 02:25:09「ぷはっ…天陽…獅…」 「ちゃんと名前がある」 「…えっ…と」 「キムリ」 「…うん、キムリさ」 「キムリ」 「キムリ…ありが…と」 「ロウロウ。すこしうるさい」
2019-08-26 02:27:42ところで帝国の中枢である国史院では文官採用の試験について、ときどき答案や評価の記録を読み返すことがある。といっても受験生は多いのでごく一部。 試験の監督をつとめたさる博士、これは皇帝の信頼する文部大臣でもあったが、この老翁はある受験生の記録をわざわあ取り寄せてうなっていた。
2019-08-26 02:30:49「どうされた」 同僚の一人。といってずっと年下の青年が話しかける。 実は皇子のひとりであり、いずれは宰相の地位に上るとうわさのある人物だ。 今は経験を積むために国史院に籍を置いている。 「この受験生のことで少し」 「ほう…ああ、最終試験の試問を寝過ごしたという!」
2019-08-26 02:32:46「文官採用試験始まって以来の珍事でしたな!はは…確かに面白い…」 「ええ…それで調べてみたのですが、予備試験をすべて二番か三番で通っておりまして」 「なかなかですな」 「いや、つまり実際は首位だったということです」 「ほう?」 「ご存じの通り試験は公平中立を旨としておりますが」
2019-08-26 02:34:31「…実際は豪族や官吏の子に有利となるよう計らいがある。予備試験では一位、場合によっては二位まで誰が通るか決まっている。もちろん手心を加えずとも上位で通る優秀な学生が選ばれるが」 「くだんの受験生は家柄がそこまでではなかった?」 「百姓の子です…皇帝の勅により村が数合わせで出した」
2019-08-26 02:37:00「ほほう。それがそんな成績を」 「すべての予備試験で知識については瑕疵が一つもない。作文も…華はないが…やはり完璧です」 「惜しいことだ」 「ふうむ…はい。大変な過ちだったと思っております」 「博士は公平な心をお持ちだ」 「いえ…文官採用の試験にはこうした人士を見出す役割があります」
2019-08-26 02:39:45「なぜならもし、こうした人士が在野にあって、天朝に敵する輩の手に陥れば、きわめて危ういからです。文官を独占することが、帝国の安寧に資するのです」 「では今から律令に背いて登用を?」 「いや、いずれにせよ。この人士はどこか文官に収まらぬところがある。寝過ごしの一件にしても」
2019-08-26 02:42:30博士は書簡を置いて、垂れ下がった眉毛のあいだから歳ふりてなお衰えぬ眼光を煌めかせる。 「私が大きな過ちだったと、申し上げたのは…試験の会場から、この人士を生きて出させたことです」 「何と…」 「文部大臣として思うに、かかる禍を招きかねぬものは、社稷を揺るがす大乱を起こさぬよう」
2019-08-26 02:45:15