エルフの女奴隷を代々受け継ぐ家系の話( #えるどれ )~3世代目・前編~

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帽子男 @alkali_acid

歌合戦では勝つ。勝って勝って勝ちまくる。 でも勝ち負けなんてどうでもよくなる。 楽士は最後は 盛 り 上 が っ ちまう。 角盃で麦酒をあおる。 おっとでも少年がわくわくして口をつけようとすると黒犬がうなる。 「だめ!」 「なんで!」 「おさけはだめ!もっと大きくなってから!」

2019-09-23 23:00:27
帽子男 @alkali_acid

「あたいぐらいで飲んでる子いた!」 「君はだめ!体に悪い!」 「アケノホシのいじわる!きらい!」 「えっ…きら…」 衝撃に固まる四つ足の連れ。 「いーだ!」

2019-09-23 23:01:33
帽子男 @alkali_acid

一方、歌の練習のあいまにあらわれた仙女はあくびをして諾する。 「蜜酒でも麦酒でも好きに喉を湿せ。エルフの貴公子ならば…姫宮ならばたしなみだ」 「やったー!」 だがアケノホシは尻尾を隠してうずくまっている。 「きらい…?きらい…?僕のこときらい?」 「アケノホシなにしてんの」

2019-09-23 23:04:40
帽子男 @alkali_acid

「だって、きらいって」 「もう好きになった」 「え?そんな早く」 「きらいなんてうそ。ごめん」 「うそ?うそでもきらいなんて言わないで」 「ごめん。アケノホシ。あたいが悪かったよ」 「きらいじゃなきゃいいけど…」

2019-09-23 23:05:50
帽子男 @alkali_acid

やっぱ相当馬鹿な犬なんやなこいつ。 しゃべれるだけで。 一人と一匹は仲直りして、さらに大きな街へ。川が海にそそぎ、整った港があり、喫水の深い船も錨を下ろしている。 「くくく…話には聞いているぞ琵琶弾き!ちいさいな!だが容赦はせん!酒も用意したし!もう即歌合戦だ!」 歓迎される。

2019-09-23 23:08:44
帽子男 @alkali_acid

めちゃめちゃ盛り上がり、野外の舞台は超満員に。 花火まで上がる。 なお圧勝した。 「見事だ…もうちょっと大きかったら負けた勢いで俺も結婚を申し込むところだった」 「え、何言ってんの」 「俺にも解らん…ところでお前は西の島の黄金王が募る歌比べには加わるのか」 「歌比べ?」

2019-09-23 23:10:53
帽子男 @alkali_acid

「知らんのか?ふ…教えてやってもよいが…将来のその…交際をだな」 「え、何言ってんの」 「俺にも解らん…歌比べは、何でも妖精の船と関係があるそうな」 「妖精の船…エルフ?」 「うむ。そういえばお前の耳は尖っているな。膚が昏くなければエルフと間違えるところだ。結婚してくれ」 しない。

2019-09-23 23:14:17
帽子男 @alkali_acid

寝床に決めた厩で驢馬や馬のほかは黒犬と少年だけになってから、楽士から聞いた話についてあれこれささやきかわす。 「西の島か…西方人の最も強大な海軍を持つ王国がある。黄金王ファラゾエアが治めている。確かエルフの血を引いていてとても長命だ」 「ぜんぜん言ってることわかんない」 「わうん」

2019-09-23 23:21:43
帽子男 @alkali_acid

「いいやつ?わるいやつ?」 「僕は好きじゃない。でも西方人…つまりこのあたりの人にとっては英雄だ」 「えいゆうかー」 「えらいひと」 「わかってる!」 「ファラゾエアは貨幣を定めた。海軍をあちこちに動かして、海賊を追い払って、商人を守っている」 「えらいんだ」

2019-09-23 23:23:13
帽子男 @alkali_acid

「でも…南の人々をいじめている」 「南の人って」 「南の人はね。海賊をしていたり、漁師をしていたり」 「いいやつ?わるいやつ?」 「どちらでもあり、どちらでもない」 黒犬を抱きしめて撫でながら少年はつぶやく。 「心配?」 「…ラヴェインは僕が守るよ」 「かっこつけ」 「わう…」

2019-09-23 23:26:53
帽子男 @alkali_acid

小さな琵琶弾きは忠実は獣の温もりとともに眠る。 夢の中では、緑の谷にいて仙女の膝にのぼり、あたりに咲く草花を愛でる。 「仙女様!」 「ラヴェイン。西へおゆき」 「あたい、仙女様のところにゆく」 「ならぬ。呪いから逃れるのだ。しかして塚人の予言に心せよ」 「塚人って」 「死の民」

