エルフの女奴隷を代々受け継ぐ家系の話( #えるどれ )~3世代目・前編~

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帽子男 @alkali_acid

「うううううう」 おう兄ちゃん元気ええなちょっとあっちで話しよかという感じで狼だか犬だかが相手をひきずってゆくと、地回りはものすごく悪い夢をみたかのように何も覚えてないまま放心するのだ。

2019-09-23 22:03:18
帽子男 @alkali_acid

ただいかに目鼻立ちが整っていても、耳が尖っていて膚が昏いので、エルフを恐れる村では石を投げられることもある。 「なんだっての!」 「だめだラヴェイン。そっとしておこう仲良くなれない人はいる」 「別に仲良くなんなんくていいけど…」

2019-09-23 22:04:56
帽子男 @alkali_acid

かばう黒犬をおしのけて少年は琵琶を取り出し、おさげを振る。 「あたいの歌を聴け!!!」 負けない。

2019-09-23 22:05:51
帽子男 @alkali_acid

ラヴェインは石なんかよけながら歌って踊って奏でる。アケノホシも諦めてそばにしたがう。 神官だの男衆だのが脅してきても、顔を近づけて大声で歌う。 「どう?あたいの演奏」 「やかましいんじゃい!…海神様の大漁の祝い唄とかはできんのか」 「できるよ!!!!」

2019-09-23 22:07:51
帽子男 @alkali_acid

琵琶弾きは強い。やたらと強い。 黒犬はしびれてしまう。 「ラヴェイン!君って最高だ!」 「アケノホシっていつもそれ」 「だって最高だもん!」 「あっそ。抱っこ!」

2019-09-23 22:09:18
帽子男 @alkali_acid

犬に飛びついて転がる少年。 「もう!乱暴だなあ!僕だって繊細なところもあるんだよ」 「なにそれ。ねえアケノホシ、あたいね、アケノホシのこと、仙女様の次の次の次ぐらいに好き」 「え、あいだに入ってるの誰?」 「琵琶のナクハイアルしょ、横笛のミルドガードでしょ」 「そんなあ…」

2019-09-23 22:11:51
帽子男 @alkali_acid

四つ足の相棒はまた耳を伏せる。 「僕だってラヴェインの歌に合わせて踊れるのに…」 「うるさいだけじゃん」 「うう…」 「そうだ。どうしてナクハイアルやミルドガードは楽器になったの?エルフの騎士だったのに」 「それには物語があるのさ…あ、いや…」 「影の国の物語だ!教えて!」

2019-09-23 22:13:46
帽子男 @alkali_acid

アケノホシが言い渋るのは決まって東にある影の国、黒の乗り手が支配する悪しき地の話だ。しかしラヴェインはそいつが大好物と来ている。 「ナクハイアルやミルドガードは、仙女様を守る九人の白い乗り手のひとりだった。でも黒の乗り手が皆…倒してしまった」 「黒の乗り手!わるいやつ」

2019-09-23 22:15:18
帽子男 @alkali_acid

「ううん。白の乗り手と戦った黒の乗り手は、勇ましくて荒っぽかったけど、悪いやつじゃなかった。ひとつ前の代だから。とてもりっぱなひとだったよ」 「変なの。アケノホシは黒の乗り手が嫌いなんじゃないの」 「う…とにかくその黒の乗り手はいいやつだったの!それでね」

2019-09-23 22:16:50
帽子男 @alkali_acid

「黒の乗り手は仙女様が悲しむので、白の乗り手のおはかに、木を植えたのさ」 「仙女様のために?黒の乗り手も仙女様が好きなの?だから閉じ込めてるの?」 「…そう…かもしれない…それでね。木はすくすく育ったんだけど、雷が落ちて二本がだめになってしまった」

2019-09-23 22:18:49
帽子男 @alkali_acid

「仙女様はせめて木を何かのかたちにして残そうと、横笛と琵琶を作らせた。ナクハイアルの方は本当は竪琴の方が得意だったけど、木は琵琶に向いてたんだ」 「作らせたって、誰が作ったの」 「仙女様のおつき」 「おつきって誰」 「おつきはおつきさ」

2019-09-23 22:20:15
帽子男 @alkali_acid

「楽器って簡単に作れるの?」 「いいや…でもナクハイアルやミルドガードが作り方を教えてくれた。それで長いあいだかけて。覚えたんだ。君みたいに魂の声が聞こえたからね」 「おつきはいいやつ!」 「仙女様のおかげさ。それに死んでも仙女様に仕えたかったナクハイアルやミルドガードの力だよ」

2019-09-23 22:21:55
帽子男 @alkali_acid

アケノホシが語り終えると、じーっとラヴェインは犬の鼻をにらんだ。 「ねえ」 「なに」 「仙女様のおつきってアケノホシ?」 「僕はただの犬」 「ただの犬はしゃべらないよ。あっちこっちの村で犬みたけど、しゃべる犬いなかったもん」 「ただの…しゃべる犬」 「なにそれ」

