エルフの女奴隷を代々受け継ぐ家系の話( #えるどれ )~4世代目・中編~

シリーズ全体の目次はこちら https://togetter.com/li/1479531 ハッシュタグは「#えるどれ」。適宜トールキンネタトークにでもどうぞ。
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前回の話

まとめ エルフの女奴隷を代々受け継ぐ家系の話( #えるどれ )~4世代目・前編~ シリーズ全体の目次はこちら https://togetter.com/li/1479531 ハッシュタグは「#えるどれ」。適宜トールキンネタトークにでもどうぞ。 14160 pv 26 1 user

以下本編

帽子男 @alkali_acid

影の国を治める黒の歌い手ラヴェイン。 暗い喉はどんなに低い男の声もどんなに高い女の声も、子供の声さえ自在に操り、暗い指は琵琶と横笛から得も言われぬ音色を引き出す。

2019-10-04 15:38:08
帽子男 @alkali_acid

吟遊詩人は奏で謡い続けた。 西の果てに惹かれる妖精や人間の気持ちを東に振り向かせるため。 光と闇の民のあいだに横たわる恐怖と憎悪を歓喜と親愛に変えるため。 日のいずる方から風に乗って聞こえてくる魅惑の曲に、草莽はなびき、さざめいた。

2019-10-04 15:42:17
帽子男 @alkali_acid

幾星霜降り積もった恨みや嘆きを吹き払うまではゆかずとも、まず下々のあいだで、次に貴顕の中でも、影の国との融和を口にするものがちらほらとあらわれ始めた。 だが世界を闇から守るため光の領袖が集った白の会議では、かかる“甘言”や“誘惑”を一顧だにしなかった。むしろ警戒を強めただけだった。

2019-10-04 15:45:30
帽子男 @alkali_acid

かくして影の国の黒門のそば、今は波の下に沈める西の島の都にならってしつらえた円形劇場で、ラヴェインが聴衆を前に唄うさなか、西方諸国の忠実なる手たる野伏は魔法の隠れ蓑をまとい、光の諸王の祝福を受けた利剣で斬りかかった。

2019-10-04 15:47:45
帽子男 @alkali_acid

刃を受けたのはしかし、黒の歌い手ではなく、一人息子。 父の懇願に折れてともに歌うべく舞台にあがっていた、不具の少年だった。傴僂(せむし)の背を支えるために埋め込んだ真銀の骨が、必殺の一撃から命を守ったが、傷が癒えるには時を要した。

2019-10-04 15:50:48
帽子男 @alkali_acid

ラヴェインは影の国の先代太守、黒の癒し手ナシールから受け継いだ医術を駆使してえ我が子に十全の手当を施したが、しかし懊悩は収まらなかった。 普段であれば奴隷としてつないでいる森の妃騎士、ダリューテと相談するが、こと光と闇の争いに関しては、もともと敵方に属する相手とあって難しい。

2019-10-04 15:54:23
帽子男 @alkali_acid

おとめと紛う麗姿を備えた父親は、ドワーフの工房にある寝室で、昏々と眠る片輪の息子を覗き込んでから、外へ出て独り歩き回る。 かなたでは火の山、滅びの亀裂が真赤な溶岩の血を流し、黒煙をのぼらせている。 「あたい、また間違えた。間違いばっかり。今度はマーリが…大事なマーリが…」

2019-10-04 15:58:06
帽子男 @alkali_acid

「あたいをかばって傷を受けた…どうしたらいい、アケノホシ…」 もういるはずもない友にそう呼びかける。答えてくれるはずもないのに。 だが指輪をはめた手が疼き、脳裏に優しい言葉が響く。 “君はよくやってる。ラヴェイン” 苦悶する魂が作り上げた幻の声か。けれど構わない。

2019-10-04 16:00:46
帽子男 @alkali_acid

ラヴェインは信じていた。友のアケノホシ、すなわ父ナシールが今も共にいると。黒の乗り手の呪いを宿す兜と指輪を通じて。 「あたい、間違えた…歌と曲さえあれば、何でもできるつもりだった。でも…」 “間違えていない。君のせいじゃない。西の魔法使いに、あの隠れ蓑を作らせたのは僕だ”

2019-10-04 16:03:12
帽子男 @alkali_acid

「だけどあたいは知ってた!西のやつらが隠れ蓑を持ってることを!もっと用心しなきゃいけなかった…マーリを…そばにいさせちゃだめだった…」 “君らしくないよ。そんな考え方。ばっかみたい” 「…そう、かな」 もう一つの声が響く。 ”敵を調べて、策を立てろ。奴等の手の内を丸裸にしてやれ”