2019-09-23 23:31:03
帽子男 @alkali_acid

「どういうこと?」 「塚人の予言に心せよ。しかして影の国に心惹かれてはならぬ。諸王の野心にからめとられてはならぬ」 「あたい、仙女様と一緒にいたいよ」 「私もだ。けれどそうしてはならぬのだ…今度こそは」 「わからない…むずかしくて」 「アケノホシがお前を助ける。常に」

2019-09-23 23:34:33
帽子男 @alkali_acid

でも緑の谷は。夢の中で訪れる仙女の庭はこんなにもかぐわしく、こんなにも快いのに。 影の国は本当に悪いところなのだろうか。 ラヴェインは納得できない。西になんかゆきたくない。東へ。 光より闇濃き地へ憧れるのだ。

2019-09-23 23:37:08
帽子男 @alkali_acid

呪いと災いが幼くも類稀な歌い手を、踊り手を、弾き手を、吹き手をからめとる。 否応もなく。黒の乗り手の運命へと。

2019-09-23 23:38:15
帽子男 @alkali_acid

ラヴェイン。 黒犬とともに海辺を旅する小さな楽士。 暗い膚に尖った耳、可憐な顔立ちをして、いつも笑ったり怒ったり忙しい子。長い髪を結って、膝より上の短い裳裾(スカート)を穿(は)いて、黙っていれば美少女。でも本当は少年だ。 琵琶(リュート)と横笛を鳴らし、軽やかに踊る。

2019-09-24 20:40:27
帽子男 @alkali_acid

幼い歌唄いを、はじめ人々は恐れ、避け、拒み、斥(しりぞ)けようとする。 でもひとたびあどけない口元が開いて、細い喉が高らかに旋律をつむげば、もうだめだ。 誰もが一緒に歌い踊りだす。 不思議の子ラヴェイン。魔法の子ラヴェイン。

2019-09-24 20:41:57
帽子男 @alkali_acid

四分の一だけ人間で、四分の三は妖精。 両親の顔を知らず岬の神殿で育ち、堅苦しい暮らしを嫌って旅に出、よそものをうとむ漁村さえ次々と味方につけ、漁夫の歌、海女の歌、塩焼きの踊り、皆教わっては老いも若きも沸かせて去ってゆく。

2019-09-24 20:44:52
帽子男 @alkali_acid

泳ぎは得意。 釣は苦手。 魚と蟹と海星と烏賊と貝と海鳥と海豹と海藻と、だいたい全部名前を知っている。味も。 波の色、潮の速さ、星から知る方位、船のかたちと帆や櫂の重さ。 風の向きと強さと湿り、危うい雲と豊漁を告げる夜光虫のうねり。 そういうものだって心得ている。歌になっているから。

2019-09-24 20:49:11
帽子男 @alkali_acid

船乗りは皆歌で覚える。だからラヴェインもそうするのだ。 四つ足のおともと一緒に何隻もの漁船や商船に乗ったものだ。 一曲披露すれば断る船頭はいない。 なりゆきに任せて近海の島々に立ち寄り、入り江にあるさびれた漁港から大河の口にあるにぎやかな商港まで巡った。

2019-09-24 20:53:41
帽子男 @alkali_acid

わだつみのほとりに暮らす人々の苦しみ、喜びを琵琶の弦にまつわりつかせて、少年は多くを見、多くを聞き、多くを嗅ぎ、そうしてさらに演奏と歌唱と舞踏とを磨いた。 「仙女様、あたいの演奏、どう?」 音楽を織りなすあいだだけあらわれる、透き通った貴婦人にそう尋ねる。 「よくなった」

2019-09-24 20:55:36
帽子男 @alkali_acid

仙女は黒犬と同じく、物心ついてからずっとラヴェインのそばにいる。 いや遠くにいるのだが、気配だけは寄り添っているのだ。 やはり歌と曲は好むが、ほかの聴き手ほど容易く満足せず、天稟に隠れた未熟なところ、稚拙なところを鋭く指摘する。 だからこそ、たまにこぼれる讃辞が、童児は嬉しい。

2019-09-24 21:00:05
帽子男 @alkali_acid

「えへへ!えへへ!」 「やったねラヴェイン」 はしゃぐ琵琶弾きのかたわらで、四つ足の相棒がそう吠えて嬉しそうに跳ねる。しゃべるのだ。名前はアケノホシ。仙女いわく、たいそう馬鹿な犬だ。 「だが練習はほどほどにせよ。明日は…船作りの港に入るのだからな」

2019-09-24 21:02:17
帽子男 @alkali_acid

船作りの港。 森に囲まれた湾に面し、古い石造りの雅やかな建物がひっそりと集まっている、さほど栄えているようでもない街だ。 だが内懐には大渠を抱え、さらにほかの泊(とまり)には決して停まらない船が着く。 はるか西方、光の諸王の治める地へ向かう、妖精の船が。

2019-09-24 21:07:02
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