ぱすイカ二次創作⑤

感情がめちゃくちゃ @pascal_syan

「や うぇに まれい みれきゃらひれ じゅり ゆ みれけらそん」 鼻唄が、孤独な部屋に響く。 バンダナを結び、その上に白いキャップを逆さに被る。 「きれ ひゅり よりへらへにゅらへら……」 サングラスの隣においてある、写真立て。二人の顔写真。生まれて初めてできた「友達」。

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「……サキ……」 鼻唄が止む。写真立てを手に、ぽつりと呟いた。 「あの子、今、どう思ってるんだろう？」 『遠い遠い田舎の方言』だと、すらすらと言葉が出てくる。 でも、この言葉は人前では出さない。出してはいけないのだ。

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「急にチームに誘ったりするのなんて、……やっぱり、びっくりしたよね。怒って……ないかな？」 写真の向こうの彼女は、答えない。もし本人がいたとしても、きっと、笑顔で許してくれるだろう。 「大丈夫。サキならきっと、みんなについていけるよ……」

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サキには、隠れた才能がある。ヨーコは彼女と付き合ううちに、そのことに気がつきはじめた。塗り意識の高さと塗りの技術に目を奪われてしまいがちだが、真の価値はそれ以外のところにある。 端末で、直近50試合の結果を遡る。サキと共に組んだ試合が、ちらほら。

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あの子は気づいてない。「私、前線にめっちゃ突っ込むからよく死ぬんだよね～」という言葉をよく口にする。確かに、彼女の死因の８割はそれだ。相手インクを塗り返すのに夢中になりすぎて、足元も背中もお留守になったり、射程差を読みきれずに一方的にやられたり……

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その割に、彼女のデス数は「比較的控えめ」なのだ。多くても3回くらい。ボコボコにされてるイメージが湧きがちだが…… 多いのは、死んだ回数ではなく、「死にかけた回数」なのである。 死んだと死にかけたは、似ているようで全く違う。当然だ。前者は死んでて、後者は生きてるのだから。

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生存率が意外と高い。いろいろな要因が考えられる。まず、彼女は、やられそうになると必ず大声をあげる。独特のあの悲鳴だ。実はあれ、自陣の端から敵陣の端まで離れていても、聞こえるのだ。喉、大丈夫なんだろうか？

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彼女の大声が何を意味するかは、言うまでもない。彼女の近くに敵がいるということだ。加勢に行きやすいのはもちろん、警戒を促すこともできる。実際、あの「アラート」を頼りにしている自分が、いる。

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そして、……少し言い方は悪いが、彼女には特有の「泥臭さ」がある。窮地に陥ると、途端にそれが出てくる。敵インクに足をとられてしまったとき……そう、シグルイとの対決で見せた、「靴脱ぎ」なんかがいい例だ。極限まで追い詰められると、なりふり構わず生き延びようとする。

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敵インクに嵌まると、まず、跳ぶ。飛びながら射撃して、なんとか自分の足元を洗おうとする。咄嗟に壁を塗ったりして、這うようにして逃げる。転んだあとに四つん這いで地べたを走り出す姿も見たことがある。 逃げるのがうまいイカはたくさんいるが、ああいった逃げかたをするのは、稀だ。

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そういう、根性とでも言える何かが、彼女をもっと強くしてくれるはずだ。ヨーコはそう考えている。 死に物狂い。サキにぴったりな言葉だ。 あの秘められた底力を引き出せるのは、彼女よりも、自分よりも、もっともっと強い人の力が必要だ。 そこでヨーコが選んだのが、シグルイという男だったのだ。

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シグルイ。こちらの「地方」の言葉で、死に物狂いの略称なのだとか。その名を冠する彼なら、きっと…… ヨーコは独自に、シグルイの過去を調べている。といっても、出てくるのは過去の試合の映像か、脚色の入ったメディアの情報くらいだが。

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映像の中の彼を観察していると、あることに気づいた。レジェンドというのだから、ものすごく戦闘がうまくって、ダメージをひとつも受けずに戦えるんだろうなあ～。きっと、誰もがそう思っているだろう。ヨーコも漠然とだが、そんなイメージを抱いていた。