2019-10-04 16:05:49
帽子男 @alkali_acid

父の優しい話し方とは違う、荒々しい、しかし頼もしい言葉遣い。 「おじいさん…バンダ」 ”やつらはお前の歌を恐れている。焦っている。あの野伏は凄腕だったが、ただ一人で刺客として送り込むなぞ下策だ。向うの腹を暴き、二度とつまらん真似ができないようにしてやれ”

2019-10-04 16:08:52
帽子男 @alkali_acid

「どうすればいい」 “隠れ蓑は魔法の道具。ならばナシールの知恵を使え。死人占い師の見識に勝てる魔法使いなどいるものか” 「アケノホシ…とうさん。教えて」 “屍を調べるんだラヴェイン。屍こそが多くを語る”

2019-10-04 16:11:03
帽子男 @alkali_acid

ラヴェインは、刺客の躯を探った。影の国に巣食う三頭の黒竜のうち一頭が数回咀嚼したせいであまり原型をとどめていなかったが、しかし死人占い師の知恵は、小指の骨一つからでも、生前いかなるものであったかを明らかにできるのだ。

2019-10-04 16:13:23
帽子男 @alkali_acid

“紋様だ。この野伏は、情念を枯らし萎えさせる紋様を肌に帯びている” 「紋様術…仙女様の腹に施してあるものと同じ」 ”あれは喜びや楽しみを増すが、この骸がつけていたのは逆” そう。 奴隷のエルフを気持ちよくさせるのが淫紋なら、刺客の人間を無情にさせるのが萎紋。 インポマーク。

2019-10-04 16:15:59
帽子男 @alkali_acid

皆さんにここで言いたいのはインポになるとほんとどうでもよくなる。 すべてがね。もう何もやる気が起きないし、音楽とか聴いてもそんなね。 別にあれだから。 まあいいや。

2019-10-04 16:16:45
帽子男 @alkali_acid

“鼓膜も針で破ってあったかもしれないな” 「あたいの声は聾にだって届く」 ”強い薬も何種類か使っている。紋様で情念を萎えさせても、剣を振るえるよう” 「…あたいを殺すためだけに、そこまでしたの」 ラヴェインが眉を寄せると、バンダの落ち着いた声が言う。 ”だが二度三度と使える手ではないぞ”

2019-10-04 16:19:43
帽子男 @alkali_acid

“紋様に秘薬。聾となって、しかもお前の呪歌に耐える戦士など、西方諸国広しといえどそうは見つかるまい” 「でも…また来るかもしれない」 ナシールが告げる。 ”ラヴェイン。紋様ははがせないけど、ききめは変えられる。やり方を教えるよ。君の歌に織り交ぜれば、萎えた心を目覚めさせられるはずだ”

2019-10-04 16:23:06
帽子男 @alkali_acid

「うん…」 ”でももっと重要なのは、君が歌の力を抑えていることだね” 父の幻は息子の頭の中でそっと慈しむように話す。 「…そうなんだ。あたい。昔みたいに歌えない」 “ラヴェイン。だって君は本当はとても優しいから” 「へん!あたい、ぜんぜん優しくない!アケノホシと違うし!」

2019-10-04 16:25:43
帽子男 @alkali_acid

“僕は君が赤ん坊の時からずっと一緒だ。君のことは解ってる” 「ふん!あたいの心が考えだした作りもののくせに」 “どうかな。本当に僕はアケノホシかもよ” 「…どっちでもいい。あたいね。怖いんだ。歌が」 “なんでさ!君の歌は皆を盛り上げる!” 「盛り上げすぎるんだ…最近…油断してると…」

2019-10-04 16:28:34
帽子男 @alkali_acid

“歌がますます強くなってるんだね” 「それだけじゃないよ…歌ってると自分で自分が解らなくなる…西の島のことや…アケノホシのこと…色んなことがぐるぐる頭の中を回って、何もかもめちゃくちゃにしたくなるんだ」 “それで君は、歌で皆を傷つけるのが怖いのか” 「だから…昔みたいに歌えない」

2019-10-04 16:33:06
帽子男 @alkali_acid

ラヴェインは滅びの亀裂を眺める。 「あたいが力を抑えずに歌ってれば、紋様があったって、秘薬があったって、耳が聞こえなくたって、マーリを傷つける前に考え直したはず…なのに」 “でもね。マーリは君の優しいところが好きだと思うよ” 「あたい優しくない!アケノホシとは違うってば!」

2019-10-04 16:36:05
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