エルフの女奴隷を代々受け継ぐ家系の話( #えるどれ )~3世代目・中編~

シリーズ全体の目次はこちら https://togetter.com/li/1479531 ハッシュタグは「#えるどれ」。適宜トールキンネタトークにでもどうぞ。
41
前へ 1 ・・ 13 14 次へ
帽子男 @alkali_acid

人間のうち最強の国を一瞬で押し潰す精霊に、蔑みを浮かべて、妃は湖のそばへ向かった。都に留まる魔法使いの努力にもかかわらずもはや水位は上がり続け、城壁の縁を波が洗っている。 海豚はいた。怯えながらもとどまっていた。約束を果たすべく。 「光の諸王の報復はおろかなれど」

2019-09-28 20:58:24
帽子男 @alkali_acid

「巻き添えに遭う民は憐れ。海豚よ…もしお前が外海にたどりつけるなら…どうか南の海賊王の妃、鶚に伝えておくれ。波に沈む西の島に船を出しておくれと、一人でも多くの民を救っておくれと…南寇に…あなた方を殺し苦しめた我等が憐れを乞うていると…」

2019-09-28 21:00:09
帽子男 @alkali_acid

すると海豚は背鰭を動かし合図する。自分の体に掴まって一緒に行こうと。ひょっとしたら湖の底に入った罅か、運河のどこかを通じ外へ出られるかもしれない。息の続く間に。 だが王の妃は海女ではない。泳いだことさえろくになかった。何より逃げるつもりがなかった。 「私は王の帰りを待ちます」

2019-09-28 21:08:04
帽子男 @alkali_acid

もう為せる業はない。 銀髪の乙女は住まいに引き下がると、いくつもの管につながる鍵盤の前に座った。トロールの侍従長がそばへ控える。 演奏が始まる。 最後の演奏が。人間の歌が。 妖精にも精霊にも、対等を求めた愚かな種族の歌が。 流れ出す。

2019-09-28 21:09:29
帽子男 @alkali_acid

完全無欠。正確無比。 もう白銀后の指に狂いはない。声にも。 だが水が蒸気を供する管を塞ぐ。ごぼごぼと醜い音がする。 「おぐがださま!」 ゴジが拳で扉のあいだから染み出す水を打ち据える。 これが生きた敵であったら。人間だろうとエルフだろうとドワーフだろうと、ひねりつぶすのに。

2019-09-28 21:10:58
帽子男 @alkali_acid

「おでの手にのっでぐれ!」 巨鬼は美女を掬い上げ、高い位置に掲げる。 「ゴジ…もういいの…もう…」 「おぐがだざま!おうざまがぎっど」 「ええ帰って来て下さる。私の黄金王が」

2019-09-28 21:12:26
帽子男 @alkali_acid

侍従長は溺れ死ぬまで、いや溺れ死んだあとも女主を支え続けた。 白銀后は全身が水にひたるのを感じながら静かに瞼を閉じる。 「ラヴェイン…あなたともう一度…歌比べをしてみたかった」

2019-09-28 21:14:19
帽子男 @alkali_acid

西の島の最後の妃は息絶えた。 最後の王の後を追うように。 島は跡形もなく水中に没した。 何日か経って、数百隻からなる海賊の艦隊が水平線を帆で埋め尽くさんばかりにしてやってきたが、掬い上げられた生き残りはごくわずかだった。 「白銀后…あの時、あなたを連れてゆくべきだった」

2019-09-28 21:15:56
帽子男 @alkali_acid

幾度も自ら海に潜った鶚は、都のあった場所すらつきとめられず船に戻り、涙をこぼした。 隼は眼帯をひっかき、歯噛みする。 「くそ黄金王が…俺が殺すまで…勝手に死ぬな…こんな終わり方は望んじゃいない…おい…ラヴェイン…あいつはどうした!あいつとあいつの犬は!」

2019-09-28 21:17:42
帽子男 @alkali_acid

ラヴェイン。 災いを呼ぶ吟遊詩人。 守り役である黒犬を置いて西の果てへ旅立ち、海の藻屑と消えた子供。 まあ普通は死ぬ。 死ねばしかし、妖精の妃騎士ダリューテにかかった呪いは終わる。 黒の乗り手の代々の奴隷として仕えるさだめは途切れる。 が。

2019-09-28 21:19:51
帽子男 @alkali_acid

西への海を超高速で移動する物体あり。 犬。 恐ろしい速さで犬掻きをする犬だ。 「ラヴェイン!ぷはっ…ラヴェインがぼ…わう!わんわん!!!」 そんな速さで泳ぐ犬おる? おる。

2019-09-28 21:20:53
帽子男 @alkali_acid

「どうせなら、あざらしにならよかった!…犬なんか!海じゃ役に立たない」 いやでも速い。なんかうまそうだなと思ってよって来たフカが 「え、こわ」 となって逃げるぐらい速い。