2019-09-23 22:23:40
帽子男 @alkali_acid

いちおう仙女にも確認してみるとに。歌と踊りと演奏の練習のあいまに。 「ねえ仙女様!」 「今日の演奏は気が散っていてあまりよくなかったぞ」 「う…でもだって、あたい気になる!」 「何が気になる」 「アケノホシってただの犬?しゃべるのに?」 「よく気づいたな。あれは…ただの犬ではない」

2019-09-23 22:25:23
帽子男 @alkali_acid

ごくりとおさげの少年が唾を呑むと、貴婦人ははっきりしない容貌をにやりと歪ませた。ようだった。 「とりわけ馬鹿な犬だ」 「馬鹿なのか…」

2019-09-23 22:26:12
帽子男 @alkali_acid

あとで黒犬は抗議する。 「馬鹿じゃないよ!僕は賢い犬だよ!岬では神官さんが出す綴り方の課題だって、計数だって教えるのを手伝ったじゃないか。それにさ」 「やっぱ馬鹿そう」 「ひどいよラヴェイン」

2019-09-23 22:29:43
帽子男 @alkali_acid

かけあいをしながらどこまでも海沿いをゆく二人。 黒犬と旅する暗い膚の少女、いや少年。とにかく琵琶弾きの笛吹きの歌唄いの踊り子の噂はどんどん広がっていった。どこへ行っても地元の曲をすぐに覚え、酒場で広場で老若男女を沸かせる。

2019-09-23 22:39:39
帽子男 @alkali_acid

堅物の神官や、妖精くさい相手とみれば半殺しにしてしまうような村の衆までもが、しぶしぶながら 「別に歌って踊るだけのガキだ。害はない。あ、海鳴りの祈りをやらせりゃうまいぜ」 などと話す。 お守りがわりに船にのせたがる漁師や商人まで出てくる。

2019-09-23 22:42:10
帽子男 @alkali_acid

ラヴェインと一緒にいると人も鳥も獣も、海ゆく魚さえ歌わずには、踊らずにはいられない。 一つ一つを少年は覚え込んでゆく。 「あのねラヴェイン…今の歌はあんまりよくないよ。その、猥らだし…」 四つ足の連れが教育上の物言いをつけても無駄。 「盛 り 上 が っ て き た」

2019-09-23 22:45:11
帽子男 @alkali_acid

すぐ盛り上がるから。なんでもかまわず。 ちなみにアケノホシは、エルフ語の雅やかな曲を好む。 仙女様の喉から響く歌だからだろう。 「アケノホシ。仙女様を見てるときよだれたれてる」 「たれてないよ!」 「たれてるよ」 「ないったら」 たれてる。

2019-09-23 22:51:30
帽子男 @alkali_acid

船に乗れたおかげで少し大きな、いわゆる街にもつく。 そこではいわゆる楽士がいて、新参にいい顔をしない。 黒犬は軽く始末してくるかみたいな空気を出すが、しかし先に少年が動く。 「文句があんなら!あたいと勝負しな!!」 「何ぃ!?歌合戦だと!生意気な小娘がああ!」

2019-09-23 22:53:22
帽子男 @alkali_acid

割と酒浸りのやさぐれた詩人でも、なぜか少年が煽るとめちゃめちゃ乗ってくる。 「どうだ!!わしはくーやっって、歯で琵琶が弾けるんじゃ!!」 なんだそれ。歯で弾くとかあほか。丈夫だな。 「あたいもやれる!!くぬー!!」

2019-09-23 22:54:36
帽子男 @alkali_acid

「どぅははははは!へた!」 「むきー!」 しかし仲良くなってしまう。 「楽士の座に加わっておらんお前なんぞに技を教えるわけにはいかんが…盗むのはしょうがないな!わしに弟子入りするか」 「しない!あたいの歌の師匠は仙女様!琵琶は銀の指ナクハイアル!横笛は小鳥の友ミルドガード!」

2019-09-23 22:56:19
帽子男 @alkali_acid

「あっそうむかつく小娘じゃのう…ちょっと痛い目にあわそ…ほれ!こうやって!こうやって!はい!楽士の羽飾り!」 「なにそれ!」 「ぷふー知らんのかだっさ!ガキじゃなー!海の諸都市で奏でる楽士の座はこれないとのけものなんじゃよーだ!」 「へーんだ」 「やる」 「いらない」 「やる」

2019-09-23 22:57:51
帽子男 @alkali_acid

「それを持ってればでも、歌合戦を挑まれたら応じなきゃならんからな」 「なにそれ!盛 り 上 が っ て き た」 「せいぜいうまい楽士に泣かされろ!もう一曲やるか小娘!」 「小娘じゃない!ラヴェイン!」

2019-09-23 22:58:52
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