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だが、映像を見てみると、実はそうでもないのだ。相手のインクを「あえて」受ける場面が、昔の試合にはとても多いのだ。骨を切らせて肉を断つ、と言えば分かりやすいだろうか。そのような戦法を好むらしく、試合後の彼はいつも、敵インクで多少汚れていた。まるで、返り血のように。

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パッと見ただけなら、冷静沈着、スマートでイカした青年だ。だが、その瞳は、異様なまでにギラギラと輝いている。獲物を狩ろうとする猛獣のように。 実は、サキをあのチームに入れる前に、ヨーコとシグルイは一騎討ちしていた。串カツを食べに行った、あの日である。

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あの日、彼は自分と全く同じブキ、スパッタリー・ヒューを持ってきた。これが一番、お前と楽しく戦えそうだから。そう言われた。 実際、試合は白熱した。条件は同じ。お互いの長所と短所も同じ。差がつくとするなら、ウデマエだけ。 お互いに懐へと飛び込み、銃口を向けてトリガーを引く。

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そのときの彼も、あの昔の映像と同じく……敵弾をあえて受けながら、猛然と迫ってきた。間近で見たあの目は、正直に言うと、……狂人のそれだった。狂喜とも、狂気とも言えよう。 思い出すだけで、全身に寒気のようなものが、ぞわりと走る。あんな顔して戦うイカは、彼以外にいない。

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だが、最近に近い映像だと、その狂気は鳴りを潜めていた。敵弾をあえて食らうような、無茶な戦いかたも減ってきた。おそらく、オクトーの存在が影響しているだろう。 彼の持ちブキはシェルター系。シグルイのそばに常に控えており、主君の危機に、盾として立ちはだかる。

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時々、戦いかたに遊び心が加えられるようになったのも、オクトーが公式の大会に出るようになってからだ。この差は、非常に興味深い。オクトーという少年についても、もっと知りたくなってきた今日この頃である。 最も、オクトーが気になる理由は、それだけではないのだが……

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オクトーと仲良くなってみれば、何か分かるのかもしれない。大丈夫、彼は「同胞」だ。彼もそのことに気づいている。敷居は低いだろう。まずは一緒に、バトルでもしてみよう。 端末を手に取り、彼の連絡先を開く。行動力、全開だ。

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とりあえず、通話から。通じなかったら、後でメールを入れればいい。もしかしたら忙しいかもしれないけど、もしかしたら忙しくないかもしれないし。大事なのは、押しだ。サキがそう言ってた。 通話に出てくれた。やった！ 「モシモーシ？電話、トツゼン、ゴメンネ？今、ダイジョーブ？」

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「ああ」 電話の向こうの声が、……異常に低い気がする？ 不自然に思い、一旦端末を耳から離して、画面を確認してみた。 『シグルイ』 あっ。 やばっ。 かけるところ、間違えた……！

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「……カケマチガエナノネー……」 素直に謝罪することにした。この程度で腹を立てるような人ではないし。 「ふふ、そうか。誰と間違えた？」 「オクトー、ナノネ」 「オクトーに？……少し待ってくれ」 「？」 彼の声が遠くなる。他に、誰かの声が聞こえた。もしかして……

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「もしもし」 オクトーの声だ。代わってくれたらしい。 「コンニチハ～」 「何がこんにちはだ！ボスに掛け間違えなどするなんて……」 あ、こっちはめっちゃ怒ってる。 「ゴ、ゴメンネ」 「用件なら手短に済ませてくれ。ボスの端末に触れるなど恐れ多くて……もう……！」 恥じらいに近いような声色。

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「ア、アノネ、イツデモイイ、オクトー、暇ナ時、ナワバリ一緒シテミタイ。ソレ、用件ナノネ」 「……そのくらいならメールでよかっただろう……？」 「スケジュル、パンパン？」 「ああ。まあ……なんとか時間は作ってみる。元々そうするつもりだったしな」