2019-09-28 21:22:02
帽子男 @alkali_acid

「君に何かあったら…僕は…ダリューテさんに何て言えばいい!!ラヴェイン…ごめんよ!!居眠りなんかしたばっかりに!!」 出航翌日には目覚めて泳ぎ始めた。 黄金艦隊は糧秣を積んだ船を随伴させていたため船足が遅い。 スーパー犬掻きができるスーパー馬鹿犬はだからめちゃめちゃ肉薄した。

2019-09-28 21:23:42
帽子男 @alkali_acid

「まどわしの海域だと、来るなら来てみろ!!僕は!!めちゃめちゃ賢い犬だぞ!!!!!!」 遠くで水柱が上がる。 「く、鯨?鯨だってかまうもんか…ラヴェインを助ける邪魔をするなら、相手にやってやる!!さあ来い!!」 巨獣は言葉が聞こえたように近づいてくる。 「うわ、でか…」 やばい。

2019-09-28 21:25:29
帽子男 @alkali_acid

いややばくない。鯨はまた水柱を発し、一緒に小さな吟遊詩人を吐き出した。 「ら、ラヴェイン!」 だだっと鯨の背中に駆けあがり、ジャンプして空中で少年をキャッチ。 「ラヴェイン…ねえ!ラヴェイン…ああ!!ラヴェイン」 べろべろ。べろべろべろ。とりあえず舐める。

2019-09-28 21:27:16
帽子男 @alkali_acid

「ごぼ…げぼげぼ…」 楽士は水を吐いた。 「ああ…ラヴェイン!!!!うわあああ!!わおおおおおおん!!わおんわおおおおん!!!!」 犬超うるせえ。

2019-09-28 21:28:34
帽子男 @alkali_acid

鯨はそのまま一人と一匹を乗せて東へと泳ぎ続けた。 ものそい速さで。船とかの比じゃない。 ただときどき潜るので、その際は口の中へ退避。 「くっさ」 だが文句も言っていられない。

2019-09-28 21:29:57
帽子男 @alkali_acid

食べ物はスーパー馬鹿犬がスーパー水掻きで泳いで寄ってきたフカのヒレとかを食いちぎってよく噛んでからもうろうとしている連れに与えたり。 あと鯨にくっついてる変な甲殻類とかをスーパーよじよじしてむしりとってくる。これには巨獣も感謝。かゆいから。

2019-09-28 21:31:22
帽子男 @alkali_acid

「水…水はなんとかしないと…しょうがない…」 アケノホシは鯨の血を盗み、呪文をかける。 「命は奪い、命はつなぐ」 泡立つが飲めるものになる。うまくはない。 これには巨獣もいらつく。でもまあそういうやつ体にいっぱいくっついてるからしゃあない。

2019-09-28 21:33:27
帽子男 @alkali_acid

「…ごめんね…肝心な時に君を守れないなんて…」 でもアケノホシはうれしい。またラヴェインと再会できたのだから。

2019-09-28 21:34:25
帽子男 @alkali_acid

「そろそろ西の島にたどりついてるはずだけど」 鯨の背から眺めると、あたりは一面の海。 「あ、船だ。わんわんわん!わんわんわんわん!」 犬超うるせえ。 「わんわんわん!!わおおおおおおん!!」 いや聞こえんてさすがに。 鯨が水柱を噴く。犬はそれに飛び乗り、吠える。

2019-09-28 21:35:51
帽子男 @alkali_acid

不運にも一隻がこのやばそうな現象に気づく。 「お、お頭…驚かねえで聞いてくだせえ」 「何だよ。つまんねえ話だったら承知しねえぞ。ちっ…隼のやつ。いつまで犬を連れたガキなんか探しゃ…だいたいこんな広い海で見つかるはず…」 「鯨の上で吠えてる犬がいます」 「あ?」

2019-09-28 21:37:28
帽子男 @alkali_acid

かわいそうな海賊船は犬を連れた少年を回収した。 「まじ…かよ…」 「大海賊、隼の隻眼は千里を見通すっつーけどまじだったんすねえ」 「いや…そういう問題か…しかし妙なガキだな。東のやつらみたいな暗い膚に、尖った耳…それに楽器か?高そうだな…でも潮に浸かってちゃ…」

2019-09-28 21:39:04
帽子男 @alkali_acid

「ぐるるぐるる」 海賊が手を伸ばすと、そばで黒犬が威嚇するように吠える。 「お、おう。お前も忘れちゃいねえよ。それに馬鹿そうな犬」 「なんすかねこの犬」 「なんだろうな」 「くうん…」

2019-09-28 21:40:12
帽子男 @alkali_acid

小さな楽士は海賊船で南へ運ばれ、介抱を受けた。 鶚と隼が話を聞きつけ、すぐに快速船に帆を張ってやってきた。 「ラヴェイン…生きてやがったか!」 「ああ…感謝する。魚の神々よ…」

2019-09-28 21:41:46
前へ 1 ・・ 13 14 次へ